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【全話執筆済】『孤独になった俺を、彼女は最後まで家族と呼んだ』  作者: ブヒ太郎


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第五十三話:病室の誓いと、手放された鉄塊

アウレリア中央療養院、特別個室。


消毒液の冷たい匂いが漂う白い部屋で、シーツの下に横たわる岩のような巨体が微かに動いた。


「……よぉ……お前ら、無事だったか……」


全身に何重もの包帯を巻かれ、点滴の管に繋がれたカルロ・ルディーニが、ひどく掠れた声で重い目蓋を押し上げた。


ベッドの傍らには、無言で立ち尽くすネロとフィオーネ、そして床に金属の脚を投げ出して待機する多脚機のモーディの姿があった。


「……シオンは……あいつはどうしたよ?」


カルロの問いが、無機質な部屋に落ちる。


ネロは深く目を伏せたまま沈黙し、足元のモーディもまた、赤いカメラアイの光を薄暗く落として黙り込んだ。


その重苦しい静寂が、すべてを物語っていた。


「……ッ、おい!?」


信じがたい現実に、カルロが顔色を変えて強引に身を起こそうとする。

骨の軋む嫌な音が響いた。


「……ッ! 寝ていろカルロ!!」


フィオーネが即座に駆け寄り、その分厚い肩をベッドへと力強く押し留める。


「……嘘だろ……。あいつほどの男が……こうもあっさりと死ぬわけがねぇだろ……」


茫然と虚空を見つめるカルロに、フィオーネはひどく静かな、感情を押し殺した声で事実を告げた。


「……あっさり死んだわけではない。あいつは、第二部隊の総力と自らの命を引き換えに……セリアの髪刃の半分を、機能不全にして逝った」


「…………」


カルロは大きく深呼吸をし、ベッドのシーツを指が白くなるほどに強く握りしめた。


「……無駄死にじゃねぇってのなら……せめてもの救いだな……」


ギリッと、強い力で奥歯が鳴る。


「……だが……これから、静かになるな……」


「……そうだな……」


二人のベテラン執行官の間に、長年の戦友を喪った静かな喪失感が淀む。


だが、カルロはすぐに顔を上げ、第一部隊隊長としての獰猛な獣の瞳を取り戻した。


「あいつが遺してくれたものを、無駄にするわけにはいかねぇ。……おい、モーディ」


『ピピッ……言われなくても計測中ですぅ。シオンさんが奪い取ったあの髪刃の魔力波形から……あと二日もあれば、奴らのアジトの座標が完全に割れるかとっ!』


普段のおどけた調子を抑え、モーディが迅速に報告する。


「……へっ……待ってろよ。俺たち対策局に喧嘩売って、タダで済むわけねぇってことを証明してやる……」


カルロが殺意を含んだ獣のような笑みを浮かべる。


だが、その熱気を帯びた空気に、ネロが極めて冷静な、温度のない声を落とした。


「ルメンティアの最大戦力は、表向きは先生の隊だ。そして実態は、先生とシオンの第一、第二の混成隊。……それを束ねる隊長二名が、事実上戦線から消えた。ダルセも言っていた。今回の目的は果たしたと」


ネロは淡々と戦況の事実だけを並べる。


カルロはその言葉を聞き、怪訝に眉を寄せて問い返した。


「……確かに、俺は暫く戦線復帰できねぇ。シオンもいない。……だが、お前がいるだろう。それはやっこさんもよく分かってるはずだ。実際に『沈黙の灰』の組織をお前とフィオーネで潰して回ってる。それなのに、なぜ俺たちが第一目標にな……る……」


カルロの言葉が、途中でピタリと止まった。


その眼光が微かに見開かれ、ハッとしてネロの隣に立つ純白のコート――フィオーネへと向けられる。


「どうした!? カルロ、身体が痛むのか!?」


急に押し黙った彼を案じ、フィオーネが身を乗り出す。


カルロは苦々しく顔を歪め、重い声を絞り出した。


「……俺たちは、聖都の為なら命がけで戦えるし、死ねる。……だが……ネロは……」


「……!?」


フィオーネもまた、その言葉の真意に気づき、言葉を失った。


透き通るような白い頬から、スッと血の気が引いていく。

彼女は自らの震える指先を見つめながら、静かに、絶望的な事実を口にした。


「……私がいる限り、ネロは自由に動けない。……私を人質に取れば、それで詰みか……」


圧倒的な力を持つウイルスの適合者。

その唯一の『弱点』。


それが自分自身であるという残酷な真実。


ダルセたちがネロを後回しにして自分たちを強襲したのは、「いつでも詰ませられるネロ」よりも先に、周囲の厄介な戦力を削ぐためだったのだ。


その重い沈黙を切り裂いたのは、ネロだった。


「……それに関しては、考えがある。おい、モーディ」


ネロが視線を落す。


『はいはい? なんですかぁ、マスター』


「お前……明日から、フィオーネの護衛に回れ」


「…………!?」


フィオーネの瞳が、驚きに大きく見開かれた。


「……バカッ!! そしたら、お前はどうやって自分の身を護るんだっ!?」


モーディが変形する『対装甲戦棍』は、ネロの異常な力を乗せるための唯一にして最強の武器だ。


それを手放すということは、彼自身が丸腰で死地に赴くことに他ならない。


血相を変えて詰め寄る義姉を、ネロは穏やかな、けれど一切の揺るぎがない漆黒の瞳で見つめ返した。


「俺には今、ウイルスの力がある。それに……」


ネロは、彼女の目を真っ直ぐに射抜く。


「フィオーネ。……あんたが俺の目の届くところで無事で居てくれるから、俺は心置きなく、本気で戦えるんだ」


一切の誤魔化しもない、どこまでも純度の高い愛情と執着の宣言。


仲間を喪ったばかりの凍てつくような絶望の中で、ただ一つ、絶対に揺るがない強固な絆を突きつけられ、フィオーネは呼吸を忘れたように息を呑んだ。


「…………バカ」


フィオーネは強く結んだはずの唇をわなわなと震わせ、目尻に滲んだものを隠すように深く視線を床へと落とした。


そのやり取りを黙って見ていたカルロは、ふっと息を吐き、枕元に置かれていた私用端末を手に取った。


「……よぉ、レインか。ネロがフィオーネにモーディを預けるってんで、武器無しになっちまう。お前さんのところの『モデレーター試作機』の01から03で、今使えるやつはないか?」


カルロの問いに、スピーカー越しにレインの飄々とした、しかしどこか沈んだ声が返ってくる。


『……残念ながら。紅い髪の女が強襲してきた時に、僕の子たちも迎撃に行かせたんですが……力及ばず、全機破壊されちゃいまして』


「……チッ。詰みか……」


カルロが忌々しげに舌打ちをする。


だが。


『……モデレーター型はいませんけど。人型自律兵器に使わせる予定だった「重武装」なら、手元にありますよ? 要りますか?』


その言葉に、ネロが一歩前へ出た。


「……借りてもいいかな? レインさん」


『はいはい。じゃぁ、すぐに実戦投入できるように整備しておきますよ。いつ取りに来ます?』


「今すぐ」


『……まぁ、そうですよね。わかりました。使える状態にしてお待ちしています』


通信の向こうで、キーボードを叩く乾いた音が響く。


そして、レインはひどく静かなトーンで言葉を継いだ。


『……シオンの事……聞きましたよ。残念でしたね……。彼とは、数少ない友人だったのに……』


常に数値を重んじる合理主義者のレイン。


その声に滲んだ微かな震えに、フィオーネは目を伏せた。


「……あぁ……。クソ真面目のバカで……それで、自分の正義を不器用に掲げて……」


カルロもまた、天井を見上げて息を吐く。


「思い込んだら真っ直ぐ前進。こっちの言う事なんて聞きゃぁしねぇし、ネロん時みたいに一人で暴走するし……。でも、なげぇ付き合いだ……」


「……あのバカは、本当にただのバカだと思っていたが……」


フィオーネが、そっと自分の肩を抱く。


「……嫌いでは、なかったよ……」


『……そうですね。……今はこの辺りにしましょう。……なんだか、涙が出て来ちゃって』


レインの鼻をすする音が微かに聞こえ、通信は静かに切断された。


「……そうだな……。シオンの事は、この戦いが終わったら、また三人で酒でも飲みながらゆっくり話そう」


カルロが空気を切り替えるように、努めて明るい声を出した。


「……だな。じゃぁ、ネロの装備の事、頼んだぜ」


カルロが端末を置く。


そして、静かにネロを見上げた。


「……わりぃな、湿っぽくなっちまって。お前とシオンは前に派手に喧嘩してたから、分かんねぇと思うけどよ。……あいつとは同僚だからよ。……わりぃ奴では、なかったんだ」


弁解するように言う師匠に、ネロは静かに首を横に振った。


「……大丈夫です。今なら、分かりますから」


地下の検死室で、ベラの遺体を前に深く頭を下げたシオンの姿。

あの不器用な誠実さを、ネロは知っている。


ネロの静かな肯定に、カルロは安堵したように目を細めた。


「……そいつは、よかったよ」


「それじゃぁ、俺はレインさんに会ってくる」


ネロが踵を返し、病室の扉へと向かう。


すると、フィオーネがすぐさまその背中を追った。


「……私も行こう。ここに残されては、また湿っぽくなるから敵わん」


『……では、カルロ様。またお時間できたら会いに来ますねぇ』


モーディの電子音にも、普段の無邪気さとは違う微かな哀愁が漂っていた。


「……おう! わりぃが、俺はここで少し休ませてもらうからよ」


三人が病室を去り、重い扉がカチャリと閉まる。


一人残された白い病室。


カルロは、窓の外に広がる聖都ルメンティアの青い空を見上げた。


魔導照明の光とは違う、どこまでも澄み切った清浄な空。


「……シオン。お前が護りたかったこの街は、ちゃんと俺たちが護るからよ……」


包帯に巻かれた太い腕が、シーツの上で静かに握り込まれる。


「……今は、ゆっくり休めよ……」


岩のような巨漢の瞳から、一筋の静かな滴が零れ落ちる。


窓から差し込む光が、カルロの横顔をどこまでも優しく、そして哀しく照らし出していた。


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