2話:鏡の中
わたくし、フェリシア・セルヴァンはどうやら生まれ変わったようです。今のわたくしは毎日天井を見上げては泣き、乳母の乳を吸い、そのうち眠たくなって寝て、気がつけば着替えもろもろが済んでいるという、全くもって赤子らしい生活を送っております。
この世に生を受け直したあの日、産後で朦朧としていたとは言え、産みの母は一目見ただけで気絶し、父はあまりの醜さに絶句。使用人たちは気まずげに立ち尽くし、一番先に我に帰ったばあやに指示を出され、やっと慌てて動き出すという失態をおかす、という異常事態を引き起こしていました。
そこまで周囲を恐怖に陥れたわたくしの今世の見た目はどのようなものなのか、手足を動かすのもままならない身の上では確認しようもなく…ただ唯一の幸いはわたくしの自我は断片的しか現れず、ほとんどの事があいまいなまま、月日があっという間に過ぎていくことしょうか。成人の自我をもったまま過ごしていたのならきっと発狂していたことでしょう。こればかりは神の采配に感謝しなくてはなりません。
前世の最期は焼けるような痛みに翻弄されて終わってしまいましたが、今思うと知らぬ間に他人の恨みを買い、襲撃されてしまったのでしょう。貴族令嬢は滅多に屋敷から出ないものですし、夜会は外部との接触の数少ない機会です。とは言え、襲撃されるような問題を起こした覚えはないのですが…。既に起こってしまった事はどうしようもなく、まずは現在が一番と思い至り、充実した日々を過ごすべく注力している次第です。
そう、わたくしは遂にベッドの上と誰かの腕の中ばかりの生活から脱却し、柔らかい絨毯の上を思うままに這い回れるまでに成長したのです。
動けるようになるまでそこそこの期間はあったはずですが、そこは都合よく進むもので、成人した自我はうつらうつらとうたた寝のごとく浮かんで消えつつ、時間が過ぎていきましたので、無力感や悲壮感に襲われ精神薄弱となるような事態に陥る事はなく、むしろ新しい発見と喜びに溢れた毎日を送っております。幼い身体に精神が引き摺られているのかもしれません。
さて、自由に動けるようになって直ぐに行ったのは鏡を見つける事。生まれた時からずっと気になっていた、周囲を震え上がらせるわたくしの醜さとは一体どのようなものなのか、気になるのは仕方のない事でしょう。
きょろきょろと周囲を見渡すと目的の品は直ぐに見つけられました。どうやら子供部屋の内装は前世のわたくしの子供部屋と変わらないようです。
幼児の好奇心も発揮され、できる限りの全速力で目的のものまで突き進みます。少し慌てたようなばあやと使用人たちの声も聞こえますが、ここは気にせず参ります。よっこいしょ、と座り込み、ふっくらとしたえくぼのある手をついて鏡を覗き込みます。淑女らしからぬ動作ではありますが、いたいけな幼子のすることですのである程度成長するまではご容赦いただきましょう。
それこそ生まれた時からずっと気になっていた、わたくしの容姿…鏡に映ったのは輝く銀髪に長いまつ毛に覆われたぱっちりとした銀の瞳。顔の造作も前世で見た幼い頃の肖像画と変わりなく、こてん、と小首を傾げる仕草も年相応に可愛らしく…謂わゆる『醜さ』とは無縁のように思えます。気になるところと言えば、今世の両親とは全く似ていないような…。そう考えていると後ろに控えていたばあやに抱き上げられて、視界が高くなります。
「お嬢様、急に動かれますと驚きます。…あぁ、鏡をご覧になるのは初めてでいらっしゃいますね」
そう言って鏡に歩み寄り、よく見えるようにとぐっと近づけてくれます。鏡の中のわたくしはひらひらとした飾りがたくさん付いたベビードレス姿で、銀の瞳をぱちぱちとさせ、ふっくらとした手をこちらに伸ばしています。ばあやは前世の記憶よりも若々しく、わたくしを抱く手は皺が少なく、晩年に関節が強張って痛むと愚痴をこぼすようになるのはまだ先のことのようです。
成長するにつれ、ぼんやりしていた視界も良くなり、両親の顔立ちもはっきりと見えるようになって分かったのは、お父様もお母様も声は変わらずそのままなのですが、顔立ちは以前と異なっていた事です。
可愛らしい小粒な瞳に存在感のない控えめな鼻筋、大ぶりな口元といった、何と言うか全体的に前世の庶民を思わせる風情で何より大きく異なるのはふっくらとした体型。頬も身体も手指に至るまでふっくらとふくらんでいます。ただし際限なくぶくぶくと太っている訳ではなく、上品さは損なわず肌艶がよいため、健康に問題はないのが分かってホッとしているのですが、謂わゆる『肥満』と言うべき姿です。
「…お可哀想に…。王族をも凌ぐ美貌で『ソヴール王国の至宝』と名高い、セルヴァン伯爵家の姫君でいらっしゃるのが不憫でなりません…」
それはそれは深い溜め息を吐いた後、いついかなる時もばあやはお嬢様の味方ですからね、と励ましてくれます。そのように決心してしまうほど醜く生まれ、今後は険しく辛い人生を送るであろうわたくしに寄り添おうと言う、ばあやの熱い想い感謝をしつつ、わたくしは『美しさ』の基準が前世とはどうやら違うらしい、と思い至るのでした。




