憑代の祝印
呪いの詠唱をするローラムを横目に、エレクティオは地面から次々と飛び出す鉄の柱をかわしてツユキの下に走る。
呪印は詠唱も口ではなく魔法陣になるようだ。
ローラムは何層もの魔法陣を両手に展開しているが、その詠唱にはまだ終わりが見えない。
止めるなら、今しかないのは明白だ。
しかし、止めるといっても呪印はかなり活性化してしまっている。発動者を押さえたところで行き場のない詠唱魔法陣が暴走するだけだ。
今とれる手段は、呪印のピースになっているツユキを引き離し、陣を無効化することだけだった。
「“氷結解除”!」
目の前にせり出た鉄の壁を分解する。呪印に魔力が吸われているせいで、いつもより魔力を多く注がないと魔法が発動しない。
長引けば長引くほどこちらが不利だ。その上タイムリミットの詠唱完了も近い。
短期決戦で決めるべく、エレクティオは魔法を使った。
「出し惜しみはなしだ!“氷床”!“氷刃”!」
あたり一面が厚い氷に覆われる。エレクティオは靴底に片刃の氷のブレードを作ると、その氷の上をスケートのように滑りはじめた。
「邪魔などさせません!!」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるよ!!」
道を塞ぐように現れる鉄の柱や壁をすいすいとかわすと、ローラムに氷の礫を飛ばす。
散弾した氷の塊に対し、ローラムは目の前に鉄の壁を作りそれを防いだ。
しかしそれは、彼の視界を奪うことにもなった。
狙いが定まらなければ鉄の柱や壁も上手くは出せまい。大きくできた隙を逃さず、エレクティオはツユキの寝かされた呪印の中央部に滑り込んだ。
それに気がついたローラムはエレクティオに魔法を使おうとする。しかし、魔法は発動する前にかき消えた。呪印に魔力を奪われたのだ。
憑代を得て完全形になった呪印は、その憑代に近づけば近づくほど強力に魔力を吸い取っていた。図らずも、エレクティオはローラムの魔法から逃れることに成功した。
中央に向かったエレクティオは呪印からツユキを救うべくその手を伸ばす。しかしそれは、バチっという音とともに弾かれてしまう。
「そう簡単にはいかないね……なら、これはどうだ!!“対魔氷刃”!!」
エレクティオは出せる限りの魔力を使い、魔法陣を顕現させる。ほとんどの魔力は呪印に吸われてしまったが、それでも魔法を発動させるには十分だった。
目の前に氷でできた剣が現れる。それを掴み、呪印の壁に勢いよく突き刺した。刺さった剣がどくんと波打つ。鈍く光りをまとったそれは呪印から魔力を吸い始めた。
“対魔氷刃”
魔法から魔力を奪い取り魔法を消滅させる、エレクティオの作った魔術師殺しの魔法である。呪印にも効くかどうかは賭けではあったが、その賭けには勝ったようだ。
「魔力の奪い合いか……負けるわけにはいかないな!!」
呪印と氷の剣が拮抗する。それは氷の剣に傾いていき、呪印の壁のヒビを大きくしていく。
「はあぁぁぁっ!!」
エレクティオは渾身の力で氷の剣を振り抜く。甲高い音が響き渡り、呪印に大きな穴が開いた。
すかさず彼はツユキに手を伸ばす。
しかし呪印も黙ってはいない。最後の抵抗とばかりに蔦のようなものが伸ばして彼女を縛り付けた。
「僕の大切な人だ!こんなものに、渡してたまるものかっ!!」
伸びる蔦の根元目掛けて“対魔氷刃”を突き刺す。氷の剣が淡く発光を始め魔力を奪い始める。蔦はツユキを離しのたうち回ると、灰のようにさらさらと崩れ去った。
ツユキを呪印から引っ張り出す。
彼女の規則正しい呼吸を聞いて、エレクティオはようやく、ツユキを抱きしめた。
遺跡を覆った青白い光が消える。魔力供給の贄になっていた者達も同時に解放された。
「そんな……」
静まり返った空間の中、ローラムが崩れ落ちる。
辺りを覆っていた彼の魔法もボロボロと壊れ砂になる。
ミウは師匠や王太子達の下へ、カルミアは教皇の下へと走る。大小怪我はあれど、命に別状は無さそうだとわかり、2人は胸を撫で下ろした。
呪印に吸われ続けたせいか、魔力が少なく身体が動かしづらい。エレクティオはなんとか立ち上がると、ローラムに言い放つ。
「ツユキ嬢は返してもらうよ」
そうして遺跡から出ようとした時、それは起こった。
「なっ……!?」
突然、呪印が光始める。今までよりもはるかに強いそれを見た途端、エレクティオの身体から力が抜けた。重力に押し負け、地面に突っ伏す。目だけで辺りを見渡せば、ミウやカルミアもその場に倒れ、動けなくなっていた。
その影響は遺跡の外にまで及ぶ。草木は枯れ、鬱蒼と茂っていた森は荒地と化す。虫や獣は逃げ惑うが、それはすぐに静かになった。警戒にあたっていた聖堂騎士達は何が起こったかもわからないまま一人、また一人と倒れていった。
呪印がその場の生物全てから魔力を奪い始めたのだ。魔力が少なければ、その生命力すらも奪い、呪印は活性化を続けた。
その中で一人立っているローラムは、恍惚とした表情でその様子を眺めていた。
「ああ……女神レイエス様が、再び現世に降臨なされる……!」
エレクティオの腕の中にいたツユキの身体が光り、彼を弾き飛ばす。抵抗できないまま壁に打ち付けられ、背中に燃えるような痛みを覚えた。
「ツユ、キ……」
ほとんど動かない手を必死に伸ばす。その手を無視すると、彼女はフワフワと呪印の中央に吸い込まれていった。
眠ったまま呪印に引き寄せられるツユキ。その背中にある痣に、呪印から伸びた蔦が繋がっていく。全ての蔦が繋がり、彼女を中心とした“憑代の祝印”が真の姿を見せた。
背だけを支えられ、仰向けに浮かぶ憑代の身体。
その胸に巨大な赤黒い棘が突き刺さる。
棘の先端が広がると、一輪の白いスミレの花が咲いた。
暗い空が突然明らみ、憑代に光が降り注ぐ。その光を浴びたスミレの花はみるみるうちに萎んで実を結んだ。
実が開く。
中から光る種が顔を出し、憑代に落ちると、その身体は光に包まれる。光は憑代に刺さる棘ごと呪印を飲み込み、やがて1箇所に吸い込まれるように消えた。
そこにいたのは少女の姿。
しかし、同時に畏怖する程の神々しさを覚えた。
透き通る白い肌は玉のように美しい。背丈よりも長く伸びた金色の髪は、目を奪われるほどにキラキラと輝いていた。
__女神が、そこに現れた。




