嫌な予感がする
「エレク、レイエスト教会の訪問日が明日に決まった」
「それはまた急だね……」
「父上が多忙の間を縫って下さったのだ。無理は言えん」
アキメネス家でトパーズの変態疑惑が生まれた翌日、護衛兼話し相手をしていたエレクティオにアイルズが告げる。
ツユキが呪いの影響により意識が向けられた先はアルレイエス教総本山であるレイエスト教会だった。少なからずそこに何かあると踏んだアイルズ達は国王の定期巡礼に付き添いレイエスト教会に潜り込む算段を立てていた。
その日取りが先日決まったのだ。明日に。
少し急すぎると思ったのはアイルズも同じである。
「僕も護衛として同行するかい?」
「いや、お前には休暇を与える。お前は聖女ツユキのところにいてくれ。私はネリーと行くことになるから問題はない」
「了解、ツユキ嬢のことは任せて」
全員で向かってしまうとツユキを守る者がいなくなる。そのためアイルズはアルレイエス教会に嫌われているエレクティオを護衛から外しツユキの守りに徹してもらうことにしていた。
「__ところで、聖女ツユキに変わりはないか?」
「ない、と言えればいいんだけどね……昨日夢が共鳴したらしい。念の為魔力封じは強めたおかげか今日は見ていないそうだけど」
「共鳴、か……」
アイルズは手を顎に当て考える。
夢の共鳴は珍しい現象ではない。魔力操作を習い始めたばかりの子供なら一度は起こるようなものだ。
だがツユキは聖女、常日頃から魔法に触れ魔法を使ってきた存在。最強クラスの魔法使いでもあったトパーズや魔王と呼ばれる目の前の男ほどではないにしろ、その魔力操作はかなり上手い。
そんな彼女が今更夢の共鳴をするのは十中八九呪いが関係しているだろう。
「憑代の祝印というくらいだ、神の記憶が共鳴したかもしれないな」
「そんなこと……ありそうだね」
ツユキにかけられた“憑代の祝印”は人の器に神や英傑の魂を降ろすための呪いである。降ろされる魂にもまた生きた記憶があり、器がそれを夢として見る可能性は捨てきれない。
「何にしろ、聖女ツユキに直接的な影響がないにしろ呪いは確実に強まっているだろうな」
「そうだね、早いことケリをつけないと」
エレクティオはそう意気込む。
とは言ったものの、現状わかっていることといえば呪印が教会のどこかにあるだろうという不確定な情報だけである。“憑代の祝印”自体が失われた呪いのためにその調査も思うように進まない。
魔法を封じることで呪いの進行を止めることぐらいしかできないのがもどかしい。彼女の呪いを解くと言ったのに手がかりすら見つけられない自分が不甲斐ない。
意気込んでいたのが目に見えて萎んでいくエレクティオ。その姿は氷の魔王と呼ばれているとは思えないほどに弱々しかった。
そんな魔王の肩を王太子はぽんと叩く。
「__まぁ、そのためにもちょっと言ってくる。名目は視察だからな、少しでも手がかりがあれば万々歳、何もなくても怒るなよ」
「わかってるよ」
引き継ぎに向かうため扉に手をかけたエレクティオは、立ち止まり振り向いた。
「アイルズ」
「どうした?」
「気をつけて……何だか嫌な予感がする」
「……わかった。肝に銘じておこう」
扉から出る時に見たアイルズの顔は、いつもと同じ無表情だった。
__
エレクティオとアイルズが話をしていた頃、ツユキは昼食を終え眠くなっていた。
今日は窓から差し込む日の光が暖かい。いっぱいになったお腹も相まってその瞼は重くてしょうがない。
「ロバータさんの料理が美味しすぎるのがいけないのです……」
ついつい食べ過ぎるのを料理のせいにして文句を言いながらも、その思考は夢に落ちていく。
ピチチ……
そうして寝息を立てているツユキを一羽の小鳥が見ていた。
小鳥は枝に止まり羽繕いをしていたが、突然殺気を感じて飛び立つ。間もなくその場所を短剣が通過した。
「チッ、逃した……!」
ピチピチと鳴きながら飛び去っていく小鳥を睨むミウ。
再び短剣を構えたが、オーゼリーがそれを止めた。
「やめておけ。あの鳥を落としてももう意味はない」
「……そっすね」
「掃除は儂がしておくでの、ミウは聖女殿を頼むわい」
こくりと頷いたミウは短剣を戻し、ツユキをベッドに運ぶべく部屋から出る。
一人になったオーゼリーは目を瞑る。そして次の瞬間に、彼は風のように部屋から消えた。
アキメネス領から少し離れた林の中、2人の男がいた。
「確認した、撤退する」
鳥と感覚共有を切り、男はそう告げる。
聖女ツユキの存在を確認できた。あとは戻って報告するだけだ。
しかし、相手からの返事がない。
ぞわりと悪寒が走った男が振り向くと、そこには首から血を吹き出し絶命する相方と、一人の老人が立っていた。
「おったおった」
ほっほっほ、と笑う老人に、男は得体の知れない恐怖を覚える。
この場所はアキメネス伯爵の屋敷から数キロも離れた場所だ。こちらの場所がバレたとしてすぐに追いつかれるのはおかしい。
「よもや、伏兵がいたとはな」
「何を言うとる、儂は屋敷から走ってきたのだぞ?この距離など徒歩圏内じゃろて」
老人は相方だったモノをポイと捨てる。ドサッという重い肉の音がした。
「やはり魔王、使用人すら化け物とはな」
「儂ゃ人間じゃよ。そういうお主らは聖堂騎士じゃな」
「さてね」
そう言いつつ男は逃げる機会を伺う。
「__そうか」
その一言を最後に老人が視界から消える。
と、同時に男の首から鮮血が溢れ、頭は宙に舞い上がる。
男が老人を見ることは二度となかった。
「まぁ答えずとも簡単にわかるのじゃが」
物言わぬ骸となった男に枝切り鋏を担いだ老人は独り言ちる。
「ふぅ……少し疲れたわい。儂も歳かの」
アキメネス家庭師、オーゼリー=ウィーローサ。
彼は元傭兵ギルドの長であり、『神速』と呼ばれた伝説の傭兵だった。
オーゼリーは男共の死体を調べる。だが相手も潜入工作員、これといったものは見つからない。
剣の装飾が施されたアルレイエス教のロザリオを除いて。
(本当に簡単にわかるものじゃのぅ。工作員といえどアルレイエス教徒、と言ったところかの)
アルレイエス教のロザリオは職位によって装飾が違う。剣をモチーフとしたものは明らかに聖堂騎士のものだ。これでは己の身分を教えているようなものだが、聖職者には聖職者なりのプライドがあるのだろう。
ロザリオを回収したオーゼリーはふと、頭を飛ばした男の右手が握られていることに気がついた。
その指を開き、中のものを見た彼はため息を吐く。
「……やれやれ、技術の進歩は儂らには酷よ」
その男の手には、すでにメッセージが送信された通信魔道具が握られていた。




