第15話 「……似てるなって」
落ちた段ボールが、鈍い音を立てる。
中身が少し崩れたが、そんなことはどうでもよかった。
「……なんで、そう思った」
視線を外さずに聞く。
柏木は、少しだけ肩を揺らした。
「……なんとなく」
小さく言うも、視線は俺から逸れなかった。
「……雰囲気、とか」
言葉を探すように続ける。
「背格好とか、歩き方とか」
どれも曖昧なものだ。
「……似てるなって」
しかし、どこか確信を得ているような、そんな目をしていた。
「……気のせいかもしれないけど」
最後に小さく付け足した。
沈黙が落ちる。
周りの音が、やけに遠かった。
「……違う」
俺は柏木の言葉を否定する。
しかし柏木は何も言わなかった。
ただ、もう一度だけ、こちらを見る。
「……そっか」
それ以上は何も聞かず、それだけを口にした。
沈黙が続く。
俺は、足元に落ちた段ボールに視線を落とす。
「……悪い」
そう言って、しゃがみ込み中身を拾う。
「あ、ううん……大丈夫」
柏木も少し遅れて膝を折る。
散らばったプリントをひとつずつ集めていく。
指先がわずかに重なり、すぐに離れた。
何も言わないまま、作業を続ける。
「……少し、持つよ」
柏木が、小さく言う。
俺は「いい」とだけ返して、段ボールを持ち上げる。
「……そっか」
そのまま二人で歩き出す。
俺たちは何も言わないまま、教室に戻り、段ボールを置いた。
「……じゃあな、柏木」
昼休みはまだ残っている。
柏木に声をかけ、俺は教室を出る。
「九条くん」
背中に声がかかった。
「どうした?」
俺は振り返り、柏木を見る。
「あの、さ……」
なにか言いかけて、口を紡ぐ。
「ううん、なんでもない! ごめんね!」
少しだけ、ぎこちない笑顔だった。
「そうか」
俺はそれだけ言って屋上へと足を向け、廊下を歩く。人の声が、どこか遠くに聞こえた。
そのまま、いつもの階段を上り、屋上のドアに手をかけた。
風が、少し強く吹いていた。
「……遅いじゃない」
「悪い」
姫百合と安藤、瀬川がブルーシートに座り昼食を取っていた。
「やあやあ、湊くん。元気かい?」
相変わらず気安く声をかけてくる安藤。
「……そう見えるかよ」
そう軽口を叩きながら俺も座った。
「君も大変だねぇ。今や学校で1番の人気者だ」
「よせよ。考えたくもねぇ」
そう言って俺は溜め息を吐きながら、おにぎりの袋を開ける。
「おい、それより姫百合」
俺は姫百合に目を向ける。
「なによ」
俺の様子が少し変だと気付いたのか、手を止め、俺に目を向ける。
「バレた」
「は?」
端的な俺の物言いに疑問を浮かべる姫百合。
俺は言い直す。
「だから、お前と一緒に居たのが俺だとバレた」
「は?」
同じ返答。
だが、今度はわずかに、表情が動いた。
「えっ、バレたって? どういうこと?」
「そのままの意味だ」
「嘘でしょ? いやいや、あり得ないでしょ」
驚愕に目を開く姫百合。
「本当だ。昨日、ショッピングモールに居たかって聞かれた」
「え、どうなってるの? ……普通分からないわよ。あの時のアンタと学校でのアンタを見分けるなんて。現に今の噂だってアナタの名前なんて1ミリも出てきてないんだから」
「知るかよ。本人曰く、身長とか歩き方で分かったらしいが」
姫百合は眉をひそめる。
俺も、それだけで分かるのかは疑問に思う。
「ちなみに、誰にバレたの?」
「俺のクラスの女子」
「……名前は?」
姫百合の表情が、わずかに曇る。
「柏木ってやつ」
「柏木さんって……」
「あぁ、あの子ね」
安藤がポンっと手を叩く。
「知ってるのか?」
「それはねぇ。面と向かって話したことはないけど、私たちと同じ中学だし」
「なに?」
初耳だ。まあ、知らないのは当然だが。
「成績も良いし、落ち着いてるし、良い子って噂は聞いたことあるわね」
すると、瀬川が口を開く。
「同じクラスだったことある……」
「あ、そうだっけ?」
「うん……。良い子」
瀬川が少し表情を綻ばせる。
「確かに、中学の時から周りを良く見てるなって印象はあったけど」
姫百合が一度、言葉を切り俺を見る。
「それだけで分かるもの?」
「さぁな。少なくとも、お前は1週間かかったものな」
そう言うと、ギロッと姫百合に睨まれる。
「一回さ、マスクとメガネ付けてみて」
安藤が俺に提案する。
「いや、なんでだよ」
「検証したいから。大丈夫、誰も来ないよ」
はぁ、と溜め息を吐き、俺は外していたマスクとメガネを付ける。
「うーん……どう、美咲?」
「まぁ、分からなくはないけど、それは私たちだから、よね。ゆいはどう?」
「……敵わない」
「……もういいか?」
三人からジロジロ見られて居心地が悪くなった俺は、さっさと二つを外す。
視線は分散する。
「ねぇ、湊」
「なんだよ」
姫百合は俺を真っ直ぐ見る。
「柏木さんとは良く話すの?」
「はあ? そんなわけないだろ」
「だよね」
それに付け加えるようにして、
「まあ、他のクラスメイトよりかは話す中ではあるがな。というより、話しかけられる方が多いが」
「ねぇ……それってさ」
「あ?」
俺は姫百合が言いたい事をすぐに察した。
「いや、ねぇだろ。そういうのは分かるけど、あいつは違う」
そういう視線には、慣れている。
だが、柏木からはそんな視線を感じたことはないはずだ。
「そう……」
姫百合は顎に指を添えて少し考え込む。
「でも、不思議なのは、私と居たのがアンタだっていう噂が流れてないことね。あくまでも正体不明の"王子"ってなってるし」
それは確かにそうだ。
「そうねぇ……、柏木さんが良い子だから、かしらね」
安藤もそこは疑問に思っていることのようだ。
「アンタはどう思うのよ」
「俺か? まあ、俺も安藤に1票だな。柏木はそんな吹聴するような奴じゃないと思うぞ」
いつからかは覚えていないが、柏木と話をするようになって、少しはどんな奴なのか分かっているつもりだ。
「……そう、ね」
少しだけ、違和感を覚えながらも、姫百合も俺たちに納得したようだ。
「なら、今後もアンタは平穏な生活を続けられそうね。良かったじゃない」
「お前らと居たらいつそれが崩れてもおかしくないけどな」
俺は皮肉っぽく姫百合に返した。
また睨まれる。
「よしっ、じゃあこの件は終わりにしましょう! 早くしないとお昼休み終わっちゃうからね」
安藤がそう言って締め括った。
俺は頷いて、飯を再開する。
ちらっと姫百合を見ると、少し眉間に皺が寄っていた。だが、何も言わなかった。
箸を動かしながら、どこか考え込むように、視線を落としている。
珍しいな、と思う。
しかし、わざわざ聞くほどでもなかった。
そのまま、昼休みは過ぎていった。
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