表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/18

第13話 「明日、待ってるから」

 しばらく、その場を離れずにいた。


 人の流れだけが、横を通り過ぎていく。


 言葉はない。


 隣を見ると姫百合は、さっきと同じように前を向いていた。


 ふと、視線が合う。


「なに」


 先に口を開いたのは姫百合だった。


「……なんでもない」


 それだけ返す。


 姫百合は小さく息を吐く。


「……喉乾いた」


 ぽつりと声がする。


「急だな」

「は? さっきからだけど」


 一度俺の方を向いて、歩き出す。


 また、袖を軽く引かれた。


 適当に見つけた店で飲み物を買う。


 飲み物を受け取り、姫百合はそのまま一口飲んで、


「……あんたも飲む?」


 そう言って、差し出してくる。


「は?」


 一瞬、意味が分からなかった。


「……いや」


 思わず言いかけて止まる。


 目の前にあるのは、さっき姫百合が口をつけたストロー。


 少しだけ、迷う。


「……ちょっとだけな」


 そう言って受け取る。


 口をつける。


「……普通だな」

「は? 美味しいでしょ」


 飲み物よりも、それ以外の感覚の方が、変に残った。


 俺は視線を逸らし、そのまま歩く。


 気付けば、また隣にいた。


 ふと、姫百合の足が止まる。


「……あれ」


 視線の先。そこにはゲームコーナー。


 ガラスの向こうに、小さなぬいぐるみが並んでいる。


 姫百合は、何も言わない。


 ただ、少しだけ見ていた。


「……やるのか?」

「別に」


 俺にそう返すも視線は外れない。


「……取れる?」

「いや、やったことねぇけど」


 正直に言う。


「は?」


 少しだけ眉を寄せる。


「マジで?」

「マジで」


 俺たちは見つめ合う。


「……じゃあ、やってみなさいよ」

「なんでだよ」

「いいから」


 軽く背中を押される。


 仕方なく、コインを入れる。動かし方を確認しながら、適当に動かす。


 アームが下り、外れる。


「下手ね」

「初めてだっつってんだろ」


 再度コインを入れる。次は少し位置をずらす。


 アームがぬいぐるみを掴み持ち上げる。


 だが、落ちた。


「……おしい」

「今のはな」


 もう一度。今度は、少し慎重に動かす。


 上手く引っかかり、穴に落ちた。


 小さく音がする。


 取り出し口から、ぬいぐるみを取る。


「ほら」


 そのまま差し出す。


 姫百合は一瞬だけ見て、受け取る。


「……ありがと」


 小さく言う。それだけだった。


 だが、指先で軽くぬいぐるみを撫でていた。


「……それ」


 姫百合の手元を見る。


「気に入ったのか?」

「そんなわけないでしょ」


 即答だった。


 でも、指先は離れない。


「さっきから見てただろ」

「見てない」

「見てたな」

「うるさい」


 そう言って歩き出す。ぬいぐるみは、しっかり持ったままだった。


「……似合ってるぞ、それ」

「は?」


 一瞬だけ止まる。


「ぬいぐるみと」

「……バカじゃないの」


 そうやって揶揄っていると、


「あれ」


 姫百合がガチャの前で足を止めた。


「次はこれか?」

「一回だけ」


 コインを入れ、回す。


 出てきた中身を見て、


「……いらない」


 俺に押し付けてきた。


「おい、じゃあなんでやったんだよ」


 変な、よく分からない物を渡されたが、さすがに捨てるわけにもいかず、ポケットに入れる。


 ゲームコーナーから離れて、他のショップもいくつか冷やかしに入り、姫百合が気に入ったものがあれば買う、というのを何度か繰り返した。


 そうやってダラダラ歩いていると、化粧室が視界の端に映った。


「……ちょっとトイレ行ってくるわ」

「はいはい」


 そのまま離れ、化粧室へ。


 用を足して、戻る。


 人の流れの中で、姫百合の姿を探す。


 すぐに見つかった。


 ……が、


 誰かと話していた。男だった。


「お前……またかよ」


 軽く声をかける。


 いつも通りのつもりだった。


 だが、姫百合の反応が少し違った。


「……あ」


 わずかに言葉が詰まる。


 視線が、こちらと男の間を揺れる。


「え、姫百合さん……その人は?」


 男が戸惑ったように言う。


「……えっと」


 姫百合は視線を逸らす。


 珍しく、言葉を濁した。


「……なんだよ、知り合いか?」


 そう聞くと、姫百合は少しだけ迷って、


「……クラスメイト、だけど」

「……は?」


 一瞬、思考が止まる。


「……ク、ククク、クラスメイト!?」


 思わず声が裏返る。


 男がさらに困惑した顔になった。


「え、いや、え……?」


 そのまま、まじまじとこちらを見る。


「……あっ」


 何かに気づいたように、目が見開かれる。


「……王──」

「おい、行くぞ!」


 反射的に、姫百合の腕を掴む。


「え、ちょっ──」


 そのまま引っ張る。人混みの中へ。


 背後で何か言われたが、気にしてる余裕は俺にはなかった。


 少し離れたところで、足を止める。


「……なんだよ、それ」


 息を整えながら言う。

 

「クラスメイトってマジかよ」


 姫百合は腕を引かれたまま、少しだけ顔をしかめる。


「バレてないよな?」

「たぶんね」


 即答だった。


「なんで連絡よこさねーんだよ」

「急に話しかけられたからよ」


 あっさり返される。


「そんな余裕なかったの」

「……いや、まあ」


 言い返せずに口を閉じる。


 少しだけ、間が空く。


「……でも、びっくりしたわ」


 ぼそっと言う。


「は?」

「アンタ、急に引っ張るから」

「仕方ねぇだろ」


 思わず言い返す。


「そのままいたら、面倒だったろ」


 姫百合は何も言わなかった。


 ただ、掴まれていた腕を、軽く見下ろす。


「……まあ、助かったけど」


 小さく言う。


「は?」

「なんでもない」


 すぐに視線を逸らす。それだけだった。


 そのまま歩き出し、人の流れに戻る。


 言葉はなく、すでに腕は離れていた。


 それでも、距離は変わらなかった。


 ふと、隣を見る。


 姫百合は前を向いたままだった。


 ぬいぐるみを持ったまま、何も言わない。


 けれど、歩く速度が揃っていた。


 人の流れの向こうで、ふと視線のようなものを感じたが、振り返ることはしなかった。


 人の流れるまま、外へ出る。気付けば、空は少しだけ色を変えていた。


「……なあ」


 ふと、口を開く。


「今日は、ありがとな」


 歩いたまま視線は合わせずに言う。


 姫百合も前を向いたまま、


「……気にしないで」


 短く返す。


「私が行きたかっただけだから。これでチャラよ」


 それだけだった。


 無言でしばらく歩いていると、駅が見えてきた。


 人の流れも、少しずつ変わっていく。


「……じゃあ」


 なんとなく口に出しかけた、その時、


「明日」


 姫百合が先に口を開いた。


「お昼休み、待ってるから」

「……は?」


 思わず聞き返す。


「なんでだよ」

「来なかったら、ぶっ飛ばす」

「怖ぇよ」


 そのまま少しだけ足を止めて、ちらっとこちらを見る。


「……来るでしょ」


 小さく言う。


「……知らねぇよ」


 視線を逸らす。


 姫百合は、それ以上何も言わなかった。


 そのまま背を向けて、人の流れに紛れていく。


 すぐに、その姿は見えなくなった。


 耳元に触れる。


 そこにある感覚だけが、


 妙に残っていた。

面白い、続き気になるって思ったら、いいねとかブクマしてくれると嬉しいです。

励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ