5話:忘れていたこと
なんだか胸の辺りにもやもやとしたものを感じながら、拾い集めた荷物を侍女が母親に渡すのを見届けて、お父様とお母様の元に戻りました。
「おかえり、シア。あの子は大丈夫だったかい?」
「…はい」
「良い行いをしましたね。…あら、どうしたの、浮かない顔をして…」
「あの子はわたくしの顔を見て、とても驚いたようでした」
「…そう、転んでしまって気が動転していたのではないかしら?」
「そうですね…」
確かにお母様の言う通りかもしれません。それでも落ち着かないままでいると、お父様が朗らかに笑いました。
「大事がなくて良かったじゃないか。ほら、楽しみにしていたジュースが届いたよ。ぬるくならない内に飲むのがお勧めだそうだ」
わたくしの前に鮮やかな色のジュースが置かれます。グラスに付いた水滴が陽の光を受けてキラキラしており、ふわっと果物の良い香りがします。せっかくの飲み物を無駄にしてはいけない、と口にすると芳醇な味わいが口いっぱいに広がり、思わず頬が緩みます。
「美味しい…!」
「そうだろう。その果物はこの近くの特産品で、乾燥させた物が王都で売られているほどなのだよ。そのままでは日持ちしないから、こんな風に楽しめるのはこの街だけだ」
「特産品については授業で習いましたが、ジュースのことは知りませんでした」
「実際に足を運ぶと分かることはきっと沢山あるだろう。視野を広く持つのも領地を納めるにあたって大切だ。上に立つものの義務だよ」
なるほど、と頷いていると従僕がそっとお父様に耳打ちをします。どうやらそろそろ出発のようです。店を出て馬車に向かう際に、先ほどの親子が路地にいるのが見えました。親子はわたくしが近くにいることに気付いていないようなので声をかけようとすると、子供が少し興奮したように声を上げます。
「貴族のお嬢様って初めて見たからびっくりしちゃった!でも、一番びっくりしたのはお嬢様のお顔だよ!あんなに綺麗な服を着てるのにお顔は魔女みたいなんだもの!」
「こらっ、恐れ多いことを言うんじゃありません!…たしかに見たことないくらいのお顔だったけれど…」
その後、小さく笑い合う声が聞こえましたが、わたくしは頭を、がん、と殴られたような気がして立ちすくんでしまいました。侍女に促されておぼつかない足取りで馬車に乗り込み、お母様に寄りかかります。
「疲れちゃったのね。今日の目的地まではまだかかるから少し休むといいわ」
はい…と返事をして、ぎゅっと目を瞑ります。すっかり忘れていたことを思い出してしまいました。
そうだった…わたくしは、醜いんだったわ…。
どうして忘れていたのでしょう。ずっと屋敷の中で過ごしていたせいかもしれません。あそこでは家族と、長年我が家に勤めている家族同然の使用人しかいなかったのですもの…。
楽しみで仕方なかった王都行きが急激に色褪せていきます。社交の場で皆にどう思われるのか、何を言われるのかを思うと、お腹の奥が冷え切ってずっしりと重くなっていくようです。ふいに涙が溢れそうになり、お母様の膝に突っ伏してぐっと堪えます。
「あら、甘えん坊さんね」
優しく髪を撫でてくれるお母様の手の温もりに胸がぎゅっと痛くなり、わたくしは嗚咽が漏れないよう息を殺します。そうやっている内に眠ってしまったようで、気付けば今日の宿泊地に着いていたのでした。




