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呪いの印は這い回る





「うーん……これは呪いの類だね」


 

 ツユキの背中に動く蔦模様の痣がある、そうミウがエレクティオを引っ張ってきたのがつい先ほど。エレクティオは“鑑定”などの魔法を使いその痣を調べていた。




 結局彼女の裸を見ているが異常事態である、仕方ないだろう。



「呪い……」

「魔法陣に近いけれど、ツユキ嬢の魔力を吸い上げて現在進行形で作用している。まず間違いないだろう」



 魔法陣は魔法を使う際に魔力で作り出す陣形であり、作った者以外の魔力は基本的に流れない。

 対して呪いは魔力で身体などに刻む印であり、かけられた者の魔力を勝手に使って作用する。大元を解除するか条件を満たし解呪しない限りは身体の中で作用し続ける。


 この動く蔦の痣はツユキの魔力を吸い作用し続けていることが確認できた。痛みなどはないようだが、うぞうぞと這い回る蔦の模様は側から見れば痛々しい。



「……これでよし、と。応急措置としてツユキ嬢の魔力が流れないようにしておいた」

「ありがとうございます、アキメネス様」

「どういたしまして。しかし……呪い、ね。ちょっと僕じゃ専門外だから、専門家の意見を仰いだ方が良さそうだ」



 「ちょっと行ってくる」とエレクティオは転移魔法の陣に消えていった。



「アキメネス様は呪いの専門家の方ともお知り合いなのですね」



 感心するツユキとは反対に、2人は遠い目をしていた。

 


「まあ……うん、そうっすね。多分聖女サマも絶対名前くらいは聞いたことある人だと思うっすよ」

「有名な方なのですか?」

「ええ、とっても。気軽にポンポンと呼びに行っていいお方ではないのは確かね……ま、会ってみたらわかるわよ」



 お茶を用意してくると言ってミウが部屋を出ていく。彼女が戻ってくる前に部屋の中に転移の魔法陣が現れ、エレクティオが一人の青年を連れて帰ってきた。



 ツユキは彼を見て驚く。同時に、2人の目が遠かったことにも納得した。



「お前だったか。呪印があるという娘は」




 その青年の名はアイルズ=ウェル=ハルヴェスト。

 このハルヴェスト王国の王太子である。



「お、王太子殿下におきましては、ご機嫌麗しゅ……」


「そういった挨拶は不要だ、楽にしろ聖女ツユキ」

「驚かせてすまないね。アイルズは王太子であると同時に呪術や毒の研究をしている研究者なんだ」

「そ、そうなのですか……」

「__私のことはどうでもいい。聖女ツユキ、呪印はどこに出た?見せてみろ」



 アイルズに急かされ背中の痣を見せる。



「ひゃう!?」


 背中を指でなぞられ、ツユキは声を上げる。アイルズはそんな声も気にせず痣をなぞり続けた。

 

「アイルズ。淑女の身体そう触りまくるんじゃない」

「淑女である以前に患者で貴重なサンプルだ。触診は必要だろう」



「……だそうだ。すまないツユキ嬢、しばらく我慢してくれ。これはこういうやつなんだ」

「そ、そんなぁ……ひんっ!あぅ……!」


 涙目でシランに訴えても彼女はごめんと口パクで言われてしまう。曲がりなりにも相手は王太子、一平民ではどうしようもないのだった。


 ミウがお茶を入れたワゴンを持ってきた頃には、ツユキはベッドに倒れ意気消沈していた。






 

「__ふむ、これはまた随分と古くさい呪印だ」



 ツユキに睨まれながらもアイルズは飄々と痣の解析結果を語る。



「おそらく神降しに使われる“憑代の祝印”だろう」

「憑代の、祝印……?呪いじゃないのかい?」

「神降しを正当化するための名だ。蓋を開ければただの呪いと何ら変わりはない」


 アイルズいわく、憑代の祝印はかつてアルレイエス教会左翼派が行った禁呪なのだという。女神レイエスの声を再び聞くためにと信徒の少女達につけられたものだったが、その危険性と非人道的な方法から禁忌となったそうだ。



「大半の娘は呪いの力に耐えきれずに絶命したらしい。印の刻まれる背中側が裂けるようにして死ぬという記述が残っている」



 アイルズの言葉を聞いたツユキの脳裏には姉聖女の姿が浮かんでいた。血の海に倒れた彼女は、背中に裂けたような大きな傷ができていた。




「……どうした?聖女ツユキ」

「……あの、実は__」


 ツユキはエレクティオとアイルズに全てを話した。


 

 姉聖女が目の前で突然血飛沫を上げ倒れたこと。

 彼女が最後の力を振り絞って自分を逃してくれたこと。


 逃げた先で崖から落ち、そこでエレクティオに拾われたこと。

 



 目覚めたら自分にトパーズ殺害の容疑がかけられ追われる身になっていたこと。




 トパーズの背中が大きく裂けてたことや彼女に治癒魔法が効かなかったことも含めて、思い出せる限りのあの時のことを話した。


 信じてもらえるかはわからない。でも話さなければ最愛の義姉の最期を知る人はいなくなる。

 __それは嫌だ。




「……そうか。トパーズは、呪いで死んだのか」



 そんなツユキの不安とは裏腹に、話を聞いていたアイルズは静かに納得したのだった。



「信じて、下さるのですか?」

「当たり前だ、お前のことはトパーズからうんざりするほど聞かされていたからな。嘘がつけない正直者とも」



 アイルズはツユキの頭に手を置く。




「トパーズの最期を教えてくれて感謝する」


 その言葉を聞いたツユキの目に涙が浮かぶ。



「でも、わたし、何もできなかった……」

「そんなことはないんじゃないかな?だって、こうして伝えてくれたじゃないか」

「そうだな。できるできないはその場のこととは限らん、過去を悔やむより今を喜べ。少なくとも、お前の言葉で聖女トパーズの死の真相がわかったのだからな」



 2人にそう言われ、ツユキはいよいよ泣き出してしまう。昨日の今日で心が弱っているのだろうか、今日の彼女は泣いてばかりだ。

 ツユキが泣き止むまで皆は静かに待っていた。







「__聖女ツユキの解呪方法については、こちらも文献がないか探してみよう」

「助かるよアイルズ。でも政務もあるんだから、ほどほどにね?」

「やはり政務もしないといけないか……」

「そりゃそうでしょうよ……」


 真顔で言うアイルズにエレクティオは頭を抱える。アイルズは普段は有能なのだが、何か研究を始めると他のことをしなくなる。


 ツユキの解呪に力を貸してくれることはありがたいのだが、それにかこつけて政務が止まってしまったらたまったものではない。



「……善処しよう」

「善処じゃなくてやろうね」

「わかったわかった。……そうだ、聖女ツユキ」

「は、はいっ!」



 突然名前を呼ばれツユキの肩が跳ねる。そんなこともお構いなしにアイルズは彼女の頭にポンと手を置いた。

 

「“治癒”」


 ツユキを淡い光が包む。すると、全身の痛みが少しひいた。

 シランが「わ、私の仕事が……」と呟いたのは気にしないことにする。



「……まぁこんなものだろう。多少これで治りは早くなるはずだ」

「何から何までありがとうございます、王太子殿下」

「アイルズでいいと言っているのだが…律儀な娘だ」

「僕もまだ名前で呼ばれていないからね。先にアイルズを名前呼びされたらちょっと嫉妬しちゃうな」

「男の嫉妬ほど醜いものはない」



「……あの、名前でお呼びした方がよろしいのでしょうか……?」

「そりゃあね、可愛い聖女様に名前を呼んでもらえたら嬉しいよ」

「か、かわ……っ!?」



 ツユキは赤面する。トパーズ以外、特に異性に可愛いと言われたことがなかったからだ。


 

「なんだ、散々トパーズに言われていたのではないのか?」

「い、言われてましたけどっ!お姉様以外に言われたことがないのです!!」

「そうか、ならこれから皆でいっぱい言ってあげよう」

「ふぇ!?」



 エレクティオにそう言われツユキはさらに狼狽えた。



「エレク、そのくらいにしてやれ。聖女ツユキを困らせるんじゃない」


 アイルズがため息と共にエレクティオを小突く。




「す、すいません……名前で呼ぶのは、もう少し待っていていただけますか?努力はいたしますので……」


 もじもじとしながらツユキが絞り出すように言う。人生のほぼ全てを教会で過ごし、俗世を離れ聖女として尽くしてきた彼女には異性を名前で呼ぶことは勇気がいる行為らしい。

 

「__わかった。気長に待たせてもらうから、無理はしなくていいよ」


 エレクティオは笑みをこぼす。その様子をアイルズは物珍しげに眺めていた。



「エレクもあのように笑えるのだな」

「殿下、あの人聖女サマ来てからずっとあんな感じっす」

「そうか。氷の魔王のあんな姿が見れて少し安心した」


 そう言ってアイルズはくつくつと笑った。

 

「アイルズ、どうかしたかい?」

「こちらの話だ、気にするな。エレク、私はそろそろお暇させてもらう。ミウ、エレクのこと見張っておいてくれ」

「お任せください、アイルズ殿下」

「ことによっては実力行使も許可しよう」

「やりぃ」

「……僕ってそんなに信用ない?」


 ぶつぶつと文句を言いながらエレクティオはアイルズを連れて転移した。



「聖女サマ、もしエレクサマが何かしてきたらすぐに言うんすよ。男は皆ケダモノなんすから」

「変なことを教えるんじゃない!」






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