第11話 「……こっちの方がいい」
会計を済ませて、店を出る。
人の流れに混ざって歩きながら、隣を見る。
姫百合は、何事もなかったかのように前を向いていた。
「この後だけど」
ふと、姫百合が口を開く。
「ショッピングモール行くわよ」
当たり前みたいな口調だった。
「……もう決めてたのかよ」
「アンタが遅刻する前からね」
振り返りもせずに言う。
「なら最初から言えよ」
「言ったところで変わらないでしょ」
さらっと返される。その通りだった。
俺たちはそのまま、人の流れに乗って歩く。
姫百合は前を向いたまま、特に何も言わない。
だが、さっきより、わずかに距離が近い。
横目でこちらを見てくる。
「なによ」
「いや、別に」
それだけ返すと、姫百合は小さく息を吐いた。
「またそれ? ……もういいわ」
呆れたように言いながらも、足は止まらない。
駅前の通りを抜ける。人通りは多いが、さっきよりは落ち着いている。
周りからの視線には気付いていたが、無視する。隣の姫百合も、変わらず前を向いていた。
肩が触れそうになるたびに、わずかに位置をずらす。
……はずなのに、
気付けばまた、同じ距離に戻っていた。
「近いわよ」
「いや、お前が寄ってきてんだろ」
「は? アンタでしょ」
「違ぇよ」
短い言い合い。どちらも引かない。
少しの間、睨み合う。
先に視線を逸らしたのは、姫百合だった。
「……まあ、別にいいけど」
小さく呟く。それ以上は、何も言わなかった。
そのまましばらく歩いていくと、
目の前に、大きな建物が見えた。
「ほら、着いたわよ」
「すげーな」
思わず口に出すと、隣の姫百合がぎょっとした。
「え、嘘でしょ? アンタ来たことないの?」
「初めてだな。お前は?」
「普通に来るけど。ゆいとかと」
歩きながら、姫百合に顔を向ける。
「瀬川と? 安藤は?」
「玲奈はほら、部活で忙しいし」
「……へえ。あいつそんなに本気なんだな」
「知らないの? 結構すごいわよ」
姫百合はスマホを取り出して、少し操作する。
「ほら」
差し出された画面を見る。
そこには、見慣れた顔。
だが、まるで別人みたいに動いていた。
「……これ、ほんとに安藤か?」
「失礼ね」
姫百合が小さく笑う。
「でも、分かるけど」
「詐欺だろ、これ」
「それアンタが言う?」
じろっと見られる。
「なんだよ」
「学校の子が今のアンタ見たら絶対に誰かわからないわよ」
「……うるせぇ」
そう返すと、姫百合は一瞬だけこちらを見た。
けど何も言わずに、そのまま前を向く。
そして、モールの中へ入った。
明るい照明と人のざわめきが、一気に近くなる。
「……じゃあ、ちょっとこっち」
そう言って、袖を軽く引かれる。
「あ?」
連れて行かれた先は、近くの服屋だった。
「おい、なんでだよ」
「いいから来なさい」
そのまま店の中へ入っていく。
仕方なく、後を追った。
「……服屋かよ」
「何? 文句あるの?」
振り返りもせずに言う。
「別に」
そう答えながらも、店内を見回す。
ふと、近くにいた店員の視線が一瞬止まるが、すぐに逸らされた。
色とりどりの服と、人の多さ。
どれも、あまり興味が湧かない。
「アンタさ」
姫百合がラックを眺めながら言う。
「服、興味ないでしょ?」
「まあな」
即答だった。
「やっぱり」
納得したように頷く。
こちらを一度見てから、
「その格好も」
軽く指を向ける。
「似合ってるけど、なんか違うのよね」
「なんだそれ」
「無理してるっていうか」
少しだけ言葉を選んで、
「アンタっぽくない」
一瞬、言葉が詰まる。
「……別に、適当なだけだ」
「でしょ」
あっさり返される。
「カッコつけてるわけじゃなくて」
服を手に取りながら、
「“考えてない”感じ」
図星だった。
何も言い返せないまま、視線を逸らす。
「……で?」
姫百合は、次の服を手に取る。
「あ?」
「このままでいいわけ?」
「別に困ってねぇけど」
軽く返す。
「私は困るの」
「は?」
そのまま、姫百合はラックから何着か抜き取る。
色も形も、どれも俺の格好のものとは違う。
「ほら、これ」
「待て待て」
押し付けられる。
「なんでだよ」
「いいから着なさい」
「いや、意味わかんねぇだろ」
「分かる必要ないでしょ」
取り付く島もない。
「……はぁ」
ため息を吐きながら、受け取る。
「そこ、試着室」
指をさされる。完全に逃げ場はなかった。
仕方なく試着室で着替え、外に出る。
姫百合がこちらを見る。
……ほんのわずかに、目が細くなった。
一瞬、言葉が止まる。
「……悪くないじゃない」
「そうかよ……」
俺が服を直そうとすると、姫百合が近づいてくる。
「ちょっと動かないで」
距離が近い。
襟元に手が触れる。
折れていた襟を、指先で整えられる。
「……こっちの方がいい」
手が離れる。
わずかに、距離が戻る。
「……それ、買いなさい」
「は?」
「似合ってるんだから」
「いや、金ねぇって」
「あるでしょ」
少しだけ、間が空く。
「無駄遣いしたくねぇんだよ」
姫百合は何も言わず、レジに向かう。
「おい」
「今度返せばいいでしょ」
姫百合はレジを済ませると、戻ってきて袋を押し付けてくる。
「持ってて」
「お前が買ったんだろ」
「いいから」
袋を受け取る。
「……いらねぇって言っただろ」
それでも、突き返す気にはなれず、自然と視線が袋に落ちる。
「……ありがと、な」
ぼそっと言う。
姫百合は一瞬だけこちらを見た。
「別に」
それだけ言って、前を向く。
……でも、
ほんの少し、歩く速度が落ちていた。
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