王太子と呪いの調査
「あ、あの!エレクティオ様!」
「……」
ツユキがミウを褒め殺していた頃、エレクティオは王城の廊下で令嬢に絡まれていた。
エレクは騎士団の魔術師部隊に所属している。現在はその腕を買われ王太子アイルズの近衛を務めていた。
ツユキのこともありしばらく休暇をもらっていたが、彼女の容体もよくなってきたのでミウに任せて仕事に戻っていた。どこからかそれを聞きつけたのだろう、今日はメイドや令嬢にとにかく捕まりやすい。
「もしよろしければ、この後お茶でも」
「結構だ」
「く、クッキーを焼いてきましたの!一枚だけでも」
「結構だと言っている。要件がそれだけなら失礼させてもらう」
そう言ってエレクティオは令嬢の横をツカツカと横切った。後ろからわざとらしい泣き声が聞こえるが無視してその場を去る。
これ以上捕まりたくないので足早に目的地に向かう。到着と同時に扉をノックし、返事が来る前に中に逃げ込んだ。
「返事くらい待ったらどうだエレク」
「ダメだよアイルズ。その一瞬が命取りなんだから」
「……何と戦ってるんだか」
アイルズはため息を吐く。
婚約者がいない有望な伯爵家の当主。『氷の魔王』の異名をもつ国内最強の魔術師であり、なにより今は、誰もが目を引く美しい青色の髪にタンザナイトの瞳を持つ。
令嬢達に狙われて当然と言えば当然である。
かつては諸々の理由で嫌われていたものだが、なんとまあしっかり手のひらを返されたことだ。最近は嫌われていた方が楽だったと思うほどでもある。
「エレク、お疲れ様」
「ネリフェラ、来ていたんだね。これは逢瀬を邪魔しちゃったかな?」
「そう思うなら外に出て令嬢に襲われてこい」
「僕が悪かった許してくれ」
アイルズとのやりとりに苦笑いを浮かべる女性はネリフェラ=スローカム。スローカム侯爵家の長女でアイルズの婚約者、__そして聖女トパーズ=スローカムの姉でもある。
「ツユキのこと聞いたわ。……呪いのことも。エレク、彼女のことしっかり守ってあげて」
「もちろんだ。……念のために聞くけれど、ツユキ嬢がトパーズを殺した、とは思わないのかい?」
「ない。絶対にないと断言するわ」
エレクティオの問いにネリフェラは即答した。
「トパーズがよく連れてきてくれたから、ツユキのことはよく知っているつもりよ。あの子が人を殺すなんてありえない。わたくしはそう信じてる。
__それに、ツユキ如きにトパーズが遅れをとるはずがないわよ」
ネリフェラは自信を持ってそう言う。
スローカム侯爵家は代々強力な魔術師の家系である。中でもトパーズは強大な魔力とそれを使いこなすセンスを持ち合わせており、国内でも1位2位を争うほどの魔術師だ。なお、争っていた相手は目の前のエレクティオである。
魔法を詠唱しようものなら制御を乗っ取られ、剣も矢も常時展開状態の障壁によって弾かれる。並の魔術師以下であるツユキにどうこうできる存在ではないのは確かだった。
「トパーズの遺体は損傷が激しいとかで、返してもらうどころか見せてももらえなかったわ」
「私が呪いについて調べているからだ。教会は呪印の痕を見つけられては困るのだろう。だからと言って、葬儀までさせてもらえないとは思わなかったがな」
アイルズは血が滲むほど強く拳を握った。
しかしその怒りは、教会だけでなく自分にも向けられたものだった。
「呪いについて研究している身ながら、目の前で呪いに苦しむ者に気がつけなかったとは情けない限りだ。もっと早く手を打てれば助けられたかもしれないものを……」
「そんなこと言ったらわたくしだって!あれほど長い時間一緒にいて気づいてあげられなかった……姉として、スローカム侯爵家の者として、あの子には申し訳が立たないの……!」
ネリフェラもまた、己の至らなさを悔いる。
呪いの研究者として、聖女の姉として、助けてあげられたのではないかという自責の念は2人に大きな影を落としていた。
エレクティオはそんな2人の肩に、ポンと手を置いた。
「2人とも、自分を責める時間はないよ。今はツユキ嬢の呪いを解いてあげないと。そうしたら、トパーズ嬢に何があったのかもわかるはずだ」
慰めの言葉は、多分2人に必要ない。道を示せば、彼らは自ずと歩き出せる。
「……そうね。あの子の死の真相を知る手掛かりはツユキしかいないもの。それに、もう1人の妹まで失いたくはないわ」
「呪いには必ず解呪方法がある。呪いがあるとわかった以上、専門家として遅れをとるわけにはいかないからな」
「ありがとう、2人がいれば心強いよ」
その言葉で、2人にようやく笑顔が戻った。
「そうと決まれば。エレク、ネリー、これを」
アイルズはエレクティオとネリフェラに書類の束を渡した。
「これは?」
「呪いを調べる時間がほしい。手伝ってくれ」
「……ええ」
「……わかったよ」
ただの政務の書類だった。
__
書類仕事をしていると自然に部屋は静かになった。大量の文字を相手にする際に他の情報は邪魔でしかない。多少の質問や業務連絡は飛び交うがそれ以上は誰も口を開かない。
時計の鐘が聞こえてきて3人は始めてから早数時間経っていることに気がついた。「休憩にするか」とアイルズは書類の束を隅に追いやるとお茶と茶菓子の用意をお願いした。
「エレク、聖女ツユキの容態はどうだ?」
紅茶の香りを楽しんでいると、アイルズに尋ねられる。
「快方に向かっているよ。今日から車椅子での移動のお許しも出た」
「そうか、それはよかった。呪印に変化はないか?」
「ない、と思うけど……何かわかったのかい?」
「いや。ただ、少し気になることがあってな……これを見てくれ」
そう言うと、アイルズは今にも崩れそうな本を取り出した。
「また随分とボロボロな本ね」
「国を傾けるほどの呪いついてが記された禁書だ。200年ほど前から禁書庫にあるらしい」
「そんなものよく持ってきたわね……」
ネリフェラの笑顔が引き攣る。そんな婚約者を気にも留めずアイルズは本をめくり、1つの呪印を見せる。
「これは“死者使役”、アンデッドを生み出し使役する古代呪術の呪印だ。“憑依の祝印”の大元になった呪術だと書かれている」
「その記述があるなら、その本に“憑代の祝印”について記されているのでは?」
「そのページは朽ちていてなかった。いかんせん古い本だからな」
「役に立たない禁書ね」
「そう言うな。大元がわかるだけでもかなりの前進だ。呪印にベースがある場合、解呪方法はベース元に似ることが多い」
「なるほど、ね」
エレクティオはまじまじと呪印を眺める。こうしてみると見知った魔法陣と同じ陣形をしているところも多く、不謹慎ながら少し面白い。
それと同時に、エレクティオは疑問を覚える。
「ツユキ嬢のものと似ていないね。全く別の呪印に見えるけど」
そう、ベースというにはあまりにも似ていないのだ。
そもそもこの“死者使役”は土地にかける呪印であり、半径数キロにも及ぶ巨大なものである。いくら縮小できたとて、ツユキの小さな背中に描き切れるものではない。
「そう思うのも無理はない。だがこれを見ればわかるだろう」
アイルズは次のページをめくる。そこに描かれていたものを見てエレクティオは目を見開いた。
「これって……」




