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破壊と代償




 ローラムの魔力の源になっている魔法石。


 歴代の聖女達の血を使い膨大な魔力を持ったそれは、魔法石を無効化する“水滴世界”すら効かなかった。

 エレクティオはそれを破壊しようというのだ。



「できるものでしょうか……?」



 ツユキが疑問に思うのも無理はない。魔力は濃度が高まると空間にも影響を及ぼし、物理的な攻撃にも魔法にも抵抗性を持つ。

 目の前の魔法石は景色が歪むほどの魔力濃度だ。真っ当な攻撃が効くとは思えない。

 



 しかしエレクティオには一つだけ打ち勝つ可能性を持っていた。



「“対魔氷刃”を使う。半分は賭けだけれど、試してみる価値はあるはずだ」



「……“対魔、氷刃”?」

「あっ」



 ツユキの頭に疑問符が浮かぶ。そうだった、彼女の前で“対魔氷刃”を使ったことはなかった。正確にはつい先ほど使ったが、彼女は気絶状態で見ていない。

 どう説明すべきかと思っていると、隣から小さく笑う声が聞こえてきた。



「……わかりました。鉄の魔法はわたしにお任せください」

「いいのかい?」

「残念ながらわたしには打つ手がありませんから。お願いします」



 ツユキは水魔法を広げて鉄の柱を全て引き受けた。

 その様子に、エレクティオもまた小さく笑っていた。




「そこまで信用されたら、応えないわけにはいかないね」



 エレクティオはローラムめがけて走り出す。



「“氷床”、“氷刃”、」

「“水球”!それに“水球”と“水球”に“水球”!!」



 床を凍らせスケートの要領で滑っていくエレクティオを大量の水の球が囲む。水は鉄を飲み込み、溶かすだけでなく分裂しローラムをめがけて襲いかかる。




「小癪な…!」

「“水球、破裂”!」



 鉄の柱の隙間を縫ってローラムの目の前に現れた水の球が一斉に弾ける。水飛沫が飛び散り、思わず目を覆う。目を開けた瞬間、目の前には魔王の影があった。



「死なないで、ねっ!!」


 力一杯の回し蹴り。それは腹にめり込み、ローラムの体をくの字に曲げる。


「ぐは……っ!」



 ローラムの手から魔法石が離れる。魔力の供給が止まり2人に迫る鉄柱が地面に落ちた。



「“対魔氷刃”ッ!!」


 すぐさま魔法石に向けて生成した氷の短剣を振り下ろす。

 バチバチバチッ!と魔力同士がスパークした。高温の稲妻がエレクティオの腕を焼くが、そんなことは知ったことではない。



「届けぇっ!!!」

 

 痛みなど構わず、氷刃を握る手に力を強くする。


 




 パキッ

 


 魔法石にヒビが入った。

 その瞬間悲鳴のような音と共に溢れ出た魔力を氷刃が吸い取り、その刃を強靭にしていく。

 




 パキパキ



 

 魔法石は少しずつ、






 パキパキ、バキッ

 

 


 されど確実にヒビを大きくし、









 パキンッ






 小さな音と共についにその形を手放した。




「や……った……?」


 その言葉が漏れた、次の瞬間だった。








 キィイイイイイイィィイイイィイイイイイイイィイイイイイイッッ!!




 ガラスを引っ掻くような甲高い音が遺跡全体を震わせた。エレクティオの視界が酩酊したかのようにゆがむ。



「ッエレク様!!」



 耳が壊れそうな音の中、ツユキの叫ぶ声が聞こえる。

 それもそうだ。だって、今のエレクティオは体半分が氷に呑まれているのだから。


 

 手に持つ“対魔氷刃”の制御がついに効かなくなった。





 何人もの聖女の強い魔力が一気に放出したのだ、こうなる可能性は考えていた。


 今やるべきことはただ一つ。




 


 


「……すまない、ツユキ」


 必死にこちらにかけてくるツユキにそう呟く。聞こえていないだろうが、それでも構わない。



 

「__“氷結解除”」



 自分諸共、この魔法を解き放つ。氷の刃が、エレクティオの右半身ごと粉々に砕け散った。





「嫌ああああああああああああっ!!」


 ツユキの叫ぶ声を聞きながら、エレクティオの思考は闇に沈んでいった。




 __





「エレク!ツユキ!」



 ローラムの鉄柱の魔法が消え、半壊した遺跡の中に駆け込んだアイルズ達が見たのは、右半身が消し飛んだエレクティオと、彼の命を繋ぐべく必死に回復魔法をかけるツユキの姿だった。



「治って…おねがい、治ってよぉ…!!」



 大粒の涙をボロボロと落としながら、ツユキはエレクティオの抉れた身体に魔法をかけ続ける。

 光の糸が編まれ、失った姿を形作る。しかしそれは、実体を形成することもなく消えていった。




「どうして……」



 弱々しく輝く魔法の光を、項垂れたツユキから流れた髪が覆う。

 呼吸の浅くなったエレクティオから魔色が抜け落ち、その髪は冷たい青色に変わっていく。




 わかっている。自分の力が強くないことは。



 でもせめて、彼を癒すことは、命を繋ぐことだけはできるはずだ!このくらいできなくて何が聖女か!!




 ツユキは魔法制御を捨ててありったけの魔力を注ぎ込む。



 魔法の糸が編まれ、消える前にまた編まれ、編まれ、編まれ、編まれ、編まれ……




 ありったけの魔力を魔法の糸に変える。滝のような汗が地面を濡らす。頭が痛い、吐き気がしてきた。それでも彼女は魔法の手を止めなかった。


 


「消えないで!……エレク様を、エレクを!!治しなさい!!」



 その時、魔力の糸が突如として強く輝き始める。彼女の叫びに呼応したかのようなそれはみるみるうちにエレクティオに編まれていった。

 


 魔法の糸がついにエレクティオの身体を形作り、眩い光を放つ。その光が収まった時には、エレクティオの身体は元通りになっていた。






「う……僕は……?」



 エレクティオが目を覚ます。



「エレク!!」

「アイルズ、それにみんなも…そうか、終わったんだね」




 しっかりと受け答えをする彼の様子にツユキは治癒に成功したことを強く実感した。




「エレク様…」

「ツユキ……君が、治してくれたんだね。ありがとう」



「もうあんな無茶、しないでくださいよ…!」


「わかってる、二度としないよ。次にやったら、君が後を追ってきそうだからね」



「その通りです。絶対追いかけます」





 ツユキはズイとエレクティオに顔を寄せる。2人はしばらく目を合わせ、どちらともなく破顔した。


 

「本当に…よかった……」


 安堵と共に魔力を使い切った代償がツユキに襲いかかる。突然倒れた彼女は、皆が自分の名前を呼ぶ声を聞きながら意識を手放した。







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