そして、聖女は
「わたし、どれくらい眠ってました?」
「1ヶ月」
「いっ……!?それは……心配をおかけしました」
目覚めたツユキは、ベッドの上でことの顛末を聞いた。
まず、全員無事だった。あの時にレイエスが全て治してしまったらしい。
聖堂騎士団によって半壊した屋敷も元通りになり、エレクティオたちはツユキが眠っている以外はすでにいつも通りの生活ができていた。
また、国王達の洗脳も解け、エレクティオの疑いも晴れた。
だが洗脳中に承認されてしまったものがいくつかあることがわかり、王宮はてんやわんやになっているらしい。アイルズとネリフェラも駆り出されているのだとか。
教皇コランと枢機卿ローラムはその地位を剥奪され、投獄された。大勢の聖女を殺した罪に加え、王族を洗脳したことによる反逆罪などもあり、死刑は免れないだろう。
だが、全ての夢が潰えたローラムは廃人同然になってしまい、証言も難しい状態らしい。幸いコランは素直に証言しているので、この事件の解決も時間の問題だろう。
アルレイエス教の新しい教皇にはなんとカルミアが選ばれた。教皇と枢機卿の計画を止めた功労者であり、あの時唯一レイエス本人に会った人物であったために、教会の上層部から指名されたらしい。
だが、カルミアは教皇になってすぐにアルレイエス教の歴史も秘密も公表した。レイエスは女神ではなく一人の女性だったこと、聖女という少女たちは作られた存在であること、それら全てを白日の下に晒した。
「レイエスという女神はいなかった。だが、彼女は確かにこの世界に生き、この世界をより良きものにしようと尽くした。それを我々は捻じ曲げ、利用し、聖女という多くの犠牲者を作り出してしまった。
その罪を背負い、私はその全てを語り継いでいきたいと思う。
信じるか信じないかは君たちに委ねる。それでも信じることを選んだ者は、共に祈り続けてほしい」
新教皇のカルミアの演説は、新聞社がこぞって取り上げたために瞬く間に広まった。
命を落とした聖女たちは丁重に弔われ、二度とこんな悲劇が起きないよう聖女という地位も廃止されることとなった。
国教として国の政治に食い込み甘い汁を飲んでいた上層部はほとんどが除籍され、純粋に“女神”を信仰していた者の多くは教会を後にした。
今までのような大規模ではないが、カルミアを始めとして“レイエス”を信じる者は一定数残ったようだ。今までより小さくもはるかに清廉に、アルレイエス教はこれからも続いていくだろう。
「そして、君が目を覚ましてくれた。これで万事解決かな」
「わたしが最後になっちゃいましたか」
ツユキは窓の外を見る。そこには、いつもと変わらない景色が広がっていた。
「__全部、終わったのですね」
「__ああ」
「動けるようになったら、いよいよ皆様とはお別れですね……」
「え」
突然のツユキの一言に、エレクティオがピシリと固まる。
「それはどういう……」
「よく考えたら、わたしはここの客人じゃないですか。怪我が治ってものうのうと居座るなんて真似、できませんよ」
「でも、ここから出てどこに行くつもりだい?」
「どこって、アルレイエス教会ですよ。聖女ではなくなりましたから、またシスターとして再出発です」
がんばるぞ、と気合いを入れるツユキ。
「……あー、それは難しいと思うよ。だって君、教会から除籍されてるから」
その一言に、今度はツユキはピシリと固まる。
「じょ…じょせき……?」
「君が教会に残ったら、再び祭り上げられる可能性があるからね。カルミアがあらかじめ籍を抜いてくれたんだ」
教皇となったカルミアによって上層部は一新されたものの、かつてのアルレイエス教を望むものを完全に排除することはできなかった。そのような者たちからすれば、レイエスを憑依させた張本人であるツユキは祭り上げるには丁度いい人物なのである。
教会の分裂を防ぐため、何よりツユキを守るため、聖女の廃止と共に彼女は除籍されていた。聖女とはいえかなりの不遇を受け、あまりいい思い出のない教会に戻りたいとは言わないと思っての処置でもあったのだが、まさか戻ることを前提にしていたとは。
「どうしましょう!このままじゃわたし住むところも働くところもありません!!」
「ずっとここにいればいいじゃないか。みんな喜んでくれるよ」
「それは、そうかもですが……お仕事もせずにずっとというのは悪いですよ」
ああああと呻き声をあげながら頭を抱え悩むツユキ。
本当に真面目な子である。
そしてエレクティオも頭の中で呻き声をあげ悩んでいた。
このままではツユキがここから去ってしまう。まだあの時の約束も果たしていないのに。自分の思いも伝えていないのに。
「……だったら、ここでできる仕事を1つ、紹介しよう」
「お仕事、ですか……?」
悩みに悩んだ末、エレクティオはツユキにある提案を持ちかけた。
本当はもっと別の形で伝えたかったのだが、ツユキを引き止めるためだ。仕方ない。
「僕の……婚約者にならないかい?」
__ツユキからの返事がない。エレクティオの頬を汗が伝う。
数秒間の沈黙が異様に長く感じたその時
「こ……ここここ、こんやく!!?」
ツユキの声が屋敷中に響き渡った。
「え、こんやくってあの婚約ですよね!?芋から作るプルプルのあれじゃないですよね!!?」
「それはこんにゃくだよ!!一回落ち着こうか!!」
プチパニックになってしまったツユキをなんとか宥める事態になった。
「……落ち着いた?」
「…………はい……お見苦しいところをお見せしました……」
数分かけてなんとか落ち着きを取り戻したツユキは、己の痴態に今度は顔を真っ赤にしていた。
「ごめんね。こんなタイミングで言っちゃって」
「ほんとですよ。最悪のプロポーズです」
「本当にごめん」
ぷぅと頬を膨らませたツユキに平謝りをするエレクティオ。
婚約者など、勢いで提案するものではない。悩みに悩んだ末にこれしか出なかった数分前の自分を、エレクはぶん殴りたい気持ちでいっぱいだった。
これでは断られてしまっても仕方がない。
だが、ツユキの答えはすでに決まっていた。
「……その仕事、引き受けます」
「……へっ?」
ぽつりと言われたそれに、エレクティオは顔を上げる。
そこには、顔を赤くしながらも、決意した瞳を向けるツユキの姿があった。
「なりますよ、婚約者。
__これからも末永く、この屋敷のお世話にならせてください」
ツユキは微笑みながら手を差し出す。
「……ありがとう。こんな僕だけど、よろしくお願いします」
嬉しさのあまり泣きそうになるのをグッと堪え、エレクティオはその手をとる。
こうして、聖女だった少女は幸せな未来に向けて、歩みを始めた。
「__でも、このプロポーズのことはずっと文句を言い続けますからね!」
「それは……うん、お手柔らかに頼むよ……」
ツユキの返事は、とてもいい笑顔だった。




