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魔王と呼ばれた髪と瞳




「アキメネス様」

「おや、ツユキ嬢」



 夕食後、エレクティオの執務室にツユキがやってきた。

 車椅子を押していたミウは紅茶を淹れにいなくなり、部屋は2人だけになる。



「先ほどは、本当にすまなかったね」

「いえ!もう謝っていただいたことですし、むしろ謝るのはアキメネス様に魔法を向けたわたしの方です!」

「それは呪いが原因で君が謝ることじゃ……」

「呪いに負けたわたしが悪いのです!

 __ですから両成敗ということで、もう謝るのやめませんか?」



 そう言われエレクティオは彼女に気を遣われていることに気がついた。止められたのに止めなかったせいで彼女を傷つけたと後悔ばかり引きずってうじうじしすぎていたようだ。



「本当に、僕は駄目だな」

「そんなことありませんよ。こうしてわたしを止めてくれたじゃないですか。ありがとうございます、アキメネス様」

「こちらこそだよ。ありがとう、ツユキ嬢」


 謝罪の言葉を感謝の言葉に変え、2人は笑い合った。




 __




「それで、何の用だったのかい?」



 ミウが紅茶を運んできたところでエレクティオはソファに座り尋ねる。




「えっと…不躾な質問で申し訳ないのですが……」

「何でも質問してくれて構わないよ」

「アキメネス様は、“魔王”なのですか……?」

 


 この場合の“魔王”とはアルレイエス教における魔王という存在だろう。


 女神レイエスがこの世界を解放する前、この地は魔王と呼ばれる男が支配していた。邪智暴虐なかの王は闇のような黒髪に金色の瞳だと語り継がれている。



 普段は青髪紫瞳のエレクティオだが、その髪と瞳の色が変わるところを見ている。聖女であるツユキにはそれがかの魔王のように見えたらしい。



「質問に質問を返して悪いが……仮にそうだとして、君はどうするつもりだい?」



 忌み嫌い拒絶するのだろうか。

 騙していたのかと罵倒するのか。

 敵だと攻撃をしてくるのだろうか。

 


 それが普通だろう。彼女も教会の人間なのだから。

 彼女の口から拒絶の言葉を聞きたくないのは、この家でしばらく暮らした情があるからか、それとも、あの時の言葉があるからか。




 あの時、あの言葉をくれた彼女は何も知らない子供だった。同じ言葉は、きっと返ってこない。


 しばらく考えてツユキは口を開く。返ってきたのは意外な言葉だった。




「まずは労いたいです」

「……は?え?」


 エレクティオの目が点になる。後ろでミウが吹き出す声が聞こえる。



「……魔王だよ?アルレイエス教で最も嫌われてるあの魔王だよ?嫌じゃないのかい?」

「嫌ではありませんね。わたしは魔王はこの世界を統一した最初の功労者だと思います。

 レイエス様が降臨なさる以前、魔王は支配することで世界に一定の秩序をもたらしています。経典には魔王は悪として描かれていますが、魔王がいなければこの世界は混沌とし、レイエス様が平穏をもたらすのはもっと大変だったのではないでしょうか」



 その説明に少し納得する。

 やり方に問題があったにせよ、確かに魔王はこの世界を統一した初めての存在だ。



「悪だと言われているから悪、そう決めつけることはわたしはしたくありません。それが生み出すものは、いらぬ偏見と差別だと思いますから」



 ツユキはまっすぐな目でそう言った。それはとても彼女らしい答えだった。




「……ははは」



 エレクティオは思わず笑っていまう。


 彼女も教会の思想に染まっているのだろうとと勝手に決めつけ、疑って、試すような質問をしてしまった。

 その結果はどうだろう、彼女は何も変わっていなかった。染まっていたのはむしろ自分の方ではないか。



「あの、えと……」

「すまない。自分の疑り深さについ笑ってしまった」



 突然笑い出したエレクティオに困惑するツユキ。そんな彼女に誤魔化すように、エレクティオは自嘲の笑みを浮かべた。

 ツユキはおそらくあの日のことは覚えていない。だが変わらずいてくれた。エレクティオにはそれが嬉しかった。




「さて、君の疑問に答えないとね。残念ながら、僕は魔王ではない」


 エレクティオは己の魔力を放出する。一瞬、部屋の温度が下がったかと思うと、エレクティオの髪の色が黒く染まり始める。瞬きの後に瞳の色も金色に変わった。



「僕は“魔色”持ちでね。その色が黒髪と金眼なんだ」




 魔力の波長は光のそれと酷似している。そのため可視光線と同じ波長になると魔力が色として見えることがある。


 そしてそれは人の持つ固有の魔力波長にも当てはまる。


 自身の魔力に色があり、魔力を出すと髪や瞳がその色に染まる者もいる。それが“魔色”と呼ばれる現象である。




 エレクティオは稀有な存在で、二色の魔色、しかも片方は光を奪う珍しい黒色の魔力を持っていた。


 しかし、それはアルレイエス教における魔王の色。特に子供の頃にはその見た目で疎まれることが多かった。魔力制御ができる今はその見目で言い寄られることの方が多く、疎まれていた頃が懐かしいくらいだが。



「僕と魔王は偶然の一致に過ぎないんだ。それでもアルレイエス教にはとことん嫌われているけどね」

「そうだったのですか……アルレイエス教の聖女として、アキメネス様にお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした」



 ツユキは深々と頭を下げる。



「頭を上げてくれ!君に謝罪してもらうために話した訳ではないし、“氷の魔王”の異名もある今は魔王はむしろ褒め言葉なんだ」

「ですが、アルレイエスの民のせいでその姿を隠さなければならなかったのでしょう?」

「その理由もなくはないけれど……僕は魔力量が多いから、魔力が垂れ流しになっていると魔力量の少ない人を威圧してしまうんだ。だから魔力制御は必須だったんだよ。アルレイエス教の人達が必ずしも原因ではないんだ、だから君も謝らなくていい」

「……わかりました」



 ようやくツユキは頭を上げる。しかしその頬はぷくりと膨らんでいた。



「……どうした?」

「それでも、みんな見る目がありません。黒髪も金の瞳も、こんなに綺麗ですのに」



 その言葉にエレクは目を見開く。




 ああ、やはり彼女だ。魔王の色を嫌うこの世界で、彼女だけはいつもこの言葉をくれる。



「__僕は、君のその言葉で十分だよ」



 その言葉にどれだけ救われたか、彼女はきっと知らない。でもそれでいい。知らずとも、自然とその言葉をくれる彼女が、エレクティオの救世主なのだから。

 エレクティオは微笑むとツユキの頭を撫でた。彼女はキョトンとした顔をしたが、撫でられると嬉しそうに目を細めた。



(聖女サマに尻尾が見える……)



 ミウがそう思ったのも無理はない。






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