音貫
その男は、傭兵だった。
傭兵とは傭兵ギルドに所属する雇われの兵士である。戦争があれば国に雇傭されて戦うが、日頃は商体などの護衛やギルドに寄せられた依頼を達成するなどして生活している。
中でも男は有名な傭兵だった。
誰にでも優しく、割に合わずに皆が毛嫌いするような依頼でも率先して受けていた。荒くれ者の多い中、人当たりの良い男はギルド内外問わず重用され、その容姿も相まって子女の間でも人気があった。
__表向きは
彼には裏の顔があった。その男は殺人を好み、殺した人の皮をコレクションしていたのだ。
皮を被ることでその人になりすまし、殺した人の友人や家族も皆殺しにした。
友人、家族が死んだとわかった時、善良だと思っていた人間の本性を知った時の絶望した表情、憎悪した表情が男は何よりも好きだった。
その日も依頼のお礼にと一晩の宿を提供してくれた家族を殺した。
まずは母親を殺した。突然腕を落とされた時の表情は男を喜ばせた。
その皮を被り、次に父親を殺した。妻を殺された怒りで真っ赤にさせた顔は男を楽しませた。
最後に2つの皮を娘に見せ、殺そうとした。
しかし、そこで邪魔が入った。
「……やっと、尻尾が掴めたぞい」
それは傭兵だった。
『神速』という二つ名を持つ老兵。彼もまたギルドの信用が厚く、次のギルド長に最も近い人物だと言われていた。
上手く隠せていたはずだった。まさか、マークされていたとは。
それは一瞬だった。
目の前から老兵が姿を消す。次の瞬間には、男は何もできずに地面に倒されていた。騒ぎを聞きつけ集まってきた憲兵によって、男の身柄は拘束された。
しかし男は優越な笑みを浮かべていた。
「殺してやる……絶対に、お前を殺してやる!!」
その娘の叫びが、男にとって最高の音楽だった。
数年経った後に、本当に殺されるとは思いもしていなかった。
自分を暴いた、憎き『神速』の弟子となった彼女に。
__
「くそガ!クソが!くソがアアアぁぁ!!」
振るわれる鉈を姿勢を低くしてかわし、ダガーで斬りつける。
しかしその刃は当たらない。それでも皮被りに傷が増えるのは、鎌鼬が発生するほどにミウの動きが速いからである。
(制御きっちぃ…全然芯に当たらねえ)
“音貫”
ミウオリジナルのこの魔法は不完全だ。直線的にしか進めないし、少しのズレでも狙いから大きく外れてしまう。
そのためミウは一度止まっては再発動を繰り返し、当たるまで攻撃を繰り返していた。幸い、一度目で脚の腱を切れたため皮被りは動けず、狙いはつけやすい。
だがこれも長くは続かないだろう。この戦法は消費魔力が多すぎた。
この攻撃を続けられるのは持ってあと数十秒だ。
地下牢の柱を足場に超加速。そのダガーはついに皮被りの左腕を捉えた。皮被りの絶叫が地下牢に響く。
「クソがァああアぁァ!!」
憎悪のこもった鉈によって追撃が阻まれる。次の攻撃も、そのまた次も。確実に相手もこの動きに慣れ始めていた。
もっと細かく、多角的に。そう動こうとした矢先、ミウの脚からガクンと力が抜けた。魔力不足により身体強化が切れたのだ。
「マジかよこのタイミングで!?」
思わずミウが絶叫する。それを聞き、皮被りが笑った。
「ケケケハハハ!!万策尽きたなぁくそガキぃ!!」
皮被りは残った腕にありったけの力を込める。
あの男の顔を思い出させたのだ。このガキは万死に値する。
「“風爆”!!」
身体強化に“風爆”を乗せた、今までで1番速い鉈がミウに迫る。ダガーを構えるも、身体強化のない状態では軌道をそらすことで精一杯だ。
致命傷は避けたものの、鉈はミウの脇腹をざっくりと切り裂いた。
「ぐうっ…!」
痛みにミウの顔が歪む。それを見て皮被りはゾクゾクと快楽を感じる。そうだ、その表情だ。その顔が苦痛で歪み、絶望に染まって死ぬ姿が見たいのだ。
そして、弟子を殺したことで『神速』がすました顔を崩したところが見たいのだ。
さあもっと、その顔を歪ませろ__!
再び彼女へ投げるべく、皮被りは鉈を手元に呼び寄せた。
皮被りは気づかなかった。
それこそが、ミウの狙っていたことだということに。
「“音貫”」
加速した。
吸い込まれるように皮被りの元へ、止まることなく突っ込んだ。
その鉈は、皮被りに突き刺さった。
ミウが加速させたのは己ではなく、鉈だったのだ。
魔力を絞り出せば“音貫”はあと1回使えた。しかし身体強化なしで使えば速さに耐え切れず身体がバラバラになってしまう。それに、使ってしまえばいよいよ自分は動けなくなる。
だから確実に皮被りに当たる何かを飛ばす必要があった。そこで気がついたのだ。皮被りの鉈は直線的に彼の元に戻ることを。
“風流動”は常にかけられるわけではない。そのため皮被りは鉈をUターンさせることだけに“風流動”を使い、戻す時は直線的に動かしていた。
ならば動きはそのままに、それに“音貫”を使えばいい。狙いは確実についているし、気づいたところで止める術はない。
鉈は皮被りの指を切り飛ばし、胸に深く突き刺さった。
悲鳴が辺りを震わせた。
「どーよ…」
倒れて動かない皮被りに、立ち上がれないミウは這って近づく。被っていた皮は破れ落ち、本来の崩れた男の顔がそこにあった。
「……なあ、皮被り」
すでに虫の息の皮被りは、ミウを睨む。しかし、その顔を見て、彼は目を見開いた。
ミウは笑っていた。
「ヤ……めろ……」
「アンタは親の仇だけどさ、あの時のことがなかったら、ウチはみんなに会えてなかったよ」
「そん、ナ……顔ヲ……」
「……ありがとな」
その言葉に皮被りは絶望に染まる。
その表情を最期に、皮被りの顔は二度と変わることはなかった。
__
「終わった、かな」
皮被りがもう動かぬことをダガーの背で揺らして確認したミウは、彼の腰に牢の鍵を見つけた。
「エレクサマ、お待たせしたっす」
牢の鍵を片手に這ってエレクティオの下に向かう。鍵を受け取り牢を開けたエレクティオはぐったりとしたミウを抱き上げた。
「こういうのはツユキサマにやってあげるべきっすよ」
「動けないんだからつべこべ言わない。全く…無茶をするんだから」
「そりゃあ、因縁の相手っすから……まぁ、終わってみりゃ呆気ないもんっすけどね」
「だとしても、ミウはよくやったよ」
そう言われると少し嬉しい。
照れ隠しにミウは話題を変えた。
「ところで、魔封じの腕輪の鍵がないのは困ったっすね。叩き割ります?」
「いや、それなら大丈夫。こうすればいいから、ねっ!」
パキッ、と音がして腕輪が外れる。
「……何したんすか?」
「魔力を流して腕輪の魔法陣を破壊したんだ。魔封じの腕輪は魔法を封じるだけで、魔力操作はできるからね。それでも阻害はされるから、かなり時間がかかっちゃったけど」
「魔封じとは…」
「割ろうとしている君も大概じゃないかな……
__それはさておき、ミウはこれを持ってなさい。僕はツユキ嬢達を探す」
呆れた目で見てくるミウにエレクティオは誤魔化すようにぬいぐるみを渡す。それはエレクティオにとツユキが渡した魔法石の入ったお守りだった。
「ちょ、これはエレクサマの…!」
「このままだとミウは動けないじゃないか。回復するまでは持ってなさい」
エレクティオは自身の魔力を広げてツユキ達の魔力を探す。普段から見知った魔力だ、探すのは容易い。
尤も、国全体に魔力を広げて探知できるのはエレクティオぐらいなものだが。
「……見つけた」
「流石エレクサマ、探しに来て正解っすね。で、どこっすか?やっぱり教会?」
「うーん、教会でないようだね」
「げ、じゃあ今までの推理は大外れってことっすね……。
でも、教会じゃないならどこっすか?ウチらの知らない所だと転移魔法は使えないっすけど」
「いや、大丈夫」
エレクティオは神妙な顔で言った。
「……この場所は、よく覚えているから」




