女医と不遜なメイド
アルレイエス教
女神レイエスを主神とする、多くの国が国教に認める大宗教である。
かつて女神は聖女と呼ばれる使徒の女性達と共に魔王を討ち果たし世界を解放した。彼女が去った後も聖女達はこの地に残り、レイエスの代弁者として人々を導く存在となった。
女神レイエスの助力のもと、人々は魔王の手によって支配された地を拓き浄化した。そして世界に平穏が訪れ、それを見届けた女神はこの世界を去った。役目を終え女神の声が聞こえなくなった聖女達は一人の人としてこの地で生を謳歌したという。
聖女と人々はこれまで導いてくれた女神レイエスに感謝し、彼女のことを語り継いだ。そしてできたのがこのアルレイエス教だ。
__しかしそれも昔の話。
信者が増え、力をつけた教会にかつての敬虔さはなく、女神レイエスの名前を使って好き勝手をする陳腐な組織に成り果てていた。
聖女の選定のその一つだ。
そもそも聖女は生まれながらにして女神の使徒だったと言われている。選定する行為自体がおかしいのだが、教典の解釈を変えることでさも昔からあったかのように振る舞っている。実際は教会が多額の寄附金を目当てに貴族や商家の令嬢を聖女として祭り上げるための儀式でしかない。
だが、今代の聖女選定は少々様子が違った。慣例では一人だったはずの聖女が二人選ばれたのである。
しかもそのうち一人は貴族や商家との繋がりもない孤児院出身の少女。今まで選定されてきた聖女とは随分と毛色の違う存在だった。
その聖女こそ目の前で眠っているツユキである。
聖女ツユキが目を覚ましたので医師を呼び行ったが、その間に再び眠ってしまったらしい。
傷が痛むのか、それとも悲しい夢を見ているのか、彼女は涙を流しながら眠っている。打ち身に触れないよう細心の注意を払いつつ頭を撫でてやると少しだけその表情が和らいだ。
「__しかしまあ、随分と無防備なことで」
「昨日の今日で疲れが溜まっているのよ。寝かせてあげましょう」
女医のシランはそう言うと両手に淡い青の光を集める。
「“診断”」
ツユキの身体に光を当てて詠唱すると光でできた板が3枚現れる。その板にはツユキの外傷部位から血液状態まで、身体の状態が事細かに記されていた。
“診断”魔法。患者の容態を詳しく診る魔法である。
患者のどこをどのように治療するかを的確に判断することができるため確実な治療が行える他、治癒魔法の効率も段違いに良くなる。医師や治癒師にとって、必須となる魔法だ。
「診断魔法の三重詠唱はいつ見てもすごいものだね。流石シラン先生」
「褒めても何も出ないわよ」
診断魔法は板の枚数が多いほど患者の細かい容態を見ることができる。しかし複数枚出すには重ねて詠唱をする必要があり、使うには相当の技術と集中力を要する。
話をしながら多重詠唱をしているこのシランの腕は国内でもトップクラスなのである。
「__んで、あんたはいつまでここにいるっすか」
診断の様子を眺めているとメイド服を着た水色の髪の女性に睨まれる。
彼女はミウ。護衛兼侍女として眠っているツユキの世話をしてくれている。
「今から聖女サマのお身体拭くんですが」
「そ、それはすまない!」
そう言われて慌てて立ち上がる。
「へぇ、そんなに聖女サマの裸を見たいんすか?とんだ変態ですね」
睨んでいた顔が一変、ミウはニヤニヤとしながら小突いてきた。
「ち、ちが……!そんなつもりじゃなかったんだ!」
「へぇ?ふぅん?」
「とりあえず失礼するよ!」
「あ、逃げるんすか!?」
「……逃げる!シラン先生、診断結果は後でお願いします!」
とても楽しそうなミウを尻目に、転移魔法で部屋から飛び出る。扉を使うという考えは頭からすっかり抜け落ちていた。
「すげー才能の無駄遣い」
「ミウ、エレク様を揶揄うんじゃないの」
「へいへい」
転移魔法は構築が難しく、国内きっての大魔導師でも発動に数分かかる。そんな転移魔法を数秒もかからず使用できる才を持ちながら、それを照れ隠しに使うような傑物は後にも先にも彼だけだろう。
「初心な主人を持つと、楽しいっすねぇ」
「こら」
__
女性2人の声が聞こえ、ツユキはぼんやりと目を覚ます。
「お、起きた。おはようございます、聖女サマ」
「おはようございます……え、と、あなた方は……?」
「ウチはミウ、エレク様の命で聖女サマの身の回りの世話をさせてもらってるただのメイドっす」
「よろしくお願いするっす」と水色の短い髪をした女性はにこりと微笑む。ただの侍女とは思えぬほどの美貌だが、特徴的な話し方とのギャップがすごい。
「こっちはシラン。ただの医者っす」
「あなた説明が雑すぎるわよ……私はシラン、この家の専属医師をしているわ。よろしくね」
白衣の女性が手を差し出す。おずおずと手を伸ばすと彼女は傷に触れないよう両手で優しく包み込んでくれた。
「お二方とも、よろしくお願いします。アルレイエス教会の聖女が一人、ツユキと申します。このような形での挨拶となり大変申し訳ございません」
「怪我人だし仕方ないわ。それに、私達相手にそんなに畏まらなくてもいいわよ」
「そうっすよ。肩の力抜いて楽に話してほしいっす」
「……わかりました、努力します」
「頑張ることじゃないわよ……」
意気込むツユキに2人は呆れる。この聖女は力を抜くのが苦手なようだ。
ツユキはシランの診察を受けながらミウに身体を拭いてもらう。聖女とはいえ身の回りのことは自分でやることが多かったツユキは誰かにやってもらうというのがどうにもむず痒かった。
「身体は“清潔化”を使えばいいのですから、ミウさんのお手を煩わせる必要は……」
「ウチから仕事をとらないで!」
「ご、ごめんなさい…!」
とっさに謝るツユキの頭をミウはわしゃわしゃに撫で回す。乱れていた髪が余計に乱れた。
「ナハハ、冗談っすよ。ウチとしては楽できるんで是非ともやってほし…あだっ」
「客人利用して仕事放棄しない」
隙あらばサボろうとするミウにシランが鉄槌を下す。ミウは「暴力おばさんだー」とシランに文句を言い間髪を入れずに2発目をもらっていた。
「聖女様、このバカの話に素直に頷いちゃダメよ。魔法を使うことは思っている以上に体力が必要な行為なの。今のあなただと“清潔化”すら大変だと思うわ。素直に拭いてもらいなさい。というか拭かせなさい」
「わ、わかりました」
「もちろん治癒系統の魔法もダメよ。“清潔化”と比べものにならないくらい身体に負担がかかるわ。“治癒”で傷口を開くなんてことは本末転倒だからね」
「えっ……」
「あ、言っておいてよかったわ」
治癒魔法を使う気満々だったツユキは停止する。事を起こす前に止められたことにシランは安堵した。
「聖女サマ、起き上がることってできるっすか?背中の方も拭かせていただきたいんで」
「……あ、はい!」
「痛むところがあったら無理しないでね」
停止していたツユキはミウの言葉で再起動する。激痛とまではいかないが全身がチリチリと痛むため、彼女はゆっくりと起き上がった。
2人を待たせたことに少し罪悪感を覚えつつも、ツユキは寝巻きを脱ぎミウに背中を見せた。
「うわっ……!な、なんすか、これ……」
ツユキの背中を見たミウは思わず声を上げる。
つられて見たシランは、その禍々しさに絶句した。
「?」
2人の様子に疑問符を浮かべるツユキ。
__その背中にはうぞうぞと動く黒い蔦のような痣が、びっしりと広がっていた。




