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義姉の襲来は突然に




 木々の揺れる音が心地よい。木漏れ日が暖かい。

 1人孤児院を抜け出した少女は雑木林の中を歩いていた。



 今日は教会は奉仕活動として聖女が来る日。




 __聖女は、嫌い。



 奉仕活動をする自分に酔いしれたいだけの存在。自分達のような孤児なんて同じ人とも思っていないような存在。



 教会の神父もシスターも聖女をもてなすために高いお菓子やお茶を準備する。掃除も念入りにさせられ、少しでも埃が残っているといつも以上に怒られる。


 それでも子供達は聖女の来訪を喜ぶ。普段は食べられないおいしいお菓子がもらえるから。見栄を張る神父達のおかげで少し食事が豪華になるから。



 __そんな神父もシスターも、嫌い。食事が変わるだけで喜び聖女を崇める現金な子供達も、嫌い。




 少女は獣道をずんずんと歩いていく。

 今頃神父達は聖女の相手で忙しいだろう。1人くらい子供がいなくなっても気づきもしない。



 束の間の自由だ。


 落ちていた枝を指揮棒代わりに、上手いか下手かもわからない歌を歌い始める。どうせ誰も聞いていない、好きなように歌ったっていいじゃないか。



 と思ったその時、少女の耳に子供の泣き声が聞こえてきた。少女はぴたりと歌うのをやめ、注意深く耳をそばだてる。



 自分以外にもあの場所から逃げた子がいたのか。いや、そんなことはどうでもいい。それよりも自分の歌を聞かれたことのほうが少女にとっては問題だった。




 恥ずかしさを押し殺し泣き声の方へ向かう。声に近づけば近づくほど、辺りが静かになっていった。相対的に大きく聞こえる泣き声に辿り着くと、そこには少女よりも一回り大きな少年が泣いていた。


 少年の顔は見えない。でも確かに泣き声は彼から聞こえる。

 少女は屈んで、少年に手を差し出した。



 

「大丈夫__?」






 __





「……あの後、なんて言いましたっけ」



 目を開けるとようやく見慣れてきた天井。ツユキは1人呟いた。

 あの夢は、過去の記憶。でも少年のことも、あの時何をしたのかも霞がかかったように思い出せない。



 日はすでに高く昼前のようだ。体力を回復させようと必死なのか、最近は起きるのがどうにも遅い。



 今日もまた、エレクティオを見送れなかった。ツユキは小さくため息をつく。




 呪いの影響により、治りかけで魔法を使ったために傷口が広がったのが先日。おかげで腕が使えなくて起き上がることもできない。



 天井を見つめたまま、ミウが来るのを待って「聖女サマ!起きたっすか!?」……すぐに来た。



「すぐ支度するっす!」


 ミウは部屋に入って早々にツユキを風魔法で持ち上げ湯浴みやメイクを施していく。慌てている口ぶりだが、その動きには一切の迷いもない。



「な、何かあったのですか?」

「ネリフェラサマが来たんすよ!」

「お義姉様が!?」



 スローカム侯爵家長女ネリフェラ=スローカム。

 姉聖女トパーズの実姉であり王太子の婚約者、つまり次期王妃でもある。いくら王太子と交友関係のあるエレクティオの家だからとはいえ、突然来ていい存在ではない。


 ……だが来てしまうのがネリフェラであった。思い立ったら即行動、周りの迷惑も考えろと妹に怒られていたのも懐かしい。



「ネリフェラお義姉様は割とそういうところありますから、待たせておいて構いませんよ」

「いやそういうわけにはいかんでしょ」



 などと言いつつ、結局1時間は待たせたのであった。






「__お待たせいたしました」

「久しぶりね、ツユキ。昼前まで寝ているなんて知らなくて突撃しちゃったわ。起こしてしまったならごめんなさい」

「いえ、ちょうど目覚めたところでしたので」



 ツユキはニコッと笑って返す。都合無視の突撃に慣れているとは流石に言えない。

 軽い食事とお茶を並べ、何かあった時のためとミウは部屋の端に待機した。ネリフェラの侍女も同様に待機している。護衛は部屋の外だが、この2人がいれば問題はない。



「その……トパーズお義姉様のこと」

「ええ、教会はツユキを殺人犯として探しているって意気揚々に言っていたわ」


 その言葉にツユキはグッと押し黙る。今の自分はトパーズを殺した容疑者。ネリフェラは、スローカム侯爵家は自分のことを恨んでいるのではないか。そんな考えが頭によぎり、ツユキはぎゅっと目を瞑った。




「わたくしはそんなことまっっったく思っていないから」



 その言葉が重い空気を吹き飛ばした。




「わたくしの知っている聖女ツユキは、虫も殺せないほど優しくて、年の割に小さくて、演技は大根だし、嘘がつけなくて隠し事も下手。人を殺して飄々とできるほど器用な子ではないわ」

「でも……」

「それに、トパーズが気に入った子よ。信じる根拠なんてそれで充分じゃない」



 自信満々に言うネリフェラが霞んで見える。ボロボロと大粒の涙が着替えたばかりの服を濡らした。



「わたくしは貴女の味方よ、安心なさい」

 

 ネリフェラはツユキの涙を拭ってやり、優しく包み込んだ。腕の中で義妹の弱々しい泣き声が聞こえてきた。





 __




「エレク、この後ネリーを迎えに行ってくれないか?」



 アイルズの執務室、護衛兼補佐をしていたエレクティオにアイルズが唐突に頼む。

 ネリフェラが思いつきでどこかに行くのはいつものことなので特段気に求めずに了承した。



「構わないよ、ネリフェラはどこにいるんだい?」

「お前の屋敷だ」

「……はい?」



 持っていた書類を思わず落としそうになる。


 ちょっと待て、今日屋敷に来るなんて話は一度も聞いていない。そしてツユキはネリフェラがどう思っているかを知らない。悪いようにはならないとは思うが、少々心配である。




「……わかった。交代したら全速力で捕まえてくる」


 引き継ぎした直後、エレクティオは文字通りその場から消えたらしい。





「ネリフェラ」

「エレク、しー……」


 転移で屋敷に戻ったエレクティオが扉を勢いよく開けるとネリフェラに注意される。彼女の膝には気持ちよさそうに眠るツユキがいた。



「泣き疲れたみたいで寝ちゃったわ」

「来るなら来ると言っておいてくれないかい…?」

「ごめんなさい、今日の朝に思い立ったものだから」

「まったく……」


 エレクティオはツユキを抱き上げる。ふわりと羽のように軽い彼女は力をこめたらすぐに壊れてしまいそうで、自然と扱いも慎重になる。



「スローカム侯爵家はツユキの味方だって、わたくしの口から伝えておきたくてね」

「それはツユキ嬢の心が軽くなるから良いけど、せめて先触れは欲しいな」

「持ってきたわよ、ほら」

「君が持ってきたら先触れじゃないじゃないか……」



 そんなことを言いながらツユキの部屋に着き、ベッドに優しく彼女を寝かせる。





「……ねえ、この件が無事終わったら、エレクはツユキをどうしたい?」



 ツユキの部屋から出て、ネリフェラは尋ねる。



「それは……ツユキ嬢に決めてもらうよ。僕がどうこうしてしまってはいけないから」

「……そう」



 客間に戻り、ネリフェラと侍女を転移させる。





「……優しい彼女に、ここにいてほしいなんてわがまま、言えないよ」


 1人残った部屋で、エレクティオはポツリと呟いた。







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