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『孤独になった俺を、彼女は最後まで家族と呼んだ』  作者: ブヒ太郎


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第五十八話:虚飾の姉と、捻じれた愛情の肯定

閉ざされた薄暗い王座の間。


極光色オーロラ・レッドの軌跡が、目で追えないほどの速度で空間を切り刻んでいた。


「……ッ!」


セリアの真紅の髪が、意思を持った幾本もの鞭や鋭い刃となって、全方位からフィオーネを襲う。


フィオーネは間一髪で赤熱する剣を振るい、迫り来る刃を弾き落としていく。


超高温の刀身と異常な熱を帯びた髪がぶつかるたび、激しい火花と焦げ臭い煙が暗い部屋に散る。


だが、人間の限界を超える速度の連撃を、完全に防ぎ切ることはできない。


純白のコートに無数の裂け目が刻まれ、その隙間から白い肌に赤い血が滲んでいく。


「……偽物の分際でよくぞまぁ、私の可愛い弟をたぶらかしてくれたもんだ……」


セリアは心底退屈そうに息を吐き、視線すら動かさずに指先で髪の刃を操り続けていた。


その圧倒的な余裕を前に、フィオーネは息を荒げながらも、剣を振り抜いて吠えた。


「……たぶらかす!? ふざけるなっ!! なら、なぜあの時、お前はネロの元から去った!!」


「……だーかーらー、あんときは私は私の人生を優先したんだって……前にも話したじゃん」


呆れたようなセリアの言葉を聞いた瞬間。


フィオーネの瞳に、激しい怒りの炎が宿った。


彼女は防御の体勢を崩し、迫る髪の束の一部を強引に溶かし斬ると、そのままセリアの懐へと爆発的に踏み込んだ。


「私があの場にもし居なかったら、ネロはっ!!!」


「!?」


心臓を狙う渾身の一撃。


だが、セリアは微塵も動揺することなく、首をわずかに傾けるだけの最小限の動きで、その切っ先をあっさりと躱した。


「……はっ……ネロネロネロって、煩い女だな……。もし、あんときネロが化け物になって死んでたら、そん時はそん時だろ……」


「……ッ!! お前はそれでもネロの姉かっ!!」


愛する者を「死んでたらそれまで」と切り捨てる言葉に、フィオーネの怒号が響く。


だが、セリアは冷たい瞳でフィオーネを見下ろした。


「……姉だよ。まごうことなき」


直後、セリアの髪が一段と速度を上げ、嵐のようにフィオーネを飲み込んだ。


フィオーネは剣の軌道を絞り込み、致命傷だけを避けていくが、太ももや頬に新たな血の線が次々と刻まれていく。


「……私が何故、お前を偽物と呼ぶか、わかる?」


「わかってたまるかっ!!」


息も絶え絶えに防ぐフィオーネに、セリアは残酷な事実を突きつけた。


「ネロの中の私のイメージは、幼少期の優しい姉さんのままだ。あれは仕方ない。……でも、いつしかお互い別の道に進んで、会話も必要最低限になる。それが本当の姉と弟だ……だが、お前はなんだ?」


「!?」


「……お前は、女としての恋愛感情と、家族愛をごっちゃ混ぜにしてんだよ。だから、偽物って言ったんだ」


図星を突かれたフィオーネの呼吸が、一瞬だけ止まる。


だが、彼女の瞳から、決して退かないという覚悟の光は消えなかった。


身体中から血を流しながらも、彼女は信じられない速度の攻撃に適応し、一歩も下がることなく剣を振るい続ける。


「……ッ!! だが、私はずっとネロの傍にいる!!」


「だから、それが気持ちわりいって言ってんのがわかんねぇのかっ!! 偽物がっ!!」


退屈そうだったセリアの顔が歪み、空気を塵に変えそうなほどの重たい殺気が膨れ上がった。


真紅の髪が太い一本の槍のように束ねられ、フィオーネの心臓を確実に貫くべく引かれる。


絶対の死が迫った、その時。


『でも、それでネロは救われました。貴女はしなかった』


セリアの背後。


完全に死角となっていた暗がりから、極めて冷静な電子音が響いた。


「蛸っ!?」


いつの間にか背後に回り込んでいた多脚機のモーディが、赤いレンズを冷酷に光らせていた。


そして、自律兵器としての本来の冷徹なシステム音声を起動させる。


『マナ・プレッシャー、規定値を突破。撃発機構パイルバンカーを起動──』


空気がひしゃげ、鈍色の機体から極大の鋼鉄の杭が音速で撃ち出された。


セリアは目を見開き、咄嗟に分厚い髪の束を盾にしてその暴威を受け止める。


凄まじい衝撃波が炸裂し、セリアの身体が後方へと大きく弾き飛ばされた。


「……ロボの分際で今、何言いやがった……」


セリアがギリッと奥歯を鳴らし、睨みつけるような視線を機械へ向ける。


『いえ、思った事を……。ネロは貴女の事を聖女のような女性と思い込んでるようですが、僕はとてもとても……よくいる……そう、どこにでもいる、少し我儘で自己の夢を追いかける……そんなどこにでもいる元人間……にしか見えません』


「……アハッ☆……それの何がいけないのぉ?」


『……そんな普通の人があの時のネロを救えたとでも? 姉とその婚約者にはいち早く見捨てられ……本来死んでいた彼を……ごくごく普通の貴女が救えたんでしょうかねぇ……?』


「……ぶっ壊されたいかポンコツッ!!」


セリアの瞳が、明確な怒りに染まる。


だが、モーディは金属の脚を床に固定し、一切のタイムラグなしに次の手順を展開した。


『エネルギー分配パターン:拡散。衝撃波による物理的均一化を開始──……完全更地化グラウンド・ゼロ


空間の熱が瞬時に奪い去られる。


それを皮膚で察知したセリアが、驚きの表情を浮かべてさらに距離を取った。


「……こいつ……報告には、段階踏まないと発動できないって……」


『……僕の本来の機能ですよ? あれはネロ向けに調整したものです。じゃないと腕がほんとに千切れちゃいますからね……。さてさて、どこまで話しましたっけ……? そうでした。普通の女性じゃ無理だって……そう、あの時のネロを救いたいなら、フィオーネ様くらい捻じれた愛情を持ってる方のほうがいいんですよ……なんせ普通の境遇じゃなかったですしね』


「……てめぇ……言わせておけば……」


『……フィオーネ様……ネロには申し訳ないですが、貴女をここで死なせる選択肢なんて僕にはないので、二人で協力して、あの方を倒して帰還しますよ』


機械が導き出した、いっそ清々しいまでのド正論。


自身の不器用で重すぎる愛情を正面から肯定されたフィオーネは、血の滲む唇の端をわずかに上げ、赤熱する剣を真っ直ぐに構え直した。


「……モーディ……お前……。わかった……!」


一人と一体の、共闘の構え。


それを見たセリアは、忌々しげに顔を歪めた。


「……雑魚どもが調子のりがって……」


セリアの体内で、ウイルスの力が限界を超えて高まる。


彼女の真紅の髪が、まるで溶岩のように紅く発色し、王座の間の空気をジリジリと焼き焦がし始めた。


真実の姉と、血の繋がらない義姉。


愛の形を問う凄絶な死闘の最終局面が、幕を開けた。


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