第16話 「……変わってないね」
放課後。
教室には、まだ数人残っていた。
「九条くん」
声をかけられる。
振り返ると、柏木が立っていた。
「……どうした?」
「日直の仕事、まだ残ってるから」
「……ああ」
そういえば、そんな話だったな。
他の生徒が帰っていく中、教室には俺と柏木だけが残る。
黒板を消し、机を整える。それだけの作業だった。
だが、妙に静かだった。
チョークを擦る音がやけに大きく響く。
黒板を消していると、背中越しに声が落ちる。
「……変わってないね」
「は?」
一度、手を止める。
「……なんでもない」
柏木はすぐに視線を逸らした。それ以上は何も言わない。
黒板消しの音と、チョークの走る音が重なる。
「……さっきは、ごめんね」
柏木が不意に口を開く。
「何がだよ」
「お昼、変なこと聞いちゃって」
「……気にすんな」
それだけ答え、黙る。
そのまま静かに二人で作業を続ける。
「……でもさ」
柏木はチョークを走らせながら、声を発した。
「やっぱり、似てると思う」
「……」
何も返さず、黒板を消し続ける。
「……気のせいかもしれないけど」
昼と同じ言葉。
だが、今度は少しばかり強かった。
「……違う」
同じように伝える。
柏木は、俺の言葉を聞いても何も言わない。
そして、少しだけ笑った。
「……そっか」
そう呟く。
もう、黒板は綺麗に消えていた。
「……終わりか」
「うん」
そう言うも、どちらも動かない。
沈黙が長く続いた。
「……帰るか」
しばらくして、俺が言葉を発し、
「……うん」
柏木も頷く。
二人して教室を出て、並んで歩く。
「……途中まで、一緒でいい?」
柏木が俺を見ながら訊ねる。
「別に構わねぇけど」
俺はそう答えて、少し歩くペースを落とした。
そのまま廊下を抜けて、昇降口へ向かう。
人は、もうほとんどいない。
外に出ると、空気が少し冷たかった。
「……じゃあ、私こっちだから」
校門の手前で、柏木が足を止める。
「……そうか」
短く返す。
「今日は、ありがと」
「あぁ」
俺がそれだけを呟くと、柏木は笑みを見せた。
昼とは違う、少し柔らかい笑顔だった。
「……またね」
小さく言って、背を向ける。
そのまま特に振り返ることはなかった。
俺はその背中をしばらく見ていた。
それから、小さく息を吐く。
──変わってないね
柏木の言葉が不意に浮かんだ。
だが、意味までを考えることはなく、俺は反対方向へ歩き出す。
夕方の空が、少しだけ赤く染まっていた。
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