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【全話執筆済】『孤独になった俺を、彼女は最後まで家族と呼んだ』  作者: ブヒ太郎


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第九話:汚された純情、あるいは嬉しかった反応

 フィオーネが管理総監室での報告を終え、中級居住区にあるレンガ造りの自宅へ帰還した時。


 彼女の目に飛び込んできたのは、予想だにしない光景だった。


「…………」


 玄関のすぐ脇。


 冷たい板張りの廊下の上に、ネロが力尽きたように突っ伏している。


 その傍らでは、鈍色の多脚機・モーディが器用にパワーアームで分厚い本を掴み、パタパタと団扇代わりにして主人の頭を扇いでいた。


『お帰りなさいませ、フィオーネ様! 見てくださいよぉ、マスターったら帰宅と同時にバッテリー残量がゼロになって、強制スリープモードに入っちゃったんですっ!』


「……ネロ、こんなところで何をしている。風邪を引くぞ」


 室内に響き渡る拡声モードの無邪気な電子音をよそに、フィオーネが呆れたように声をかける。


 するとネロは顔を床に伏せたまま、消え入りそうな声で応じた。


「……んぁ……。おかえり、フィオーネ……。もう、指一本動かせない……マジで無理……」


「……はぁ。お前の成長は喜ばしいが、加減を誤ったか。だが、せめて風呂に入ってから寝ろ。訓練後の汗臭い体で寝かせるわけにはいかん」


「もうちょっと、このまま……一時間、いや三時間くらい……」


「ならん。不潔だ」


 微塵も動こうとしないネロは、ほんの少し意地悪な気持ちになり、朦朧とする頭で冗談のつもりで軽口を叩いた。


「……そんなに言うならさ……フィオーネが俺を風呂に入れてくれよぉ……。髪も体も、全部洗ってくれたら入ってやるよ……」


『ピピピッ! マスター、大胆不敵な要求ですねぇ! これは世に言う、お姉様へのセクハラ逆転ホームランってやつですよぉ!』


 金属の脚をガシャガシャと鳴らして騒ぎ立てるモーディ。


 だが、フィオーネはその冗談を受け流すどころか、極めて真剣な表情で顎に手を当てた。


「……ふむ。その手があったか。ちょうどお前の肉体の成長度合いを、遮蔽物なしに観察したいと思っていたところだ。合理的だな」


「……は?」


 ネロが間抜けな声を上げる間も与えず、フィオーネは無造作にネロの首根っこを掴み上げた。


 諜報機関『ヴィクセド』の執行官として鍛え上げられた彼女の膂力にかかれば、疲労困憊の少年の身体など羽のように軽い。


『マスター、お達者でぇ〜! ボク、脱衣所でマスターの抜け殻の洗濯準備をして待ってますからねぇっ!』


「ちょっ、待て! 冗談だって! フィオ姉、ストップ! ちょちょちょっ――!」


 ネロの悲鳴も虚しく、脱衣所へと引きずり込まれた彼の衣服は、一切の無駄がない鮮やかな手口で瞬く間に剥ぎ取られていく。


「私とお前は家族だ。今更、何を恥ずかしがることがある」


「恥ずかしがることしかないだろ! っていうか、すべてにおいて恥ずかしいわっ!!」


 必死に逃げようと這いずるネロをひょいと捕まえ、フィオーネはそのまま湯気の立ち込めるバスルームへと彼を押し込んだ。


「……はぁ……。体、動かないって言ってるのに……」


 真っ赤な顔をして、濡れたタイルの床に座り込むネロ。


 震える手でなんとかスポンジを取ろうとしたが、それより先にフィオーネの白い手が横から伸びてきた。


「誰が自分で洗えと言った」


「……え」


 顔を上げたネロは絶句した。


 そこには、白磁のようになめらかな素肌と、しなやかな曲線美を惜しげもなく晒したフィオーネが、一糸纏わぬ姿で堂々と立っていたのだ。


「な、ななな、なんでいるんだよ!?」


「お前が風呂に入れてくれと言ったからだろう。約束は守る主義だ」


「言ったけど! なんでフィオーネまで脱いでるんだよ!?」


「お前だけを洗っていては非効率だろう。私もついでに済ませる。ほら、貸せ」


 そう言って、彼女はネロの手からスポンジを奪い取った。


「お前は黙って洗われていろ。……まずは頭からだな」


 フィオーネはネロの背後に回ると、たっぷりの泡で彼の黒髪を洗い始めた。


 必然、ネロの背中には、彼女の柔らかな体温と素肌の確かな重みが、これでもかというほどに密着してくる。


「フィオーネ! 当たってる! さっきから色々当たりまくってるって!!」


「何を気にしているんだ、お前は。……じっとしていろ」


「気にするわ! あんた、少しは恥じらいとかないのかよ!?」


「あるわけないだろう。私はお前の義姉だぞ。……ほら、次は首筋だ」


「なんでだよ! 理屈が通ってないだろ!」


 一切の疑念を持たない、極めて真面目な顔。


 フィオーネはネロの抗議などどこ吹く風で、手際よく彼の背中へと泡を伸ばしていく。


 背中に押し付けられる、柔らかで確かな熱。


 肉体的な極限の疲労と、年頃の少年としての羞恥心が臨界点を超え、ネロはもはや意識が遠のきそうだった。


「さて。では、こっちを向け。前を洗うぞ」


「……出来るかぁっ!!」


「やるんだ。お前なら出来る。……ほら、回れ」


「ふざけんなっ、絶対に嫌だ!」


「ハァ……。何をそこまで恥ずかしがっているんだか……」


 フィオーネは呆れたように溜息をつくと、強引にネロの肩を掴み、嫌がる彼の身体を無理やり正面へと向かせた。


「!?」


「…………」


 一瞬の静寂。


 そこには、不甲斐なくも「男」としての反応を隠しきれなかったネロの姿があった。


 フィオーネの冷徹な眼差しが、まるで未知の魔導兵器でも検分するような真剣さでそこへ注がれる。


「……大丈夫だ、ネロ。それは生理現象というやつだ。教科書にも書いてあっただろう?」


「そりゃ生理現象だろうよ!? でも見られるのは別の話だろ!」


「何を怒っている。そんなに隠したいものなのか?」


「そりゃ怒るわ! こんなもん、よりによってあんたに見られて!」


「ならば……平等に、お前も私を見ればいいじゃないか。ほら、隅々まで観察して構わんぞ」


 フィオーネはそう言って豊満な胸を張り、堂々と自身の肢体をネロの眼前に晒した。


「恥じらいぃぃぃぃぃ!!」


 叫びながらも、ネロの目はどうしようもなく釘付けになっていた。


 湯気に濡れた艶やかな黒髪、引き締まった腰つき、そして暴力的なまでの曲線美。


 当然、彼の理性が完全に吹き飛び、心臓が早鐘のように跳ね上がる。


「ふむ……そうなっているのだな。実物は初めて見たが、なかなかに興味深い構造だ」


「まじまじと観察するな! いいからさっさと洗えよ!」


「まあ、お前の反応は面白いが……あまり遊んでいると夕飯の準備が遅れるな。さっさと洗ってしまうぞ」


 その後、一切の抵抗を諦めて真っ白に燃え尽きたネロは文字通り隅々まで洗われ、最後にバシャッと湯船へと投げ込まれた。


「汚されちゃった……俺の純情……」


「別に汚してなどいないだろう。それにお前だって私の裸を隈なく見たんだ。お互い様だ」


 事も無げに言いながら、フィオーネは自身の体を洗い始める。


「堂々としてらっしゃることで……!!」


「……私はお前の義姉だ。堂々としていて当たり前だ。……だが」


 ふとシャワーの音が止まり、フィオーネが湯船のネロを振り返った。


 その表情には、普段の氷のような冷徹さはなく、どこか不器用に視線を彷徨わせている。


「……私に反応したのは、若干だが嬉しかったぞ」


「……フィオ姉、どこかで頭打った? 医者呼ぶか?」


「…………」


 ジト目で問い返すネロに対し、フィオーネは無言で不満げに視線を逸らした。


 人を寄せ付けない氷の『調停者』としての顔からは想像もつかない、あまりに年相応の女性らしい態度。


 そのギャップに、ネロは少しだけ毒気を抜かれて声を落とした。


「……あー、ごめん。……うん。綺麗だったよ。フィオーネの体」


「……そうか!」


 その瞬間、フィオーネの顔がパァっと明るく、花が咲いたような笑顔に変わった。


(……この人、やっぱりちょっと変わってるんだよなぁ)


 ネロは呆れつつも、自分に向けられたその無防備な笑顔に、地獄のような特訓の疲労が少しだけ癒えていくのを感じていた。


 やがて風呂から上がり、湯当たりでへたり込むネロを抱えて出てきたフィオーネ。


 その光景を脱衣所で待ち構えていたモーディが、モノアイをピコピコと高速明滅させて歓迎の声を上げる。


『わぁぁっ! なんという破廉恥……いえ、素晴らしいスキンシップの完了ですねぇ! これでお二人の愛のメモリーも、一気に容量オーバー確定ですよぉっ!』


「そんなわけあるか、破壊するぞポンコツ。さっさとネロに服を着せてやれ」


 フィオーネはぐったりとしたネロをモーディの展開したパワーアームへと預けると、濡れた黒髪をタオルで拭きながら、自室へと歩き出した。


「着替えたらすぐに夕飯の支度をする。お前は少し休んでいろ」


 バスタオルを一枚羽織っただけの無防備な背中が、パタンと扉の向こうへ消えていく。


『えへへ、良いもの見れましたねぇマスター! マスターの顔、茹で上がったタコみたいに真っ赤っかですよぉ!』


「……お前はいつも楽しそうだな、モーディ……。マジで、その余裕を少し分けてくれ……」


 ガチャガチャと金属の腕で器用にパジャマを着せられながら、ネロはその襟元を掴み、本日何度目かわからない深い深い溜息を吐くのだった。


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