第3話 「『王子』ってキミのこと?」
今、学校で一番バレちゃいけない男は、俺だ。
金曜日に姫百合とクレープを食べに行った出来事から、週が明けて月曜日。
俺は少し、学校に居るのが居心地悪かった。
理由は単純だ。今、俺のクラスはある噂で持ちきりだからだ。
「──いったい誰なんだ!? 姫百合さんと一緒にいた、その『王子』って!」
「見たやついないのかよ!」
「いや、後ろ姿はヤバかったって話だけど」
断片的な情報ばかりが飛び交っている。
顔を見たやつはいない。
なのに、“とんでもなく整っていたらしい”という噂だけが一人歩きしている。
男子たちが頭を抱え、大声で叫んでいる。その声は教室中に響き渡った。
思わず耳を塞ぎたくなる。
周囲を見渡せば、似たような会話があちこちで繰り広げられている。
どうやらこのクラスだけではないらしい。
学年中、いや全学年で広がっているのかもしれない。
金曜日の放課後、姫百合と一緒にクレープを食べていた男は誰なのか。
そして、その男はなぜか『王子』と呼ばれている。
……まあ。
その男は、俺なんだが。
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。
姫百合が『姫』と呼ばれるのを嫌がる気持ちが、今ならよく分かる。
これは確かに嫌だ。
てか、なんで『王子』なんだよ。ただクレープ食べただけだぞ。
胃が痛い。
早く平穏な日常に戻ってほしい。
そう願うが、この手の噂はしばらく消えないだろう。
1ヶ月くらいは続くかもしれない。
……俺の胃、持つか?
そんなことを考えながら午前中をやり過ごし、昼休みになる。
いつもなら校庭のベンチで一人、ゆっくり飯を食べる。
だが今日は違う場所にしたい。
どうせ校庭にいても、あの噂が耳に入ってくるだけだ。
「……屋上行ってみるか」
自然と口に出ていた。
安直だが、人が少なそうな場所といえばここだ。
廊下を歩く足音が妙に大きく感じる。
教室から漏れるざわめきが、まるで俺を追いかけてくるようだ。
背中に視線が刺さる気がして、思わず肩を竦める。
心臓が早鐘のように打つ。
マスクと伊達メガネが顔を隠してくれているおかげで、まだ噂の中心にいるとは気付かれていないはずだが──
本当に大丈夫か?
視線が自分に向いた気がして、思わず顔を逸らす。
マスクの内側で息がこもる。
足元の廊下の冷たい床が、じわりと緊張を増幅させる。
息を整えようとしても、どうにも落ち着かない。
階段を上りきり、屋上のドアノブに手をかけたまま、一瞬だけ動きを止める。
……誰もいないよな?
くだらない確認だと分かっているのに、妙に嫌な予感がした。
胸の奥が、わずかにざわつく。
ノブがほんの少しだけ動いた気がする。
その違和感を振り払うように、ドアを押した──が、ドアは勝手に開いた。
つまり、向こう側から誰かが開けたということだ。
そして、その“誰か”は、当然目の前にいる。
俺が今、最も会いたくない相手だった。
「……なんでよりにもよってお前が」
思わず顔をしかめる。
「それはこっちのセリフよ」
姫百合美咲が、露骨に嫌そうな顔でこちらを睨んでいた。
最悪だ。
どうやら向こうも同じ気持ちらしい。
鋭い視線が突き刺さる。
俺も負けじと睨み返し、舌打ちを一つ。
「退きなさいよ」
「あ? お前が退け」
一歩も引かない。
空気がピリつく。
「はあ? レディファーストって言葉知ってますか?」
姫百合が顎を上げる。
「もちろん知ってるぜ? 女性を優先ってやつだろ」
わざとらしく周囲を見渡す。
「だが、女性? 何処にいるんだ?」
「は?」
「あ?」
一瞬で温度が下がり、至近距離で視線がぶつかる。火花が散るような緊張感。
息が詰まりそうな空気だった。
その時──
「美咲? 何してるの?」
横から声が入る。
その一言で、張り詰めた空気がわずかに緩んだ。
姫百合は声がした方へ顔を向ける。
「あ、玲奈」
小さく名前を呼ぶ。
俺も視線を移した。
そこにいたのは安藤玲奈。
姫百合といつも一緒にいる女だ。
明るい雰囲気で、男子は当然のこと、女子からもそこそこ人気があるらしい。
バスケ部で一年にしてレギュラー、という話も聞いたことがある。
その後ろから、もう一人やってくる。
瀬川ゆい。
この中では一番“女の子らしい”見た目をしている。
無口で静かだが、男子人気はかなり高い。
確か美術部だったはずだ。
この三人は学校で『シスターズ』と呼ばれている。
関わったら確実に面倒になる連中だ。
そんな連中が、今、目の前に揃っている。
……最悪だ。
「あ、キミは確か、九条湊くん。だったかな?」
安藤がこちらを見て言う。
なぜか俺の名前を知っている。
「……どうして俺のことを」
警戒しながら聞き返す。
安藤はあっさりと答えた。
「美咲の人探し、私たちも手伝わされたのよ」
俺は一瞬、言葉を噛みしめる。
なるほど……やっぱり姫百合が絡んでいたのか。
そう考えれば、瀬川も同じ理由で俺を知っているのだろう。
……それにしても。
三人がかりで一週間。
遅すぎないか?
「あー、もしかして」
安藤が手をポンと叩く。
何かに気づいた顔だ。
「例の『王子』ってキミのこと?」
「違う!」
──誰が王子だ、ふざけんな。
面白い、続き気になるって思ったら、いいねとかブクマしてくれると嬉しいです。
励みになります。




