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【全話執筆済】『孤独になった俺を、彼女は最後まで家族と呼んだ』  作者: ブヒ太郎


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第七話:タコ型ロボと恋の予感、あるいは姉さんの寄り道

モーディを受領したその日の帰り道。


 詰め込みすぎた知識で熱を持った頭を抱えながら、ネロは魔獣災害対策院(A.D.R.I.)の白亜の長い廊下を歩いていた。


 足元には、ガシャガシャと軽快な金属音を立てて、鈍色の多脚機――モーディが付いてきている。


「ぐぉぉ……はぁ……。肩凝ったわぁ……」


 ネロが大きく溜息をつくと、モーディのモノアイがピコピコと明滅した。


『お疲れ様ですよぉ、マスター! 慣れない座学で脳細胞が悲鳴を上げていますねぇ。肩周りの筋肉の硬直率が、通常の百五十パーセントを超えてますよぉ!』


 全員に聞こえる拡声モードで廊下に響き渡る無邪気な声に、ネロは苦笑して首を回す。


「……まあな。村じゃ土いじりか棒きれ振り回すくらいしか、やれることはなかったからな」


 ふと脳裏を過った故郷の景色。


 灰に沈んだ村の光景に、ネロの表情がわずかに陰る。


『……すいません、昔の辛い記憶を思い出させてしまったようですね。僕としたことが計算を間違えました』


「いいっていいって……ってか、お前機械なのに、そういう気遣い出来るんだな……」


『当たり前ですよぉ、僕を誰だと思ってるんですかぁ!? 技術局の最新AIを搭載してるんですよぉ……で、マスター。クラスに気になる女性とかいました?』


「……お前、唐突に聞くこと変わるな……いねぇよ別に」


『ボクの高感度センサーによれば、斜め後ろの席の女性がちらちらとマスターを見ておりました! これはもしかして、歳の差を超えた恋愛のヨ・カ・ン』


「んなわけないだろ。何考えてんだ、お前は……」


 対策院の新人研修に特別枠として混ざっているネロの周囲は、当然ながら年上の局員ばかりだ。


 十四歳の少年に向けられていた視線など、恋愛感情というよりは珍しいものを見る好奇心か、母性に近いものだっただろう。


 だが最新鋭のAIは、それを強引に「恋のサイン」と解釈してはしゃいでいるのだ。


 他愛ない――それでいて少しズレたお節介なやり取りを交わしながら、二人は情報分析局の執務区画へと足を進めた。


 丁度、重厚な扉を開けて執務室から出てきた黒髪の女性が、二人を見つけて足を止める。


「あっ! おーい! フィオ姉――!」


 ネロが大きく手を振ると、上級実務官であることを示すタイトなダークスーツを着こなしたフィオーネは、いつもの氷のような無表情をわずかに和らげた。


「むっ、ネロ。出迎えご苦労。……そこのポンコツも、主人の歩調にしっかり合わせられているようだな」


『あら、フィオーネ様。今日もマスターを見る目になんだか、義弟以上の何かを見てる気配が……』


「……ぶっ壊すぞ、ポンコツ」


『ひぇ?!』


 一瞬にして廊下の温度が氷点下まで下がった。


 フィオーネの瞳から感情の光が消え、物理的な重圧を伴う殺気が放たれる。


「……で、ネロ、今日は何が食べたい?」


 冷徹な視線を機械から外し、ネロに向けた瞬間に声の温度がわずかに上がる。


「んー……別に。フィオーネが作るものはなんでも旨いからなぁ。任せるよ」


「……そう言ってくれると作り甲斐があるな。よし、期待しておけ」


『観測しましたぁ! フィオーネ様の口角が〇・五ミリ上がりましたよぉ! わかりやすいですねぇ』


「……モーディ、お前はもうちょっと空気を読むことを覚えろよ」


 ネロが額を押さえる。


 案の定、フィオーネは握りしめた拳をギリッと鳴らし、底知れぬ凄みを帯びた声で宣告した。


「……おい、ポンコツ……腕を一本ずつ引きちぎられたいか?」


『うひゃぁぁぁぁぁぁあ!』


 致死レベルの殺気を浴びたモーディは、金属の脚をガシャガシャと激しく鳴らし、猛スピードでネロの背後へと逃げ込んだ。


「だから、空気読めって言ったのに……」


 ネロは呆れ顔でため息をつきながらも、賑やかな足音を響かせて帰路を辿る。


 しかしその途中、フィオーネが「第四訓練室」のプレートを掲げた重い気密扉の前で足を止めた。


「……すまない、ネロ。事務仕事で少し身体が凝り固まっている。軽く動かしたい気分なんだ。悪いが、先に帰っててくれないか?」


「ん……了解。あんまり無理すんなよ」


『ではマスター、ボクが先に帰って極上のディナーを調理しておきましょうかぁ?』


「……お前、料理も出来んのかよ……」


「……モーディ。その役目は私のものだ。余計な口出しをするな」


 フィオーネの周囲の空気が、再び重圧を伴って凍りついた。


 料理は彼女の特技であり、義弟に「家族」として与えられる数少ない愛情表現の手段だ。


 それを横取りしようとする機械の提案は、彼女の絶対的な逆鱗に触れるものだった。


 周囲の温度が物理的に下がるのを感じ、モーディはあっさりと引き下がった。


『ひぇっ! 了解ですぅ! ボクはマスターの護衛に専念しますよぉ!』


「……はいはい。じゃれてないで、いってらっしゃいな。俺はモーディと雑談でもしながら帰るよ」


『帰り道はボクがみっちり、女の子をドキドキさせるエスコート講座を開講してあげますねぇ!』


 ネロとモーディが角を曲がり、姿が見えなくなるのを見届けてから、フィオーネは小さく息を吐き、重い気密扉を開けた。


   †


 訓練室内では、数名の新人局員による模擬格闘が行われていた。


「これはフィオーネさん!? どうしたんですか、こんな所に」


 教育係が驚いて駆け寄る。


 フィオーネは静かにスーツの上着を脱ぎ捨て、タイトなワイシャツ姿になって告げた。


「すまない。事務仕事の帰りでね。少し身体を動かしたいんだ。誰か、一人借りてもいいかな?」


「……いいですけど、手加減してくださいよ?」


「ああ。恩に着る」


 フィオーネは薄手のタクティカルグローブを嵌め、対戦相手として名乗り出た新人と向かい合った。


「さて……では、いつでもいいぞ、新人」


 若さゆえの鋭い踏み込みと共に、新人が得意とする鋭いジャブを放ってきた。


 だが、対人戦において局内上位八位に食い込む『調停者』であるフィオーネは、足の位置を一ミリも変えず、最小限の上半身の体捌きだけでそれをあっさりと避けてみせる。


「!? マジかよ……」


「では、こちらからも攻めるぞ」


 フィオーネが同様のジャブを打ち返す。


 新人は必死に反応し、それを腕でガードした。


 それを確認したフィオーネは、直後、昨日ネロに対して行ったのと同じ軌道で、高速の三連打を繰り出した。


「ぐあっ!?」


 一発目こそ防いだものの、残りの二発が新人のボディと肩を的確に捉え、彼は堪えきれずに後退した。


「……ふむ」


「……何だよ、たった二発当てたくらいで調子に乗って! いくら上位陣だからって、舐めてんじゃねぇぞッ!」


 熱くなり、防御を疎かにして突っ込んでくる新人。


 フィオーネは意に介さず、全速力で身体を回転させた。


 独楽のような軌道を描き、極端な低姿勢からの後ろ回し蹴りが放たれる。


 新人の頭部に直撃するかに思われたその一撃は、接触の数ミリ手前で、空気を爆ぜさせてピタリと静止した。


「………!!?」


 顔面スレスレで止められた足と、回避すら許されなかった絶対的な死の状況に気づき、新人は言葉を失い恐怖で膝をついた。


「……ありがとう。もう充分だ。今年の新人の出来も、概ね把握できた」


 フィオーネは構えを解いてそう言うと、グローブを返し、上着を無造作に羽織った。


「……ありがとうございましたっ!」


 背後で新人が叫ぶ謝辞に片手を上げて応え、フィオーネは訓練室を後にした。


 しかし、家路を急ぐ彼女の表情は険しかった。


(今回の子は、決して出来が悪くはなかった。対策局の中でも十分に優秀な部類だ)


 ジャブの二発を防ぎ、最後の蹴りに反応できないのは、至極当然なのだ。


 本来、人間が対応できる限界を超えた速度なのだから。


 だというのに、あの十四歳の少年――ネロは。


 彼女の三連打をすべて弾き返し、あの中断不能な全速力の回し蹴りすら、完璧にガードしてみせたのだ。


「……あの子は一体、何だというのだ……」


 それは、ただの反射神経という言葉では説明できない。


 戦慄が、フィオーネの胸を掠めた。


 ダークスーツの袖を握る指先に、無意識に力が入る。


「……いかんな。何はどうあれ、今は私の可愛い義弟なのだ。……早く帰って、お腹いっぱい食べさせてやらねば」


 不吉な推論を振り払うように頭を振り、フィオーネは歩調を速めた。


 魔導照明マナ・ランプの暖かな光が灯り始め、夕闇に包まれ始めた聖都。


 彼女は愛しい帰るべき場所――二人の生活が待つレンガ造りの家へ向けて、急ぎ帰路を走るのだった。

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