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【全話執筆済】『孤独になった俺を、彼女は最後まで家族と呼んだ』  作者: ブヒ太郎


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第六話:毒舌な相棒と、重すぎる義姉

 翌日、ネロとフィオーネは再びガロ管理総監に呼び出されていた。


 中央塔の最上層。


 防音の施された重厚な扉を抜けた先にある管理総監室は、高い天井と広大な窓、そして抑制された意匠の調度品が並ぶ静謐な空間だ。


 その中央、巨大なマホガニーの執務机の奥に、190センチを超える屈強な体躯を濃紺のロングコートに包んだガロ・ヴァレンティが鎮座している。


 その傍らには、見慣れぬ先客がいた。


 汚れ一つない白衣の下に、仕立ての良い黒のビジネススーツを着こなした赤髪の青年。


 切り揃えられたシャープなボブカットに銀縁の眼鏡をかけ、その奥の知的なバイオレットの瞳が、入室してきたネロたちを興味深げに値踏みしている。


「フィオーネ君、どうかね? ネロ君の教育の進捗は」


「はい。今のところは何の問題も生じておりません」


 タイトなダークスーツを着こなしたフィオーネが軍人らしく短く応じると、ネロが一歩前に出て背筋を伸ばした。


「それで閣下、本日はどのようなご用向きで?」


「ふむ……」


 ガロは鋭い眼差しで、ネロの立ち振る舞いを観察するようにじっと見つめた。


 つい数週間前まで辺境の村で泥にまみれ、敬語すらまともに使えなかった少年の姿はそこにはない。


 喉の奥から発せられる落ち着いた声と、物怖じしない視線の安定感。


 その異常なまでの順応の早さに、ガロは内心で舌を巻いていた。


「……閣下?」


「……失礼した。レイン」


「はい。こんにちは、ネロくん。僕はレイン・リナルディ。魔導技術研究局の研究員さ。今日は、キミに渡したいものがあってね」


 飄々とした笑みを浮かべて名乗った彼は、対策院の頭脳たる技術局に所属する若き研究員だ。


 全ての事象を数値と効率で判断する徹底した合理主義者であるレインは、壁際に置かれていた五十センチほどの鉄の塊へ視線を向けた。


「……こいつさ」


 それは、複数の関節を持つ金属の脚を複雑に折りたたんだ、鈍色の小型多脚機。


 タコを機械化したような、どこか愛嬌と不気味さが同居するフォルムをしている。


「……なんですかこれ? もしかして、地下の廃棄場に粗大ゴミでも捨ててこいってやつですか?」


 ネロの率直すぎる感想に、機械が突突として駆動音を上げた。


『酷い! なんて子ですか!? 初対面の人にそんな事言うなんて非常識ですよ!』


「うわっ! 喋った!」


 金属的な鳴動と共に響いたのは、無機質な機械音ではなく、どこか無邪気で人懐っこい高い声だった。


 だが、音声出力は常に全員に聞こえる拡声モードに固定されており、部屋全体に反響するその明瞭で棘のある言葉のギャップに、ネロは思わずのけぞった。


「こいつは、自律思考型魔導補佐小型ロボット。コードネームは『モデレーター』。総監の発案で、僕が組んだロボットさ。可愛いだろ?」


「……なんでこいつを俺に?」


「私の計らいでね。この対策局には、キミと年齢が近い担当官もいなければ、現在のキミの保護者は女性だ。となると、年頃の男子特有の悩みを聞いてくれる者がいないと思ってね」


 ガロがそう言うと、隣に控えていたフィオーネが音もなく半歩前へ出た。


「閣下……恐れながら申し上げますが、ネロの悩みなら私が、性別を問わず『なんでも』聞くつもりです。たとえそれが男子特有の悩みであっても、全て受け止めます。義姉として」


 一切の表情を崩さず、祈りにも似た真剣な眼差しで言い切るフィオーネ。


 普段の他人に無関心な立ち振る舞いはそのままに、義弟にだけ向けられるその重すぎる愛情が、総監室の空気に奇妙な温度差を生み出していた。


「いや、フィオ姉怖いから! あと色々語弊がある言い方もやめて!」


『なんでも……ってどこまで聞いてくれるんでしょうねぇ? ネロくん。今度試してみます?』


「……むぅ……」


 空気を読まない機械の無邪気なからかいに、フィオーネは不満げに眉根を寄せた。


「……しかし、モデレーターねぇ。舌を噛みそうな名前だな。お前、何か呼び名とかないのか?」


「一応、試作機004って認識名はあったよ」


『酷いですっ! ボクを番号呼ばわりなんてっ!』


 レインの身も蓋もない言葉に、モーディは金属の脚をバタバタと鳴らし、モノアイを不満げに激しく点滅させた。


 無機質な番号で片付けられることへの、AIなりの必死な抗議だった。


「……じゃあ、モーディで」


「……モーディ。……可愛い名前だな」


 フィオーネが小さく頷き、同意する。


「昔、村にいた犬の名前を少し変えただけだよ」


『犬!? 犬ですか!? せめて好きだった子の名前ならまだしも、犬!?』


 慌てふためくような高い音声に、レインがにこやかに笑いながら歩み寄る。


「話はまとまったようだね。では、これを」


 彼がネロに手渡したのは、一冊の薄い書類だった。


「これは?」


「004……いや、モーディの説明書さ。よく読んでおくといい。きっとキミの助けになる」


「……ありがとうございます。ありがたく拝領します」


 ネロが丁寧に受け取ると、レインはわざとらしくフィオーネに視線を向けた。


「……ははっ! ネロ君は口調がちょっと堅苦しいねぇ。誰に似たんだか」


「……ネロの口調に何の問題がある、レインよ」


 フィオーネは、氷の楔を打ち込むような冷たい眼差しでレインを射抜いた。


「……ははは。キミも相変わらずだねぇ、フィオーネ」


「……フィオ姉、愛想、愛想……」


「……ふん」


 ネロが小声で宥めるが、フィオーネは不機嫌そうに顔を背けた。


 その様子を見届けてから、ガロが咳払いを一つし、話を本題に戻す。


「……話は済んだかね? フィオーネ君、キミには引き続き、ネロ君の教育を頼む。二年後にはアロンゾの部下として配属させる予定だ」


「……アロンゾ総括の下ですか」


「……どなたですか? アロンゾさんとは」


「一般市民の窓口として置いている情報分析部の主席総括官が彼だ。それは表向きの話で、私の直轄部隊と私がやり取りするための、橋渡し役のようなものだ」


「……表向きの、私の仕事の上司でもある」


 フィオーネの補足に、ネロは目を丸くした。


「へぇ……フィオーネって表でも働いてたのか。今度、働いてるフィオーネを見に行ってもいい?」


「……好きにすればいいが、別に面白いものでもないぞ」


「そうですよぉ、ネロ君。フィオーネが一般人相手だからって愛想笑いを振りまいてるなんて、あるわけないんですから。いつものその仏頂面ですよ」


 レインが調子に乗って口を挟むと、足元の多脚機がさらに追い打ちをかけた。


『僕のデータベースにあるフィオーネ様の表情パターンは「無表情」「殺意」の2種類のみです。愛想笑いできたんですかぁ?』


「……黙っていろレイン。その軽口が多い口を握りつぶすぞ。あと、ポンコツ。私を本気で怒らせたら最後、貴様はスクラップにして廃棄場送りだ」


『ひゃぅぅぅ、間違いないじゃないですかぁぁぁ』


 フィオーネから放たれた致死レベルの殺気に怯え、金属の脚を震わせる機械。


 険悪になりかけた空気を、ネロが笑ってとりなそうとする。


「……まぁまぁ。フィオーネは口はこんなだけど、優しい人だから大丈夫だよ。昨日は俺のためにパンケーキ焼いてくれたしな!」


 フィオーネの特技が料理であることを証明するような微笑ましいエピソードだったが、直後、室内に奇妙な沈黙が流れた。


「……ほぉ」


「……意外ですね」


 普段の他人に無関心な彼女を知るガロとレインが、それぞれ違う意味で驚いたような声を漏らす。


「……子供はそういうものが好きだと聞いた。だから作ったまでだ」


 フィオーネは普段の張り詰めた空気をわずかに崩し、耳朶を赤く染めて顔を伏せた。


「……うん、フィオーネは将来いいお嫁さんになれるよ!」


「……ありがとう」


 少年の素直な賞賛に、フィオーネが静かに照れる。


 しかし、そこへ再び無邪気な高い声が割り込んだ。


『確かに女性が男性と結婚したら「嫁」になりますけど……』


「……貰い手がいれば、の話ではあるんですがねぇ」


 肩を揺らして笑うレインとモーディに対し、フィオーネの周囲の空気が物理的な重圧を伴って完全に凍りついた。


 愛想がまるでない性格ゆえに、局内で男の影がないと噂されている彼女の逆鱗に触れたのだ。


「捻りつぶすぞ、貴様ら」


「ひぇ……そういうとこですよ」


『ぼぼぼ、僕はレイン研究員に言えって脅されてっ』


 殺気が頂点に達しようとした瞬間、ガロの低く重厚な声がその場を締め括った。


「さて、歓談はそれくらいにして、そろそろ仕事と訓練に戻りたまえ」


「「「はっ!」」」


 ネロ、フィオーネ、レインの三人が鮮やかな動作で敬礼し、管理総監室を辞する。


 モーディもまた、ガシャガシャと軽快な金属音を立ててネロの足元をついていった。


 扉が閉まり、一人残されたガロは、巨大な窓の外に広がる聖都の空を眺めた。


 その厳格な表情の端に、確かな手応えを感じたような、微かな笑みが浮かんでいた。

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