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第5話 「猫被ってるからだろ」

 10月ももうすぐで終わり、冬が近づいてきている。


 姫百合と数奇な出会いをしてから、気づけば一ヶ月が経とうとしていた。だが──あれ以来、あの三人とまともに関わることはない。


 安藤が撮ったあの写真がどうなったのかも知らない。


 ……まあ、少なくとも俺の平穏は守られている。


 妙に安藤が大人しかったのは、少しだけ気になったが。


 三人とすれ違うことは何度かあった。だが、それだけだ。


 俺と姫百合は互いに無関心を貫いている。


 ──少なくとも、表面上は。


 安藤は何度か話しかけようとしていたが、その度に姫百合に止められていた。


 瀬川も時々、意味もなく俺の顔をじっと見てくるが──まあ、深く考えないことにしている。


 例の噂も、だいぶ落ち着いてきた。いい流れだ。


 ようやく前みたいな、平穏な高校生活に戻りつつある。


 ……なんて最高なんだろうな、平穏ってやつは。


 そんなことを考えながら、昼休みに屋上の塔屋で寝転んでいると、なにやら下から声が聞こえてきた。


「俺と……その、付き合ってくれませんか?」


 ……なんだこの声。


 そう思い、仰向けから体勢を変え、顔を塔屋の外に出して下を覗き込む。


「げっ」


 下にいたのは姫百合だった。しかもよりにもよって告白され中の姫百合だ。


 思わず声が漏れた。


 しまった、と顔を引っ込めようとしたが──、その前に姫百合とパチりと目が合ってしまった。


 どうやら俺の声が聞こえたらしい。


「なんでアンタが……」

「……あの、姫百合さん?」

「えっ? あ、ごめんなさい」


 俺の顔を見て呆けていた姫百合だったが、男の声で我に返ったらしい。


 そちらへ視線を向ける──が、もう一度だけ、こちらをチラッと見てきた。


 とりあえず親指を立てておく。頑張れ、の意味を込めて。


 俺は元の位置に戻る。


 ほんと、なんというか、大変だな。アイツも。昼休みにまで告白されるとは。


 まあ、俺にはどうでもいいことだが。


 再び目を閉じる。


 意識は、すぐに暗闇へと落ちていった。



「……コイツ、ほんと……ね、ムカつくけど」


 なにか、聞こえる。


「えっ、てか眉毛なっが! マジでどうなってんのよ」


 うるせえな……誰だよ、さっきから。


「なにか一つくらい欠点ないのかしら? あっ、性格終わってたわ」


 うるさいし、なんだか腹が立ってきて、意識がだんだんと覚醒してきた。


 重い瞼を開く。


 そこには、黒髪を揺らしながら俺を覗き込む女がいた。


 ……絶世の美女、もとい姫百合だ。


 どうしてここに……。


 あぁ、そういえば告白されてたんだったか。


「なにしてんの? お前」

「……ちっ、おは」

「ん? 今舌打ちした?」

「耳でも腐ってるんじゃない? 可愛い女の子がそんな事するわけないじゃない」


 何食わぬ顔で言ってくる。


「いや、お前は普通にするだろ。可愛い女の子に謝れ」

「は?」


 こんなくだらないやり取りで完全に脳が覚醒した俺は、体を起こし、姫百合の前に胡座を描いて座る。


「で、告白はどうしたんだ? 受けたのか?」

「冗談。断ったに決まってるじゃない」


 まあ、だろうな。不服だが、姫百合も俺と同類で、外見だけで寄ってくる連中には毛ほどの興味もないタイプだ。


 ……短い付き合いだが、それくらいは分かる。


 安藤も瀬川も、たぶん同じだ。


「それで湊。アナタ、どうしてこんな所にいるわけ?」

「いや、別に大した理由はねえよ。強いて言うなら、昼寝にちょうどいい場所だからだ」


 一拍置いてから、付け足す。


「……別にボッチで暇だったわけじゃないぞ?」


 ……だからそんな目で見るな。


 まあ、それはいいとして。


「とりあえず、メガネ返せ。つーか、なんでメガネお前が持ってんだよ」

「いや、最初はあの腹立つ寝顔を見てたら、

このダサいメガネを叩き壊したくなって外したんだけど──

ムダに顔が整ってるから欠点探しに夢中になって、

壊すの忘れてたのよ」

「いやもうサイコパスの思考」


 なんだこの女。こわいわ。外見だけで告白する連中に本性知らせてやりたい。


 姫百合に叩き壊される前に、メガネを奪い返してそのまま掛ける。


「それ、似合ってないわよ。辞めた方がいいんじゃない? そもそもなんでメガネしてるのよ、伊達でしょ? そのメガネ」

「うっせーよ、だからいいんじゃねーか。お前にだったら分かるだろ?」


 姫百合は、嫌でも目立つ側の人間だ。


 歩けば自然と視線を集めるし、告白なんて珍しくもない。


 だから、姫百合になら俺の気持ちも理解出来る。勝手だが、そう思う。


「烏滸がましいわね。まるで自分は私と同じくモテるみたいな言い草じゃない。まあ、性格はゴミだけど、顔だけは良いものね。顔だけは」

「あ?」

「認めてあげるわ。私よりは劣ってるけど」


 前に垂れていた髪を後ろに流しながら、姫百合はそう付け加えた。


 いちいち癪に触る女だ。憎まれ口を叩かないと生きていけないのだろうか。ほんと面倒くせえ女だな。


「俺の性格がゴミならお前はクソだろ」

「は?」

「本当の事言われたくらいでそうキレるなよ。そんなだと、鏡にも嫌われるぞ?」

「そのメガネ、カチ割ってやる!!」


 姫百合が俺のメガネに手を伸ばしてきた。


 盗られる前に素早く外して、ポケットに突っ込む。


 姫百合は、ちっと舌打ちして元の位置に座り直す。


 ちょうどそのタイミングで昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。


 姫百合は立ち上がると、不機嫌そうに俺を見下ろした。


「何してるの? チャイム鳴ったけど、戻らないの?」

「あー、俺はいいや。このまま寝る」

「はあ?」


 今日は天気もいいし、11月とは思えないくらい暖かい。蚊もいないし、昼寝にはちょうどいい。


 あと次、体育だしな。


 さっきみたいに仰向けで寝転がり、目を瞑る。


「最近知ったんだが、この場所は昼寝には最適の場所なんだよ。誰にも邪魔されないし、日も差す。気持ち良いぞ」

「……呆れた。こんな所で寝れる訳ないじゃない。私はもう行くわよ」


 姫百合は眉をひそめ、手を腰に当てる。


「そう言うなら、お前も体験してみろよ」

「いや、いいわよ、私は」

「いいから、寝ろって。たまには授業サボるのも経験だって」


 それに、この場所なら、姫百合と一緒でも誰にも見られない。


「嫌よ、サボりなんて。これでも私優等生なんだから」

「あー、お前そういえばそうだったな。成績も優秀なんだったか。いやでもお前、この際だから言っとくが、そんな感じで猫被ってるから”姫”なんて呼ばれるんだぞ?」

「うっさいわね。アナタに言われなくても、そんなこと百も承知よ」


 どうやらなにか理由があるらしい。まあ今はそんなことどうでもいいか。


 俺は左手で、地面をポンポンと叩く。


「ほら、寝転がれって。気持ちいいぞ。授業なんて気にすんな、後からどうにだってなる。……もっとも、ブサイクな寝顔見せたくないって言うなら止めはしないけどな」


 ぶちっ。


 ……あ?


 今、何かがキレた音がした。


 その瞬間、


「ふんっ!!」


 腹に、とんでもない衝撃が突き刺さった。


「いっ!?」


 思わず目を見開く。


 視界に入ったのは──


 俺の腹に綺麗にめり込んだ、姫百合の拳だった。


「ちょっ、おまっ……」


 ジンジンと痺れる腹を押さえながら、身体を折る。


 予想外すぎる一撃に、しばらく声も出なかった。


 俺がしばらく唸りながら痛みに耐えていると、後ろから、どすっと座る音が聞こえた。


 俺が後ろに目をやると、姫百合はふんっと顔を逸らし、そのまま寝転がった。


 ……いや、寝るのかよ。


「……今回だけだから」


 小さく、拗ねたように呟く。


 俺は「あっそ」とだけ返す。


 俺もそのまま寝転がり、目を閉じた。


 が、しばらくして──


「これ、首が痛いわ」

「文句言うんじゃねーよ」


 まあ確かに、地面は硬いし枕もない。そりゃ寝づらいか。


 ……それでも、慣れりゃ悪くないんだけどな。


「はあ……ほら使え」


 溜め息を吐きながら、身体の向きを変えて腕を差し出す。


「……なによ」

「なにって、腕枕だよ。無いよりマシだろ」

「なっ……い、要らないわよ!」

「いいから」


 そう言うなり、姫百合の頭を軽く持ち上げ、そのままそっと腕を差し込む。


「どうだ? これならまだマシだろ」


 わずかに間があって、


「……えぇ、まあ」


 小さくそう呟いて、姫百合はそれ以上なにも言わなかった。


「じゃあ寝ろ」


 ぶっきらぼうにそう言う。


 声には出さず、こくっと頷く姫百合。


 ちらりと見るが、俯いていて表情は見えない。


 ……気のせいかもしれないが、


 少しだけ、姫百合の体温が高い気がした。

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