魔王とレイエス(後編)
レイエスはものすごくスムーズにヴェスト王国の女王になった。
そもそも魔王は常に仮面を被っており、その中を知っているのはごく僅かだ。中の人が変わったところでさほど問題ではない。
また、彼女が逃した元ローゼマリーの民の中には王城に勤めている者もおり、彼らがレイエスを推してくれたことも大きかった。
アルヴァルトは名実共に補佐官に落ち着いた。
レイエスは己の計画を皆に伝えた。反対されるかと思いきや、賛同してくれる人が多かった。
「言い出した私が言うのもなんですが、みんな私を信用しすぎでは……?」
「そもそも、ローゼマリー皇国はこの国でも問題視されていたからね。和平も蹴られているし、遅かれ早かれ戦にはなることは確実だったから、勝算のある君の提案は渡りに船だったんだよ」
「……我が国が大変申し訳ございません」
「今の君の国はここだよ。王なんだから、もっと堂々としていないと」
「繋ぎの、でしょう?仮面つけたらちゃんとしますから」
魔王とは、元々繋ぎの王だ。
クーデターによって金と権力に固執した先代のヴェスト国王の直系を滅ぼしたはいいものの、後に据えられる王族がいないという問題があった。
元々このクーデター後に国王になるのは唯一某系ながらヴェスト王家の血筋を持つ侯爵家の当主だった。しかし、国王は彼を道連れに自害。跡継ぎであるハルト侯爵令息はまだ小さく、王に立てることができなかった。
そこでハルト侯爵令息が王となる年齢になるまで空いた王の席を埋めるのが魔王という存在だった。
ハルト侯爵令息が王になれるまであと5年。レイエスはこの期間の魔王を務めることになる。
「それでは、作戦の準備と参りましょうか」
__
レイエスが帰国をするはずの日、『ローゼマリー皇国の皇女が国王の暗殺未遂に加担していた』として、ヴェスト王国は皇国に賠償を求めた。
しかし皇国はこれを拒否、謂れのない罪を着せてきたとしてヴェスト王国に宣戦布告した。
皇帝としてはこれも想定内のことである。レイエスは捨て駒、魔王の暗殺に成功しようがしまいが構わなかった。大国といえど、ヴェスト王国の国力はローゼマリー皇国よりも下。それに、地の利は皇国側にある。負けるはずなどない。
「と、意気揚々と準備してきたのでしょうねー」
敵陣をのんびり眺め、魔王ことレイエスは呟く。
ローゼマリーの兵は5万、対してこちらは7千人と少し、圧倒的に不利である。
側から見たら絶望的な状況に少々尻込みする者もいたが、レイエスが喝を入れる。
「皆恐るな!……大丈夫、何の問題もありませんよ。すでに勝負はついているのですから」
そう言って微笑むレイエスに銅鑼の音が聞こえた。どうやら、戦いの火蓋が切られたようだ。
迫り来るローゼマリーの兵。一見すると絶対絶命の状況で、レイエスは笑顔で彼らに手を向けた。
すると、すぐさまローゼマリーの陣営から悲鳴があがる。陣営近くの草木が突如巨大化し、兵達に襲いかかったのだ。
それだけには留まらない。陣営を組むのに使われる木材から兵士の持つ槍まで、ありとあらゆる木製のものが成長し彼らを攻撃し始める。
他にも大地が突然裂けたり、食糧庫が畑に変わったり、ローゼマリー陣営は阿鼻叫喚に包まれた。
ヴェスト陣営の兵は逃げてくる敵兵ととっちめるだけでいい。なんとも楽な戦である。
「……君を敵に回さなくてよかったよ」
ニッコニコで能力を使い兵を捕らえているレイエスを見てアルヴァルトが呆れた様子で言う。
「ご安心を。敵も味方も、死傷者ゼロで終わらせますから」
「君ならできてしまうんだろうね……。でも、何かあったらすぐに言うんだよ」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。だってもうじき終わりますから」
レイエスの宣言通り、数分の後にローゼマリー陣営から白旗が上がる。
大陸最大の二国間戦争は1日も待たずにレイエスの一人勝ちに終わった。
その後もヴェスト王国もといレイエスはローゼマリー皇国を着実に落としていった。皇国も粘ったが、10度目の戦が3時間で完敗した頃には降伏宣言を出した。
宣言の出された日の夜、ローゼマリー皇族は亡命を図った。
しかしそれは、この場にいるはずのない人物によって取り押さえられた。
「貴方方ならここから逃げると思ってましたよ」
「な……!?レ、レイエス……!!お前、我々を裏切ったのか!!」
「裏切る……ふふ、少し違いますよ元皇帝陛下。全ては私がこの国のために行ったことなのですから」
ギャーギャーと喚き立てる元皇太子の兄だったものにレイエスは高らかに宣言する。
「この国のためというなら、ヴェストを我々に献上するべきだろう!」
「それでは民の暮らしは困窮する一方です。民の幸せあって、始めて良い国と呼べるのではないのでしょうか」
「民はこの国の、我々の所有物だ!あれらも我々に尽くすことが幸せに決まっている!!」
「その考えこそが、腐っていると言うのですよ。民のことを顧みず、搾り取るだけ搾り取って、奴隷のように使い捨てる。そんな国はもう終わりです。皆様、お願いします」
「はっ」
レイエスが命じるとローゼマリーの兵が現れ彼らを連れて行った。
「貴様ら……この儂を誰だと思っておる!!」
その叫びに答える者はいなかった。
翌々日、皇帝や皇太子は国内引き回しの後、処刑されることが決まった。他の皇族や大臣に対しても大小はあれど肉刑に処されることになった。
こうしてローゼマリー皇国は終わりを告げた。
「……これで、当初の目的は達成ですね」
「こんなにトントン拍子に終わるとは思わなかったよ」
「ふふふ、私を誰だと思っているのです。魔王様ですよ!」
「その状態で言われてもなぁ」
レイエスが魔王としてローゼマリーの併合を宣言した後、レイエスは過労で倒れ3日間寝込んだ。熱が下がったから執務をこなそうとしたところ、アルヴァルトに連れ戻され今に至る。
執務は代わりにアルヴァルトがこなしたらしい。さすが元魔王。
「そういえば、君の不思議な力についてわかったことがあるよ」
「__あの力、ですか?」
小さく切られたリンゴを食べながら答える。
レイエスの治癒能力はローゼマリー皇国との戦いの後から弱まっていた。
以前なら致死レベルの怪我すら治せていたのだが、今は骨折を治すので精一杯だ。10倍以上も大きくできた草木も以前ほど巨大化せず、元の3倍弱程までしか成長させられない。
……正直、十分すぎる気がするが。
「この国より南の地域に“神の力”という言い伝えがあるらしい。この世界を良い方向に導くために、神が人智を越える力を与える、というものらしい。君の力が、まさにそれなんじゃないかって」
「この世界を、良い方向に、ですか……出来ているのでしょうか?」
「出来ているんじゃないかな。言い伝えでは、役割を終えた神の力は少しずつなくなっていくらしい。今君の力は少し弱くなっただろう?なら、良い方向に向かっているんじゃないかな」
レイエスは自分の手を見つめる。
気味悪がられ、人として扱われなくなった原因。癒すことよりも、殺すことに使うよう強制されてきた力。しかしそれはこの世界を導くためのもので、今この世界が少しでも良くなっているのだしたら__
「そうだと、嬉しいです」
レイエスはそう言って微笑んだ。
「__さて、そう思ってくれたところで申し訳ないのだけれど、ローゼマリー皇国再興を目論む組織が今の言い伝えを聞きつけたみたいでね。君を女神として祀りあげて宗教を興したらしい」
「今ものすごく聞きたくない報告ですね」
レイエスはジト目でアルヴァルトを睨むが彼には効かない。
レイエスが魔王であることは公表していない。そのため彼女がローゼマリー皇族最後の生き残りだと探している者もいるようだ。生きているかもわからないのに、よくやるものだ。
「皇国を再興させようと思う人はいずれ現れるだろうとは思っていましたけれど。潰した方が良いですかね?」
「実害がないうちは手を出さない方が良いかもしれないね。下手に動くと周りに広がりかねない」
「それもそうですね。ま、その“神の力”とやらが残っているうちは何があってもこの国を守ってみせますよ」
「それは頼もしいね。でも、僕も負けちゃいないよ?」
2人は顔を見合わせて笑った。
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これから5年、レイエスは魔王として各地の統制や復興に奔走した。しばしば問題も発生したが、アルヴァルトの補佐もあり、レイエスは魔王を無事に勤め上げた。
結局、女神レイエスを讃える宗教は三度反乱を起こしたものの、魔王レイエスに叩きのめされその規模は縮小していった。細々と続いているらしいが、反乱を起こす余力はもうなさそうだ。
全てが落ち着いた頃、彼女は成長したハルト侯爵令息に王位を譲り、ハルヴェスト王国が新たに誕生した。
補佐として魔王を支え続けたアルヴァルトは爵位と小さな領地をもらった。断りまくっていたのだが、ハルト新王の懇願に負けた。
魔王から降りた彼女は気ままに旅でもしようかとしていたところアルヴァルトに告白される。それも楽しそうだと二つ返事で了承し、辺境伯爵夫人としてそこそこのんびりと過ごしたという。




