魔王とレイエス(前編)
レイエスの昔話にお付き合いください
「レイエス様、皇帝陛下がお呼びです」
乱暴に扉を開け放った侍女にそう言われる。
言葉の節々がトゲトゲとしており、さっさとしろという侍女の心情がありありと伝わってくる。
「ええ、わかったわ。すぐ向かいますと伝えてくださる?」
「かしこまりました」
そう言って出て行った侍女の舌打ちと「なんであたしが……」というボヤきが聞こえてくる。
それもそうだろう。ここは皇城の離れも離れ、誰も近寄らないような掘立て小屋なのだから。
レイエス=ウェン=フェイル=ローゼマリーは所謂庶子であり、皇帝のお手付きで生まれた子だ。
下働きだった母は皇帝の子を産んだ罪で秘密裏に処刑され、赤子だったレイエスも処分された。
……はずだったのだが、レイエスはいくら殺そうとしても死ななかった。驚異的な治癒能力により首を落とそうとしても斬ったそばから繋がり、毒も全く効かない。何をしても死なない彼女は気味悪がられ、この場所に押し込められた。
レイエス自身も、この治癒能力が何なのかはわからない。ただ、この力に生かされているのは事実だった。
「また政治犯の処刑かしら。あれ大変なのよね」
そこそこ質の良いドレスに着替えながらため息を吐く。
治癒能力は他者にも使うことができた。しかし、強く治癒能力をかけすぎると細胞を破裂させ殺すこともできてしまった。
レイエスはこの力を買われ、政治犯などの処刑に治癒能力を使わされていた。半分は彼女への見せしめも兼ねているのだろう。
……レイエスの方が一枚上手なことには皇帝も気づいていないようだが。
着替えを終え、ササっと髪を整えてから侍女に連れられ向かったのは謁見の間だった。処刑の命令なら執務室に呼び出されるはずだ、今日の要件は少し違うらしい。
「レイエス=ウェン=フェイル=ローゼマリー、ただ今馳せ参じました」
「庶子の分際でローゼマリーの名を騙るな!」
挨拶をしただけで皇帝の隣の第一皇子が怒鳴ってくる。それを手で制した皇帝は彼女に命を下す。
「レイエス、お前に魔王の暗殺を依頼したい」
「かしこまりました」
魔王?ナニソレ?などとは思ったが口には出さない。聞いたところで碌に説明もされず罵られるのがオチだ。
今は素直に従っておいた方がいい。
「お前には皇国の特使としてヴェストに行ってもらう。そこで魔王に接触し、奴を殺せ」
そこまで聞いてレイエスは理解する。
ヴェスト王国はローゼマリーと肩を並べる大国だ。あの国もここと同じく侵略戦争を繰り返し大国となったが、近年1人の兵士が謀反を起こし国王を殺害、王位を奪った。それが今出てきた魔王だろう。
あの国は突然国王が変わったことで政情が荒れているのは確かだ。そこをついてヴェスト王国を乗っ取るつもりらしい。
なんとまぁ野心の強いことで。
レイエスは内心鼻で笑う。
「わたくしは皇位継承権は持っておりませんが、いかなる名目で向かえばよろしいでしょう?」
「お前は皇族として復権させてある。病弱で今まで外に出さなかったということになっているから、余計なことはするな」
「かしこまりました」
なんだ余計なことって。私は暴れ馬か何かかと思われているのか。レイエスは表情に出さず内心文句を垂れる。
「明日には発ってもらう。こちらから侍女と護衛もつけるからお前は何もしなくてもいい」
「かしこまりました。必ずや良い報告ができるよう、尽力いたします。わたくしの命に変えても」
そこまで言えば皇帝も満足しレイエスを下げる。
侍女と護衛などとは名ばかりの監視役だろう。恐らく魔王を殺したとて、自分も殺され侵略の口実に使われるのがオチだ。
どうしようかとレイエスは頭を悩ませた。
__
次の日、レイエスは誰からの見送りも受けずに皇城を発った。道中は侮蔑の視線と言葉を多数受けたものの、それ以外特に何もされることなかった。
しかし、ヴェスト王国ではしっかりと歓迎された。一応こちらは大国の姫だ、当たり前ではあるのだがなにぶん初めてなことだったのでとても疲れた。
だが、その時に暗殺対象である魔王を見ることもできた。彼は仮面を被っており、その人となりはわからない。もしかしたら暗殺の可能性も見越して、影武者が大勢いるのかもしれない。
滞在期間は1週間、面倒な命令だと今更ながら感じた。
ヴェスト王国では驚くことに侍女と護衛が王国の者に変わった。共に来た者達は監視役ではなかったようだ。
ならば諜報員か?とも思ったがただ遊び呆けているようにしか見えない。
ちょっと拍子抜けだが、おかげでこちらも余裕ができたのは嬉しい誤算だった。
「魔王様の補佐官を勤めております、アルヴァルトと申します。平民ゆえ、無作法があるかもしれませんが、ご容赦ください」
「い、いえいえ!そんなこと気にしませんよ!どうぞ楽な話し方でお話しなさってください」
視察ではアルヴァルトという補佐官が案内してくれた。
彼はとても話しやすく、そして優しかった。妹がいるという彼は、妹と同年代であるレイエスを何かと気にかけてくれた。だいぶ子供扱いされた気もするが……。
それでも、誰かに優しくされたのはいつぶりだろうか。レイエスはアルヴァルトのことが気になってしょうがなかった。その思いの名前は、知りたくなかった。知ったらきっと、悲しくなるから。
そんなアルヴァルトが案内してくれたこの国は、とても良い国だった。豊かとは言えない。貧富の差も残っている。それでも、国民ひとりひとりが前を向き、心から笑っているのが見てとれた。前王の支配の爪痕は残るものの、国全体は良い方向へと進んでいる。
領土を広げようとすることにしか目がいっておらず、民を道具としてしか見ていないローゼマリーとは大違いだった。
それに、この国の民は皆とても優しかった。関係が良好とは言えない隣国の姫に対しても、皆気さくに話しかけてくれた。こんなに楽しいと思ったのは初めてだった。
「アルヴァルト様、この国は良い国ですね」
たった数日過ごしただけだったが、レイエスはこの国のことが好きになった。この景色を作った魔王を殺す気にはなれなかった。
「レイエス殿下にそう言ってもらえて光栄です」
その魔王の正体に気がついてしまったから、なおさら殺せなくなってしまった。
レイエスは悩んだ。このままでは、このヴェスト王国は戦火に包まれる。この国の民の笑顔を、奪ってしまう。彼女はこの国を守りたかった。
その日、魔王の執務室に刺客が現れた。しかし刺客は王を襲うことなく、1通の手紙を置いて去っていった。
それはとても丁寧な文面で書かれた“果たし状”だった。




