第8話 「……私、別に許した覚えないんだけど」
そして──
「お断りだ」
即答だった。
当然だろ。姫百合と帰れば、また余計な噂が立つに決まっている。姫百合がどういうつもりであんな事を言ったのかは分からないが、そういう状況に酔うつもりはない。
俯く姫百合。掴んでいた手が力なく落ちる。
言葉が途切れる。
わずかな間を置いて、姫百合が口を開いた。
「ねぇ、九条湊くん」
「……なんだよ」
「……私、別に許した覚えないんだけど」
「!?」
まさかこの女、俺の謝罪を逆手に取るつもりか。なんて卑劣な奴だ!
姫百合は顔を上げ、指先で髪をかき上げながら、わずかに目を細めた。
「いい? 今、主導権は私にあるの。そもそも拒否権なんてアナタには無いのよ。理解したかしら?」
勝ち誇ったような顔で俺を見上げる姫百合。だがその視線はまるで俺を見下ろしているかのようだ。
「くっ……。なんて心の狭い女だ。無条件で謝罪くらい受け入れろよ」
俺は反論する。
だが、それはただの苦し紛れだ。
そんなものが通じるはずもない。
「なにか?」
「……いいえ」
「よろしい。ほら、行くわよ」
「はい」とだけ返して、姫百合の後をトボトボとついていく。眼鏡とマスクを外すのは忘れない。
ああ、また噂が流れるんだろうな。最悪だ。
せめて、それが俺だとバレないでくれ。
そんなことを考えていると、姫百合が「ねぇ」と声を掛けてきた。
「放課後、私に用事があった時はどうしたの?」
歩くペースを落として、俺の横に並ぶ姫百合。俺は俯くのをやめ、真っ直ぐ前を向いたまま答える。
「別にどうもしねーよ。後日会った時にでも謝るつもりだったさ」
「ふーん」
それだけ言って、姫百合は前を向く。
それからは、お互い黙ったまま歩く。周囲の視線に晒されながら。
「おいっ、あれって!?」「姫百合さん!?」「ねぇ見て、あの二人。顔面偏差値ヤバくない?」
同じ学校のやつや、どこかの大学生らしき連中の声も聞こえてくる。
……聞こえてないとでも思ってるのか。
溜め息を吐いて、姫百合を見る。
いったい何を考えてるんだ、コイツは。
「……おい、どうしていきなり一緒に帰ろうとか言い出したんだ、お前」
「えっ? あぁ、なんとなく? 特に理由はないかな。……まあ、強いて言うなら、あの場所で長話するより、帰りながら話す方がいいかなって」
長話、ねぇ。つまりまだ俺に用があるのか。珍しいこともあるもんだ。雨でも降るんじゃないか? 傘持って来てないぞ。
そんなくだらないことを考えながら空を見上げていると、
「湊」
呼ばれて、視線を戻す。
姫百合が、ちょいちょいと手招きした。
「なんだよ?」
「こっち来て」
そう言って、姫百合は突然右に曲がった。
「おい、駅はそっちじゃないぞ。遂にボケたか?」
「誰が老婆か。そうじゃなくて、せっかくだし寄り道して帰りましょうよ」
「は? い──」
「拒否権はないわよ」
「嫌だが」と言いかけた瞬間、被せてきた。
拒否するのは、分かっていたらしい。
「へいへい」とだけ返し、姫百合の後をついていく。
「どうせアナタ、この道来た事ないでしょ」
「生憎と俺は暇じゃないもんでな。寄り道してる暇はないんだよ」
「ただ一緒に寄り道する友達が居ないだけじゃない」
「……」
返事はせず、辺りを見渡す。
今、姫百合と歩いているのは、小さな商店街だ。
喫茶店にドラッグストア、アパレルショップに青果店──色んな店が並んでいる。
初めて来る場所で、どれもこれもが新鮮に映る。
「あっ、新しいお店出来てる! 美味しそーっ」
姫百合が駆け出した。その先には、たい焼き屋があった。
姫百合は店員と一言二言やり取りをすると笑顔で戻って来た。その手には、たい焼きがあった。
「どう? 美味しそうじゃない?」
「いや、美味そうではあるが……。良いのか? もう夕方だぞ。晩飯食えなくなるんじゃないか?」
「いいのいいの。大丈夫よ、これくらい。……はい」
姫百合はたい焼きを半分に千切り俺にくれる。
「アンタ尻尾側ね。有り難く思いなさいな」
「どうも。……美味いな」
たい焼きなんて初めて食べたが、こんなに美味いのか。知らなかったな。
一口食べると手が止まらない。気づけば、全部食べていた。また今度食べに来るのも有りかもしれないな。
「あー、美味しかったー。やっぱりたい焼きはつぶあんに限るわね」
「? たい焼きってつぶあん以外もあるのか?」
たい焼きはつぶあんしかないと思っていたが、違うらしい。
「えっ、アンタ知らないの!?」
「あぁ、実は今日初めて食べたんだ。ずっとつぶあんしかないと思ってた。他には何があるんだ、姫百合。……姫百合?」
ふと、姫百合はじっと俺を見つめてきた。その意図は分からない。
やっぱり、今日は様子が変だ。一緒に帰ろうだの、俺に話があるだの。普段とは明らかに違う。
姫百合は、俺を見つめたまま、口を開いた。
「カラオケは行ったことある?」
「……いや、ないが。なんだよ、藪から棒に」
俺の答えを聞くと、姫百合は指を顎に添え、「ふむ」と小さく声を漏らした。
そして「よしっ」と呟くと、視線を戻し、俺に近づいてくる。
「今から私がする質問に対して嘘偽りなく答えて」
下から見上げてくるその目は真剣そのもの。その視線は、真っ直ぐ俺に向けられていた。
俺は何が何だか分からないが、「分かった」と頷く。
「明後日って暇?」
なんだ、その質問。
身構えていた分、少し肩透かしだ。
とりあえず、本当の事を告げる。
「今の所予定はないな」
「なら明後日の日曜日。午後から空けといて。
先に言っておきますけど、アンタに拒否権はないから。日曜日、私に時間をくれたら謝罪を受け入れるわ」
「……はぁ、分かった。日曜な」
俺は頭を掻きながら渋々了承した。本当は断りたいが、仕方ない。付き合ってやることにしよう。
俺の返事を聞いて、姫百合は微笑を浮かべ再び歩き出した。俺もその後に続く。
そのとき、
「あっ」
姫百合が、ふと足を止める。
そして、カバンからスマホを取り出した。
「そういえば、今更感すごいけど、アンタの連絡先知らなかったわ。教えてよ。知らないと何かと不便だし」
「本当に今更だな……まあ良いけど」
俺もポケットからスマホを取り出し、姫百合と連絡先の交換をする。
「ありがと。ついでに玲奈とゆいにもアンタの教えとくわね」
「……好きにしてくれ」
連絡先を教えたところで、どうなるものでもない。
姫百合たちなら問題ないだろう。短い付き合いだが、それくらいの信用はある。
「おっけー、送り終えた。じゃあ帰りましょうか」
姫百合はスマホをカバンにしまい、今度こそ歩き出す。
俺はその背中に「なあ」と声を掛ける。
「ん〜?」
姫百合はそれだけ返した。
俺は姫百合と並び、歩くスピードを合わせ、姫百合の顔に視線を向ける。
「……もしかしてだか、何か響子さんから俺の事聞いたか?」
何となく、そんな気がした。
姫百合の様子が変わったのは、あの放課後からだ。
俺の問いに対して、姫百合は手を後ろで組み、身体を傾けて、下から覗き込むようにしてくる。
そのまま、わずかに微笑んだ。
「さて、ふふ、……どうでしょう?」
それだけ言うと、前を向きもう俺とは視線を合わせなかった。
いったい響子さんに何を言われたのかは分からない。ただ、今の態度は俺への気遣いなんだろう。
でも、その気遣いは悪くはない。
そう思った。
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