魔王とレイエス(中編)
「本当にいらっしゃったのですね。できれば、来てほしくなかったのですが」
「文面からそうだろうとは思ったが、我も今は王族なのでな。そう易々とは逃げられんよ」
仮面越しの潜もった声がそう答える。
「決闘の内容は果たし状の通り、勝利条件は相手の膝をつかせる、または殺すということで構いませんか?」
「良いだろう。レイエス嬢、勝利の暁に貴殿は何を望む?」
「この国を無条件で開け渡してください」
「ふむ、では我の勝利の暁にはローゼマリー皇国の皇帝と皇子の首でも頂こうか」
それだけ言うと魔王は近くの石を拾い天高く放り投げる。石を見上げた2人は臨戦体制になる。奇しくも互いに武器を持たず、己の得物は拳だけだ。
投げた石が重力に従い落ちてくる。
それが地面に触れる瞬間__
2人は飛び退いた。
一瞬の後、レイエスの足下からは火柱が上がり、魔王の足下が隆起する。
レイエスは着地と同時に近くの草に治癒能力を使う。巨大化した草が魔王目掛けて襲いかかる。
魔王は草に右手をかざす。その瞬間草が凍り動きを止める。右手を振り払うと氷はバラバラに砕け、お返しとばかりにレイエスに飛んでいく。
治癒能力で大地を活性化させ迫り上げる。巨大な土壁は氷を全て受け止め、大量の土埃を巻き起こした。
「くっ…!」
土埃が魔王の目を奪う。その隙にレイエスは魔王に肉薄、その手を伸ばした。
魔王は咄嗟に身を翻すがその手は仮面を触れる。その瞬間、木製だった仮面は突如枝を伸ばし、魔王の顔から外れて大木に姿を変えた。
「……やっとお顔が拝見できましたね。魔王様……いや、アルヴァルト様」
「なんだ、気がついていたんだね」
レイエスはこくりと頷く。正直確信はなかった。そして、そうだとは思いたくなかった。
でも目の前の彼は、紛れもなく魔王アルヴァルトだった。
「……君は、この国を良い国だと言ってくれたね。あれは嘘だったのかい?」
「いいえ、あれは本心です。……だからこそ、この国がほしい」
「そうか、君はもう少し話がわかると思っていたけど、残念だよ」
そう言われてレイエスはグッと押し黙る。まだだ、まだ本心は見せるな。どっちに転んでもいいように。
「アルヴァルト様、いえ、魔王様。この国のため、私と戦ってください」
「……仕方ない。うっかり殺してしまっても恨まないでくれよ」
「そっくりそのままお返しします」
そうして再び互いがぶつかり合う。
大地は抉れ、辺りからは火柱が上がり、巨大化した植物が暴れ、氷の塊が降り注ぐ。
終末のような世界が、2人を包み込んだ。
その決着がついたのは落ちた日が、また登った頃だった。
「……私の、勝ち、ですね」
目の前で息を切らし膝をついたアルヴァルトに意気揚々と告げる。
勝ったのはレイエスだった。
と言っても、ギリギリの戦いであり、辛勝としか言いようがない勝利だが。
平原だったそこは穴だらけになっており、降り注いだ雨によって小さな池が無数にできていた。
「半永久的に回復し続けるなんて、大人気ないと思うけど?」
「負けるわけにはいきませんでしたから、全力で行かせていただきました。
__そ・れ・に、私のことをお子様扱いしたのは貴方ですよ?大人ではないので大人気なくても問題ありませんよね?」
「あー、確かに言ったね。悪い、撤回するよ」
「甘んじて受け入れましょう。……しかし、この力を使ってもここまで苦戦するなんて、本当、何なのですか貴方は」
「さてね、僕も知りたいよ」
2人は顔を見合わせて笑う。少し前まで死闘を繰り広げていたとは思えない光景だった。
「……さて、と。負けたらこの国の無条件で開け渡す、だったね。民に恨まれちゃうな」
「そうですね。ちゃんと私に開け渡してくださいよ?」
「え?」
レイエスは黒い瞳を丸くさせるアルヴァルトに手を伸ばす。
「私、かなり欲張りですから。
__この国もローゼマリーも、全部支配しちゃいます!」
「……えぇ!?」
アルヴァルトの声が響き渡る。
ローゼマリー皇国に開け渡して属国になるという話だと思っていたのだ。まさか彼女に王位を渡す話だったとは。
「ふふふ、すごい顔ですね」
「…そりゃあそうだよ。僕はてっきり皇帝に開け渡せって話だと思っていたんだから」
「渡しませんよ、あの男には。飼い犬に噛まれて痛い目に遭えばいいのです」
「……飼い犬?君は皇女なのだろう?」
「あの男に娘だと思われたことは一度もありませんよ」
レイエスは己の事情と皇帝の命を打ち明ける。自分が謂れのない罪に問われた人々の処刑に関わっていたことも。
「そっか、そういうことだったのか」
「……幻滅、しましたか?」
「いや、むしろ合点がいったよ。ローゼマリーから逃亡してくる者が口を揃えて言う“レイエス様”は君のことだったんだね」
その言葉に、今度はレイエスが目を見開いた。
レイエスの治癒能力は人を殺すことができる、だけではなかった。その塩梅を調整すれば、仮死状態にすることもできたのだ。
レイエスはそれを使い、言われない罪で処刑される国民達を助けていた。死体の処理も押し付けられていたのを利用して、仮死状態にした人を蘇生させて逃していたのだ。
そのほとんどの逃亡先は、ここヴェスト王国だったのである。
「君も、手の届く範囲で民を守っていたんだね」
「そんなことない…!私は、あの男に怯えて、今まで何もできなかった臆病者です…!全員を逃がせたわけじゃないし、この手で殺めた人もいるんです!!」
仮死状態を作れるようになるまでには言われるがまま何人も殺してきた。もっと早くできるようになっていれば、レイエスはそう自分を責めていた。
「そうだとしても、君に助けられた人はいっぱいいるんだよ。君が逃した人達はこの国で幸せに暮らしているんだ。何もできていないなんて言わないでくれ」
そう優しく頭を撫でられると、我慢していたものが込み上げてくる。
「私は、私という存在を否定するローゼマリーという国が!皇族が!大っ嫌いです!
でも!あの地に生きる人達までは嫌いになれなかった!少しでも、彼らの助けになるならって、あの男の言葉を断れなかった!!
……私は、どうしようもない人間なんです……!!」
アルヴァルトに抱きつき、心の内を嗚咽混じりに打ち明ける。年相応に泣きじゃくるレイエスを、アルヴァルトは静かに撫で続けた。




