幸せになるって
「……おはようございます、エレク様……って、酷い怪我じゃないですか!?」
涙目でこちらを見るエレクティオに、ツユキは呑気に挨拶をする。が、ボロボロのエレクティオを見て悲鳴をあげる。
「ツユキ嬢、よかった……戻ってきてくれて」
「そんなこと言ってる場合ではないですよ!“治癒”!!」
ツユキはすぐにエレクティオの傷を癒す。優しい光に包み込まれ、傷も痛みもその全てが取り除かれた。
「ありがとう、もう大丈夫だよ」
「大事なくてよかったです……あの、そろそろ離していただけますか?」
「さっき君の身体にいたレイエス嬢に“ツユキちゃんのこと手放しちゃダメ”と言われた」
「わ、わたしがいない間に何が!?というか、それは物理的な意味ではないかと!!」
ツユキに突っ込まれ、エレクティオは渋々彼女を離す。
地に足を置いたツユキはすんなり立てることに目を丸くする。軽く跳躍してみるが痛みは全く感じない。
どうもこの体に入っていた存在が治してくれたようだ。しかもリハビリ不要なほどの筋力回復まで。なんともチートな回復をしてもらったようだがこの状況ではとてもありがたい。
「何があったか詳しく伺いたいところですが……てやっ」
ツユキは水の壁を作り出し迫り来る無数の鉄の槍を包み込む。水に入るや否や鉄は錆びてボロボロと崩れ落ちた。
「すごい……」
これにはエレクティオも驚く。
本来の水魔法にこのような芸当はできない。おそらくは先ほどまでツユキの体にいたレイエスの力の残滓なのだろうが、それでもこの威力だ。全盛期のレイエスはどれほどのものだったのだろうかとエレクティオは戦慄した。
(なんだか、わたしの水魔法が強い……)
何も知らないツユキは、ただただ魔法が強くなっていることにビックリしていた。
全ての槍を消し去ると、ツユキは魔法の使用者と向き合う。
「ローラム様……」
「ああ……聖女ツユキ、貴女は女神レイエス様の降臨のために必要な存在です。今すぐその男の手から離れ、私の下に戻りなさい」
ローラムは恍惚とした表情でツユキに手を伸ばす。それに合わせてに鉄の蔦が手のようにツユキに差し出される。
ツユキは鉄の蔦に近づき、手を添える。そうだ、それでいい。ローラムが笑みを深くしたその時。
「お断りいたします」
「なっ!?」
鉄の手はボロボロと錆落ちる。ツユキは手から水の膜を広げ、鉄を侵食していた。
「何故ですか!?女神降臨という栄誉を、今の貴女なら得ることができるかもしれないのに!!」
子供のように騒ぎ立てるローラムに、ツユキは首を振った。
「わたし、トパーズお姉様に会ってきました」
「……は?」
ツユキの思いがけない一言にローラムが止まる。エレクティオも思わず彼女に視線を向けた。
「約束したんです、幸せになるって。聖女ツユキではなく、ただのツユキとしての幸福を、お姉様に自慢するって。
__わたしは、わたしのための人生を歩みます。もう女神のための器には、なりません」
ツユキは静かに、されど力強くローラムを拒絶した。そのまっすぐな瞳に、ローラムは苛立ちが抑えられなかった。
「どいつもこいつも自分勝手な……っ!」
頭をガリガリと掻きむしり、ローラムは鋭い視線を向けてくる。その瞬間、ツユキの足元から鉄の蔦が飛び出し、手足を縛る。
「きゃあっ!?」
「もういい、孤児である貴女の替えなどいくらでも効く。貴女も血を抜き魔石にしてあげましょう!!」
鋭く尖った蔦の先が至近距離でツユキの心臓を狙う。
「させないよ!“氷結解除”!」
その時、ツユキの目の前に魔法陣が現れる。蔦は凍り、バラバラと砕け散った。
「エレク様!」
「魔法が強くなっているからと言って、対策もなしに前に出ちゃいけないよ」
「う……すいません」
解放されたツユキとそれをエスコートするエレクティオはローラムを見据える。
「自分勝手なのはローラム卿、君の方じゃないかな。教会のためと周りを巻き込んで、大勢の聖女を犠牲にして、僕らやアイルズ達を傷つけ、ツユキを呪って……それで呼び出した女神が自分の思い通りにならなかったからやり直しだなんて、傲慢すぎないかい?」
「……黙れっ!!魔王風情がアルレイエス教を語るな!!」
「それが傲慢なんだけどな……」
やれやれとエレクティオはため息を吐く。理想の女神の降臨に固執する目の前の男を説得することはもうできそうにない。
「貴様らは許しません、この愚か者共に裁きを!!」
ローラムが赤黒い石を掲げる。鈍い光が彼を包み込み、周りの景色が歪むほどに強い魔力を放ち始めた。
その石にツユキは目を奪われる。その石の魔力はどこか知っている気がしたのだ。
「あれは……」
「聖女達の血でできた魔法石だ。彼は呪印に耐えられなかった聖女達を魔法石にして使っていたらしい」
「……ッ!なるほど、どおりで少しだけ懐かしく感じるのですね」
エレクティオの言葉を聞いたツユキは驚き納得する。
そして同時に、何も知らない聖女達に呪印を刻んで未来を奪っただけでなく、その遺骸すらも弄ぶローラムに怒りを覚えた。
「……エレク様、わたしあの人を許せそうにないです」
「奇遇だね、僕もだよ__じゃあ、僕ら2人であの男に引導を渡してやろうか」
「ええ。聖女という犠牲も、わたしで終わりです」
ツユキとエレクティオは並び立ってローラムに向けて魔法を構える。
「終わるのは貴様らの方だ!!」
ローラムは怒りに任せて鉄の柱を飛ばしてくる。その単調な攻撃は容易に対処ができるが、いかんせんその数が多すぎる。このままではジリ貧だ。
「魔法石を無力化しないと、勝ち目はなさそうだね」
「わたしがやってみます、“水滴世界”」
ツユキの手から霧が生じあたりを満たす。しかし、水滴が魔力をいくら奪えど魔石の魔力は尽きない。
「その程度の魔法、この石には効きませんよ!」
水滴が消えていく様子を見てローラムは笑う。魔道具や魔法石の魔力を奪う魔法である“水滴世界”、あの石はそれが吸収できる魔力量をはるかに超えていた。何度もけしかければいずれ全て奪い取れるだろうが、そんな悠長なことを目の前の男が許してくれるはずもない。
かくなる上は__
「破壊しようか」




