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第12話 「大事なんでしょ?」

 服を買った後、店を出て、そのまま歩く。


 人の流れは、さっきより少し増えていた。


 隣を歩く姫百合は、特に何も言わない。


 だが、歩く速度は、どこか噛み合っていた。


 しばらく無言で歩いていると、


 ふと、姫百合の足が、わずかに緩んだ。


 姫百合の方を見ると、視線を横に向けていた。


 その先にあったのは、アクセサリーショップだった。ガラス越しに小さな光が並んでいる。


 姫百合は何も言わないまま、それを見て、


 ──足を止めた。


「……見るのか?」


 なんとなく聞く。


 姫百合はちらっと俺を見て、


「……ちょっとだけ」


 そう言って、店の中へ入っていく。


 俺も続いて店の中に入る。


 並んだアクセサリーを眺めていた姫百合の視線が、ふと止まる。


 そこにあったのは、ピアスだった。


「アンタ、さ」

「……なんだよ?」

「そのピアス」


 ピアスを見たまま、姫百合が言う。


「……大事なんでしょ?」


 ほんのわずかに、間が空く。


「じゃあさ」


 並んだピアスを見ながら、


「もう一個くらい、あってもいいんじゃない?」


 ひとつ、指先で軽く揺らす。


「いつ使えなくなるか、分かんないでしょ」

「……は?」

「そうなると」


 一度、言葉を切る。


 そして、


「……私が困る」

「なんでだよ」

「だってさ」


 少し言葉を探す。


「……悲しいじゃん」


 手に取ったピアスを見ながら、


「大事な時だけ付けるとかでもいいし」


 姫百合は俺を見た。


「……お母さんを、近くで感じたい時とか、さ」


 俺は一瞬、言葉に詰まった。


「……そんな大層なもんじゃねぇよ」


 視線を逸らす。


「ただの、昔のやつだ」


 そう言いながらも、


 指が、無意識にピアスに触れる。


「……でも」


 言葉を探す。


「……まあ、なくなったら困るけどな」


 言ったあとも、指はピアスに触れたままだった。


 そのまま、店内をひと通り見て回る。


 姫百合は何も言わず、ピアスをいくつか手に取っては戻していた。


「……で」


 不意に口を開き、俺を見た。


「どれがいいの?」

「いや、買う前提かよ」

「当たり前でしょ」


 さらっと言う。


 姫百合は並んだピアスに視線を戻す。


「アンタ、自分で選べないでしょ」

「は?」

「センスないし」


 即答だった。


「うるせぇ」


 軽く睨む。


 姫百合は気にした様子もなく、ひとつ、ピアスを手に取った。


 シンプルな形。余計な装飾はない。


 でも、どこか目を引く。


「これ」


 こちらに差し出してくる。


「アンタ、こういう方がいいでしょ」

「……なんで分かるんだよ」

「なんとなく」


 軽く言う。


 だが、その視線は少しだけ真剣だった。


「いや、いい」


 短く返す。


「別に困ってねぇし」


 姫百合は何も言わなかった。


 手に持ったピアスを少しだけ見ると、そのままレジに向かった。


「おい」


 思わず声が出る。


「待てって」


 追いかけるが、姫百合は振り返らない。


「いいから」

「よくねぇだろ」

「アンタ、どうせ使い続けるでしょ」


 歩きながら淡々と続ける。


 足は止まらない。


「なくしたら困るって言ってたじゃん」


 言葉が静かに落ち、姫百合はレジの前で止まった。


「だから」


 それだけ言うと、会計を済ませ、こちらに戻ってくる。


「ほら」


 差し出される。


「持ってて」

「……お前な」


 ため息が出る。


 だが、結局要らないとは言えず受け取る。


 袋の中を覗くとそこには、さっきのピアスがあった。


 手に取ると小さく光った。


「……なんで、これなんだよ」


 姫百合は少しだけ視線を逸らした。


「……アンタに合うから」


 そう言うと、視線は逸らしたまま、


「それでいいでしょ」


 短く付け足す。それだけだった。


 そのまま店を出て、人の流れに戻る。


 姫百合が隣を歩く。


「……ねぇ」


 姫百合は前を向いたまま、話しかけてきた。


「ちょっと付けてみなさいよ、それ」

「いや、ここでかよ」

「いいから」


 逃げ場はない。


 耳に触れ、今つけているピアスを外す。


 小さく光るそれを、そのまま手の中に収める。


 袋から新しい方を取り出すが、少し手間取る。


 そうしていると、


「……貸して」


 手が伸びてくる。


「は?」

「動かないで」


 距離が、近い。


 指先が耳に触れ、一瞬息が詰まる。


 何も言えないまま、動けなかった。


「……はい」


 手が離れる。


「ほら」


 軽く顎で示される。


「思った通り、似合ってる」

「……そうかよ」


 視線を逸らす。


 ふと、近くのガラスに目がいく。


 映った自分の耳元に、小さく光るものがあった。


 少しだけ見慣れない。だが、悪くはなかった。


 その理由は、うまく言葉にならなかった。


 ただ、耳元の感覚だけが、


 妙に、残っていた。

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