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第4話 「コレはもう俺のだ」

「え、でもさ──」


 安藤は少し身を乗り出して、距離を詰めてくる。


「もし王子だったらさ、ちょっと面白いよね」

「面白くねえよ」


 俺は眉をひそめて答えた。


「えー、私は好きだけどな。“隠れ王子くん”」

「勝手に属性つけるな」


 安藤は肩をすくめ、いたずらっぽく笑う。


「いいじゃん、似合ってるし」

「似合ってねえよ」


 俺は思わず舌打ちする。


 ──その時。


 ぽつり、と静かな声が響いた。


「……似合ってる」


 驚いて顔を上げると、瀬川がこちらをじっと見つめている。


「は?」

「……王子」

「やめろ」


 姫百合が目を光らせる。


「そうよ、玲奈。コイツは王子なんかじゃないわ」

「え、そうなの?」


 間髪入れず、姫百合が俺を指差す。


 その目は、まるで汚物を見るようだった。


「コイツはただの『ゴミ』よ」

「ぶっ飛ばすぞ」


 俺は即座に言い返す。


「少し顔が良いからって調子乗ってんじゃねーよ」


 姫百合は鼻で笑う。


「はあ? 少しじゃありませーん。私はとてつもなく顔が良いんですー」

「お前、知らねーの? 自分の顔はな、実際より良く見えるもんなんだよ。

本当のお前は、性格の悪さが滲み出た顔してるぜ?」

「は?」


 姫百合のこめかみがピクつき、空気が一気に冷えた。


「あ?」


 再び至近距離でメンチを切り合う。


 次の瞬間、安藤が間に割って入る。


「美咲、彼がゴミってどういうこと?」


 腕を組んだまま、首を傾げた。


 姫百合は待ってましたと言わんばかりに前に出て、勢いよく身を乗り出す。


「そうよ、聞いて玲奈! この男、ほんっとうに酷いんだから!」


 姫百合の怒りが再燃する。


「金曜日にコイツとクレープ食べに行ったの。私の奢りで。駅前のほら、あそこ」

「ああ、あそこね」


 安藤が頷く。


「最近できた店でしょ?」


 姫百合は強く頷いた。


「そう。それでね──」


 姫百合は勢いよく指を突きつける。


「私がわざわざオススメを教えてあげたのよ!」


 鋭い視線が俺に突き刺さる。


「そしたらコイツ、店員さんになんて言ったと思う!?」


 姫百合は一気にまくし立てる。


「『この店で1番高いやつをお願いします。それとホイップ2倍、トッピングは全部お願いします』って言ったのよ!? 酷くない!? ちょっとは遠慮しなさいよ!」


 俺は眉をひそめる。心の中では「いや普通だろ」と呟いた。


 だが、姫百合の怒りは収まる気配がない。


「しかも、しかもね! この男、そのクレープを食べ終わった時、『あんまり美味しくなかったな』って言ったのよ!? 当たり前よ、馬鹿じゃないの!?」


 姫百合は一息もつかずにまくし立てる。


「トッピングっていうのは普通、一個か二個までよ。何処の世界に全部のトッピングを乗せる奴がいるのよ!」


 姫百合は肩で息をしながら、なおも言葉を重ねる。


「食パンにありとあらゆるジャムを付けるようなものよ! 味がゴチャゴチャになって美味しくなくなるのは当然でしょう!」


 ……ああ、なるほど。


 あの時キレた理由、今のでやっと分かった。


 俺は小さく頷く。


「お前……例え上手いな。確かにそれは美味くないわ」

「感心してんじゃないわよ!」


 ピシャリと言い返す姫百合。その横で、安藤が苦笑しながら一歩近づいた。


「はいはい、美咲。落ち着いて」


 安藤が背中を軽く摩ると、姫百合は小さく息を吐き、わずかに肩の力を抜いた。さっきまでの鋭い視線も、少しだけ和らぐ。


「つまり、美咲と一緒にクレープを食べたのは九条くんなんでしょ?」


 安藤は確認するように俺を見て、続ける。


「じゃあやっぱり、『王子』って九条くんのことなんだ」


 どうやら俺が学校で噂されている『王子』だと確信したらしい。


「その『王子』っていうのはやめてくれ。なんか、背中がむず痒くなる」


 一拍置いて、俺は眉をひそめた。


「てか、誰だよ言い出したの」


 安藤は軽く肩をすくめた。


「どうもうちのクラスの女の子が言い出したみたいよ」


 俺は3組で、姫百合たちは1組。つまり、1組の誰かがあの時の現場を見て、『王子』なんて呼び始めたということか。


 ……やめてくれよ、本当に。


「あ、そういえば私たち、まだ名前言ってなかったわね」


 安藤は思い出したように手を叩き、そのまま自己紹介を始める。


「私は安藤玲奈。1年1組よ」


 隣にいる瀬川の肩に軽く手を置く。


「で、この子が瀬川ゆい、同じく1組。口数は少ないけど、気にしないでね」


 瀬川は少しだけ顔を上げ、俺を見上げる。


「……よろしく」


 その仕草は妙に可愛らしい。どう見ても素だろう。


「むしろそこが可愛いでしょ?」


 安藤が得意げに言う。


「湊だ。苗字では呼ばないでくれ」


 もっとも、この3人と関わるつもりはない。名前で呼ばれるのも今だけだろう。


「分かったわ」


 安藤が頷き、瀬川も小さく首を縦に振る。その直後、視線を感じた。


 振り向くと、姫百合が何か言いたそうにこちらを見ている。


「なんだよ」

「ねえ、湊。私たち、自己紹介まだじゃない?」


 少し、間が空く。


 確かにその通りだが──


「……そういえばそうだな。だが、いるか? 今更だろ」

「まあ、そうね」


 姫百合は一度頷いて──


 なぜか、そのまま胸を張った。


 わざわざ姿勢を正し、軽く咳払いまで一つ。


「改めて言っておくわ。姫百合美咲よ」

「いや知ってるわ」


 即座に返す。


「さっきから何回も名前呼ばれてただろ」

「そういう問題じゃないの」


 姫百合は顎を上げ、どこか得意げに言い切る。


「第一印象は、何度でも上書きするものよ」

「書き換えすぎだろ」


 姫百合は、さらに胸を張る。


「それだけ大事ってことよ」

「誰にとってだよ」

「私に決まってるでしょ」

「面倒くせえ女だな」


 一瞬だけ、妙な沈黙が落ちる。


「それよりお前、どこか行く所があったんじゃないのか?」


 俺の言葉に、姫百合はハッとした顔になる。


「あ、そうだ! アンタの顔見たせいですっかり忘れてた!」


 慌てて振り返り、二人に声をかける。


「玲奈、ゆい、ちょっと行ってくる!」

「はいはーい」


 軽い返事を背に、姫百合は振り返りもせず屋上を駆けていった。


「どこ行ったんだ?」


 俺が呟くと、安藤がすぐに答える。


「飲み物買いに自販機までね。本当に直ぐ帰ってくるわ」

「そうか」


 短く返し、俺は背を向ける。だが──


「どこ行くのよ、湊くん」


 呼び止められ、足が止まる。


「お前らがいるなら、落ち着いて食えなさそうだからな」

「えー、そんなの気にしなくてよくない?」


 安藤は一歩距離を詰め、笑みを浮かべる。


「せっかくなら、ね?」

「お前らと関わると面倒そうなんだよ」


 はっきり言い切る。面倒事は避けたい。それが本音だ。


「私は湊くんと関わりたいなって言っても? ……ダメ、かな?」


 安藤は少し首を傾げる。


「お断りだ」

「そんな照れなくてもいいのにー」


 次の瞬間、肘で脇をグリグリされる。


「照れてない。やめろ」


 思わず顔をしかめる。


 なんだこの女。初対面のくせにやたら距離が近い。


 俺の苦手なタイプかもしれない。


「じゃあやめるから一緒に食べようよ」


 条件を出してくるあたりも強かだな。


「断る」


 即答すると、安藤はため息をついた。


「はあ、仕方ないか」


 ようやく諦めたか──そう思ったのだが。


「よしっ、ゆいさん! やっておしまいなさい!」


 突然の指示に、瀬川が小さく頷く。


「……らじゃあ」


 そのまま小走りで俺の方へ近づいてくる。


「ミナト、一緒に食べよ?……ダメ?」


 上目遣いでそう言われ、思わず変な声が漏れた。


「おぉう……」


 これは反則だろ。

 

 瀬川がやるからこそ効く。


 姫百合なら鼻で笑うところだ。


 瀬川は無表情のまま、じっと俺を見つめ続ける。逃げ場のない視線に、居心地の悪さが募る。


「……分かった」


 苦渋の決断だ。


 あの上目遣いは反則だろ。誰に仕組まれたんだか……まあ想像はつく。十中八九、「ナイスよ、ゆい!」とハイタッチしているこの女の仕業だろう。


 ……やっぱり安藤は苦手だ。


「じゃあ湊くん、こっち来てご飯食べよっか」


 安藤に案内され、ブルーシートの方へ向かう。靴を脱ぎ、腰を下ろす。右に安藤、正面に瀬川。三角形になる形だ。


 座った瞬間、視線が集まる。


「なんだ?」

「いやー、噂に聞く『王子』の顔を見たいと思って」


 安藤が身を乗り出してくる。


「ささ、早くマスク外してよ!」


 瀬川もじっとこちらを見ている。


「あと、どうせならメガネも!」

「普通にしろ普通に。そんなに見られると外しづらいだろ」


 俺がそう言うと、安藤は少しだけ距離を取った。


「まあそうね。ごめんなさい」


 俺は、二人の要望に応えてという訳ではないが、マスクとメガネを外す。二つを外したのには理由がある。万が一、他の生徒が来た時のカモフラージュだ。


「なるほどね」


 安藤は納得したように頷く。


「なるほどって、いったい何に対してだよ」

「うちのクラスの子が君を『王子』って呼ぶのも分かるなって。ね、ゆい?」

「……うん」


 小さく、けれど迷いのない頷きだった。


 自分で言うのもなんだが、容姿は整っている方だと思う。


 だが、そのせいで面倒事に巻き込まれたこともある。


 だから学校では、マスクとメガネで隠している。


 これだけで印象はかなり変わる。


 もっとも、身長のせいで多少目立つのはどうしようもないが。


 とにかく、高校生活半年間はなんとかなったし、このまま何事もなく過ごせればいいんだが。

 

 そんな事を考えながら、おにぎりの袋を開けようとした、その時だった。


「お待たせ」


 姫百合が戻ってきた。当然のように俺の左隣に座る。


「……湊、あげるわ」


 缶コーヒーが、コトンと音を立てて置かれる。


 ほんの一瞬だけ、言葉に迷ったような間があった。


 何かを言いかけて、やめたような。


「なんだよ、これ」

「見て分からないの? コーヒーよ」


 呆れたように返される。


「いや、それは分かる。なんで俺にくれるんだよ」


 姫百合はわずかに視線を逸らした。俺と目を合わせないまま。


「別に、ただの迷惑料みたいなものよ」


 意外な言葉に、思わず手が止まる。


「迷惑料?」


 姫百合は小さく頷く。


「アナタの今の状況に対する、ね。私とクレープ食べに行かなかったら変なアダ名で呼ばれる事もなかったでしょ?」


 いや、姫百合はそんなことするタイプじゃないだろ。むしろ「私の仲間になれて嬉しいでしょ?」とか言うタイプだろ。


 ……どうにも腑に落ちない。


「……本当に?」

「本当よ。何をそんなに疑ってるのよ」


 じっと見つめてくる。


 俺は一度、小さく息を飲む。


「……お前、もしかして……姫百合美咲じゃない?」


 一瞬、空気が止まる。


「……それ返してもらうわよ」


 姫百合のこめかみがピクピクと動く。


 俺は構わず言葉を続ける。


「いやおかしいだろ。お前はそんなことする奴じゃない。どうした? 頭でも打ったのか?」


 さらに畳みかける。


「それで人格が変わったとか?いや、元々二重人格だったとかか?」


 言い終えた瞬間、姫百合の目つきが完全に変わった。


「よし、返せ」


 低い声で言いながら、手を伸ばしてくる。


 だが、その前に俺がコーヒーを掴んだ。


「コレはもう俺のだ。勝手に取るな」

「それは私が買ったコーヒーよ」


 姫百合は身を乗り出す。


「返せと言ったら返すのが筋じゃないかしら?」

「知るか。返さん」


 ピリッとした空気が走る。


「返しなさい、子どもか!」


 姫百合が再び手を伸ばしてくる。俺はそれを避け、コーヒーを反対の手に持ち替えた。


「いい加減にしなさいよっ!」


 次の瞬間、姫百合は膝をつき、身体ごと乗り出してきた。


 距離が一気に詰まる。ほとんど密着状態だ。甘い香りが鼻をかすめる。


「返せ!」

「返さない」


 そのままもみ合いになった瞬間──


「きゃっ」


 姫百合の体がぐらりと揺れた。


 俺は咄嗟に左手で支える。しかしバランスを崩し、そのまま仰向けに倒れ込んだ。


 視界いっぱいに姫百合の顔。


 一瞬、時間が止まったように感じた。


 風の音だけがやけに大きく聞こえる。


 見た感じ、怪我はなさそうだ。


「……お前、倒れるの好きだよな」

「……好きで倒れる人なんていないわよ」


 小さく言い返される。


 念のため、聞いておく。


「怪我は無いか?」

「ないわ。……その、ありがと」


 頬をわずかに染めている。


 俺はどう返せばいいか分からず、「ああ」とだけ答えた。


 そのまま、数秒だけ見つめ合う。


 不自然な静寂。


 ──カシャ


「……今の音」

「……カメラ?」


 同時に音の方を見る。


 そこにはスマホを構えた安藤がいた。


「玲奈?」


 姫百合が問いかける。


 ……これ、どう見ても姫百合が俺を押し倒してるようにしか見えないよな。


「なにしてるの?」

「ナニって、私の可愛い美咲をカメラに納めただけよ。……いい瞬間だったし」


 安藤は満足げに笑う。


「まさか男嫌いの美咲にこんな日が来るなんてね。大胆じゃない、湊くんを押し倒すなんて」

「ち、違うわよっ!変な誤解しないで!」


 姫百合は勢いよく飛び起きた。顔は真っ赤だ。


 俺も体を起こす。


「お願い、消して!」


 姫百合は安藤に詰め寄る。


「嫌よ。これは貴重なワンショットなんだから」


 安藤は一歩下がる。


「永久保存ね」

「やめて〜!!」


 姫百合がスマホを奪おうとする。安藤はそれを避け、屋上を走り出した。


 追いかける姫百合。


 その様子を横目で見ていると──


 瀬川のスマホが鳴った。


 瀬川は画面を確認し、安藤の方を見る。


 そして、無言で親指を立てた。


 安藤も走りながら、当然のように親指を返す。


 ……早いな。


 どうやら写真は共有済みらしい。


 俺はその光景を眺めながら、おにぎりを一口かじる。


 ……あの写真、絶対ロクな使われ方しないよな。


 まあ、どうでもいいか。


 平穏な学校生活は、やはり遠そうだ。

面白い、続き気になるって思ったら、いいねとかブクマしてくれると嬉しいです。

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