また会いましょう
自分以外何もない白い空間に、彼女は1人立っていた。
(わたしは…どうなったのでしょう?)
ふらふらと辺りを歩いてみる。
(そういえば、怪我をして車椅子に乗っていたような…)
ふと思い出し、足を見てみたが怪我はない。軽く跳躍してみたが痛みもない。よく分からないが今はちょうどいいと、彼女は歩き回った。
「誰か、いませんか?」
そう叫んでも返事は返ってこない。
「シランさーん!オーゼリーさーん!ロバータさーん!ネリフェラお姉様ー!アイルズ殿下ー!」
心細くなってきて、手当たり次第に名前を呼ぶ。出てくるのはあの人に助けられた後に出会った人ばかりで。
「ミウさーん!!」
またどうしようもなく会いたくなって。
「……エレク様ぁ」
その場にしゃがみ込み、とうとう泣き出してしまった。
このまま会えなかったらどうしよう。もっとみんなと過ごしたかった。もっと恩返しがしたかった。
まだ話したいことがいっぱいあったのに。
まだちゃんと言葉にできてないのに。
「ツユキ」
その時、懐かしい声が聞こえる。
振り向くと、そこには会いたくても会えなくなった大事な人がいた。
「トパーズお姉様!」
ツユキはトパーズに抱きつく。トパーズはそれを受け止めると、彼女の頭を優しく撫でた。
「久しぶりね、ツユキ」
「お姉様…お姉様ぁ……」
「ふふ。甘えんぼなのは治らないのね」
トパーズの胸にぐりぐりと頭を押し付けるツユキを、彼女は笑って撫で続けた。
「トパーズお姉様、ここは天国なのでしょうか?」
しばらくして、落ち着きを取り戻したツユキはトパーズに尋ねる。自分を逃し亡くなったトパーズがいるのだ、自身が天に召されたのだとしても不思議ではない。
「そうねぇ……ここはあの世とこの世の狭間、というのが正しいのかしら。ちょうどツユキの後ろ側が現世で、私の後ろが常世ね」
トパーズが指を指した方向を見ても、白い空間が続いているだけである。
「……どっちも同じに見えます」
「私にも同じに見えるわ。でもそうなんだって感じるの」
「感じる……うーん……」
ツユキは手を伸ばしたり念じてみたり、アンテナのように頭に指を立てたり、ベントラと叫んだりと色々試してみる。しかし、トパーズが笑いを堪えていること以外は何も分からなかった。
「いっそ笑ってください」
「義妹が頑張っているのに笑うのはかわいそうよ…ふふ」
「お姉様?」
「……ごめんなさい、ちょっとはしゃぎすぎたわね」
謝りながら頭を撫でてやるとツユキの機嫌はすぐに戻る。ちょろいなどとは思ってはいけない。
「それで、何か感じたの?」
「……感じません」
「いいのよそれで。むしろ感じてしまったら貴女天に召されるわよ」
そう言われツユキは思い知らされる。
目の前の義姉はもう、この世にはいないのだと。
「っお姉様といれるならわたしはそれでも……」
「ダメよ」
ツユキが言わんとしたことはトパーズにピシャリと止められた。
「ツユキ、貴女にはまだ帰る場所があるのよ。それに、待っている人だっている。__会いたいんでしょ?エレクティオに」
そう言われはっとする。そうだ、まだ皆にお礼も言えていない。恩返しもできていない。
エレクティオに思いを伝えていない。
「……会いたい、です」
ゴニョゴニョと小さな声で答えるツユキにトパーズは優しく諭す。
「だったら、私のところに来てはダメ。貴女は戻るべきよ」
「でも……」
「そういう優柔不断なところも、変わってないわねぇ」
悩み始めるツユキを見て、トパーズは頭を抱える。
しかし同時に、そんな変わらない彼女を微笑ましくも思い、トパーズはクスリと笑った。
「だったら、私からの最後の“お願い”にしようかな」
「お姉様……?」
「ツユキ、戻って幸せになりなさい。もちろん、聖女としてではなく、1人の女の子として」
ツユキの肩をポンと叩き、トパーズはそんな当たり前のような、途方もないような願いを口にする。
ツユキが目を丸くするのは想像に難くなかった。
「……そりゃあ、もうツユキと一緒にいれないのは私だって悲しいわよ。でも、私を選んだせいでツユキが幸せになれないのはもっと悲しい。だから、目一杯幸せになって、天寿を全うして、また私に会いに来なさい」
「お姉様……」
「思い出話、楽しみにしてるわよ」
トパーズが笑う。
いつもトパーズの“お願い”には敵わない。
(……いいえ、違う)
もうツユキの心はとっくに決まっていたのだ。なのにトパーズに会えて、その温もりに触れて、気持ちが揺らいでしまった。生きることを捨て、着いて行きたいと言ってしまった。
その結果はどうだ、彼女を困らせ、“お願い”を使わせてしまったではないか。
(……なさけないですね、わたしは)
込み上げてくる涙を袖で拭い、ツユキは覚悟を決めた。
「……ありがとうございます。わたし、戻ります。戻って、お姉様が羨むくらい幸せになります!」
ツユキはビシッと姉を指差し、そう強く宣言する。
「ええ、その意気よ」
意気込む妹に、姉はサムズアップで返す。
しばらく顔を見合わせ、2人は笑い合った。
「さ、そうと決まれば早くいかないと。ここに長居したら戻れなくなるわよ。貴女も私も」
「ええ!?そういうの早く言ってください!!」
「ごめんごめん、忘れてたわ」
「……もぅ、最後の最後までてきとうなんだから」
そうは言っているが、姉らしい様子にツユキは満更でもなかった。
「トパーズお姉様。貴女に会えて、本当に良かった」
「……私もよ、ツユキ」
2人はぎゅっと抱き合う。いつまでもこの時間が続けばいいと思うが、それは許されない。
ツユキは姉の温もりから離れる。しかし、目にいっぱいの涙を浮かべる姉に再び強く抱きしめられた。
「ごめん……最後だから……」
離れたトパーズはツユキを現世の方に向け、その背中を押した。
トパーズだって寂しいに決まっている。ツユキを困らせないために明るく振る舞っていたが、最後なのだと思うとどうしても込み上げてくるものがあった。
それはツユキとて同じことだ。
だからこそ、ツユキは振り返りそう言ったのだ。
「さようならは言いません!また会いましょう!」
ツユキは精一杯の笑顔を見せ、走り出す。一歩踏み出せば、目の前に光に満ちたトンネルのようなものが見えた。そこを潜れば戻れることは、なんとなくわかった。
「……いいわね、それ!また会いましょう!」
背後からトパーズの明るい声が聞こえる。見えはしないが、きっと彼女も笑ってくれているはずだ。
光の方へ走るツユキは一度だけ立ち止まり振り返る。そして、トパーズに大きく手を振り、最愛の姉の姿を目に焼き付け、再び駆け出した。
その光に呑まれるまで、涙が止まることはなかった。
__
「行っちゃったわね…」
「ちゃんとお別れはできましたか?」
消えた光を眺めていると、隣に淡い金色の髪をした女性が並んだ。その面立ちは少しツユキに似ている。
「また会いましょうって言われちゃいました」
参ったと言わんばかりにトパーズは笑う。その笑い声は次第に小さくなり、涙声に変わっていった。
「……また、会えますかね……」
「きっと、また会えますよ。だって、今だってあの子に会えていたじゃないですか」
「……確かに。それもそうですね」
そう言われるとそうだ。本当は二度とツユキに会えないはずだった。なのに会えたのだ。
また会うことも、きっとできるかもしれない。
「__そろそろ、私達も行きましょうか」
「はい」
トパーズは頷き、女性と共にツユキとは逆の方向へ歩き出す。光へと入る直前、ふとトパーズは振り返る。
「……また会いましょう。ツユキ……私の、大切な妹」
その言葉もまた、光と共に消えた。




