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顔を知らずとも、その名は忌々しく




 攫われたツユキ達を助けるには、手負いのミウ1人では力不足である。そう考えたミウはエレクティオに助けを求めるため王城に来ていた。



 まさかこんなに早く、しかもこんなところで見つかるとは。



「何でミウがここに…?」

「アンタを探しにきたんすよ。緊急事態、聖女サマとウチ以外の3人が攫われたっす」

「なっ!?」

「詳しいことは道すがら説明するからまずはここから……、っ!!」



 殺気を感じて横に飛び退く。ミウがいた場所にナタがめり込む。



「ケケケ、久しぶりダナァくそガキ」

「……誰かと思ったら、アンタか。こんな場所で会うとは思わなかったわ」




 睨みつけながらミウは右足の爪先で地面をトントンと叩く。石畳の一部が勢いよく飛び出すのを右手で掴み握りつぶすと、中から石で出来たダガーナイフが現れた。



「エレクサマ、ちょっとお待ちを。あの野郎、ぶっ殺してくるっす」

「……知り合いかい?」



「……ええ。あいつは“皮被り”。殺した人間の皮を剥いで被ってなりきり、その友人や家族もまとめて殺す……ただの殺人鬼っす」




 それを聞いたエレクティオの顔が暗くなる。目の前の人間がフリッツの皮を被っているということは、彼はすでに死体になっているということだ。

 それも自分が原因で__




「エレクサマ、自分を責めんなよ」



 その言葉にエレクティオは顔を上げる。そこには鋭い目で皮被りを睨むミウがいた。



「これで心を折られたらあいつの思う壺っすよ。人の心を抉るのがあいつのやり方っすから」

「ミウ……」

「ま、ここはうちに任せてくださいっすよ」



 チラリと目線だけをこちらに向けそう言ったミウは、暇そうにあくびをする皮被りを再び睨む。




「あ、終わった?」

「わざわざ待っててくれてどーも。その余裕、いつまで持つかな?」



 その言葉に皮被りがニンマリと汚く笑う。

 同時にミウは首を傾ける。次の瞬間には頭があった場所を回転する鉈が通過した。

 一息つく間も無く眼前にフリッツだった顔が迫る。上半身を反らせ鉈をかわした。



「“風流動”」



 逆さになった世界で、飛んでいったはずの鉈が戻ってくるのが見える。あの距離なら余裕をもってかわせるはず……



「“風爆”」

「っ!?」


 しかしそれは途中で大きく加速した。弾丸のようなそれを咄嗟にかわすも、鉈は右肩を掠め大きく血を飛ばす。

 戻ってきた鉈を左手でとり、態勢の崩れたミウに向け振り下ろす。逆手に持ったダガーとぶつかり、両者は弾かれた。



(魔法で加速した、ってところか。そりゃあ、前よりも強くはなってるよな)



 着地と同時にミウは飛び出す。再び投げられる鉈を持ち直したダガーで弾き、皮被りに肉薄する。



「“水滴世界”」



 皮被りを包むように白い水蒸気が広がり、霧散する。

 “水滴世界”は魔道具や魔法石を無力化する水魔法だ。これらから魔力を吸い取り水に変換する特性がある。

 案の定、いくつかの水滴が肥大化し破裂した。



 飛び散った水に気を取られた皮被りにダガーを振るう。皮被りがかわそうとするも間に合わず、被っている皮ごとその頬が浅く切り裂かれる。



「ちィッ」

「これでおあいこだ、なっ!」



 皮被りを蹴り飛ばす。よろめく皮被りにミウは追撃を仕掛けた。

 

 鉈を自由自在に動かす“風流動”は皮被りの必殺技である。投げた鉈の軌道を変えることで確実に当てられるこれは、分かっていてもかわすのは難しい。

 だが、鉈はかなりの重量であり、その軌道修正はかなりの魔力を必要とする。魔力の少ない皮被りでは3回が限度であった。


 それに加え“風爆”を使い加速までかけていた。圧縮した空気を破裂させる“風爆”はとても強力な魔法だが、“風流動”よりもはるかに魔力消費が大きい。



 前よりも魔力量が増えていたとしても、奴自身の魔力で魔法を使うことはできまい。魔法石も封じた今、投げた鉈を戻すことは不可能だ。




 皮被りは手に持つもう1本の鉈で防御しようとする。しかし、ミウの体格に似合わぬ重い一撃により、その鉈もまた大きく弾き飛ばされた。






 奴を守るものはもうない。これで奴も終わりだ。




 

 確信したミウはダガーを振りかぶり









 


 __それが罠だと気づく



 

 皮被りは、まだ笑っていたのだ。



「“風流動”、“風爆”」


 背後に殺気を感じ、身体を捻る。軌道を変えたダガーが捉えたのは弾いたはずの鉈だった。



「嘘だろ…っ」

「残念だったナ」



 バランスの崩れたミウの腹に皮被りの拳がめり込む。

 「かは…っ」胃液と共に腹の中の空気が口から出る。そのまま殴り飛ばされ、地下牢の壁にめり込んだ。胃液の次は血が出るものだから、口の中が気持ち悪い。

 


「……どうなってんだ、クソッ」

 

 口に残った血を吐き捨て、ミウは悪態つく。



 

 皮被りは魔力を使い果たしたはず。なのに投げた鉈には軌道修正も加速もかけられていた。それに加えて今の拳には身体強化すらかかっていた。

 魔力を増やしたにしては増えすぎだ。ヒトの魔力量は十年鍛えても1割上がるのがやっとである。魔法の効果と威力を考えれば、今の皮被りの魔力量は2倍以上に増えていることになる。



 魔道具も魔法石も無効化した。どこに隠したとて“水滴世界”からは逃れられないはず。なら、どうやって__?



「なーニ考えてんダ?」

「ちっ!!」



 皮被りの追撃をなんとかかわし、立ち上がる。


 どうする?奴の魔力量は未知数だ、飛んでくる鉈と身体強化の付いた攻撃をどう捌けばいい?


 どうやって奴を殺せばいい?



 考えろ、考えろ、考え……

 


 必死に思考を回すミウは、ふと気がつき吹き出した。






 ああ、主人の悪い癖が移ってしまった。戦いの最中に考え事にうつつを抜かすなんて。



「……考えるのは、ガラじゃなかったわ」


 わからないものはわからない。それでいい。

 今は助けたい人がいるんだ、何も考えずに全力を出してしまえばいいだけじゃないか。



「多少身体が壊れても、勝ちゃいいんだよな」



 石畳を再び持ち上げ新たに石のダガーを作る。2つになったダガーを構え、大きく息を吸い込んだ。





「“音貫”」


 次の瞬間、ミウの姿が視界から消える。

 ヒュッ、と小さな音が通り過ぎると同時に皮被りの両脚から力が抜ける。脚を見ると、腱が斬られていた。



「ッくそガキがあァァ!!」



 皮被りから始めて余裕が消える。ミウに向けて“風爆”で鉈を飛ばすが、それよりもはるかに速いミウに当たることはない。その間にも皮被りの身体には無数の切り傷が刻まれていく。




「__悪ぃな、お前に構う時間は終わったわ」








 

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