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【全話執筆済】『孤独になった俺を、彼女は最後まで家族と呼んだ』  作者: ブヒ太郎


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第五十一話:静寂の頂点と、敗北の帰還

光の嵐が過ぎ去り、すべてが平らに削り取られた絶対的な静寂の中。

限界を迎えた漆黒の鉄塊が、ネロの右腕から剥がれ落ち、硬い音を立ててコンクリートの残骸に転がった。


広大な更地と化した地下空間の最深部で、立っている者はもういない。

膝から崩れ落ちたネロが、荒く短い呼吸を繰り返す。


「……ッ……!」


「ネロッ!!」


純白のコートを翻し、フィオーネが瓦礫を蹴って駆け寄る。

彼女は警戒のために背後をカバーしていたカルロを押し退けるほどの勢いで、ネロの身体を正面から強く抱き寄せた。


「大丈夫……だ……」


肺から血の匂いを滲ませながらも、ネロは自分を強く抱きしめるフィオーネの頬へと、震える指先をそっと伸ばす。


白い肌に触れた確かな体温が、理性を焼き切るほどの限界から彼の意識を人間側へと繋ぎ止めていた。


「……ネロッ……!」


フィオーネの冷たい氷の瞳から、堪えきれない安堵の涙が溢れ落ちる。


その傍らで、戦棍の形態を解いて元のタコ型へと戻ったモーディが、機体の各所から異常な高熱の白煙を噴き出していた。


『も……もう動けませーん……内部回路の温度が限界突破ですぅ……』


強制冷却モードへと移行し、金属の脚を投げ出して完全に沈黙する相棒。


その様子を見て、フィオーネは涙を拭い、わずかに口角を上げて微笑んだ。


「あぁ……お前も、よくやってくれたよ……」


「……ったく……なんちゅうもんを使ってんだ、お前は……」


カルロが半壊状態の巨大な斧を肩に担ぎ直し、ゆっくりと歩み寄ってくる。


周囲の惨状と、無茶な出力を放った弟子を見下ろすその顔には、呆れと確かな誇りが入り混じっていた。


「さて……とっとと奴らのアジトに繋がるものを探して、戻ろうぜ」


カルロがふっと大人の余裕を感じさせる笑みを浮かべ、帰還を促した、その時だった。


『……やばいッ!! やばいですッ!!』


冷却モードに入っていたはずのモーディが、赤いカメラの光をけたたましく点滅させ、パニックを起こしたような電子音を響かせた。


『僕としたことが……! さっきの攻撃の反動で、広域センサーが完全に死んでましたッ!!』


「な、何が来ているんだッ!! ……まさか、セリアか!?」


この限界の状況で敵の幹部が介入してくれば、全滅は避けられない。

フィオーネの背筋に冷たい汗が流れ、即座に腰の剣の柄に手をかける。


だが、機械が弾き出した答えは、さらに絶望的なものだった。


『ち、違います!! セリアさんよりもっと巨大な、異常な反応ですッ! こんなの……都市の壁を壊すような大型魔獣すら遥かに超えてきますッ!! 早く逃げましょう!!!』


しかし、遅かった。


「――逃げる? どこへ」


更地と化した広大な空間に、感情の温度が一切ない、冷え切った声が響き渡った。


現れたのは、短く刈り込まれた銀髪を後ろへ流した、見上げるほどの巨漢の男だった。


歩調を急ぐわけでもなく、ただ静かに歩を進めてくるだけ。

だというのに、その男が空間に存在するだけで、周囲の空気が見えない重しを乗せられたようにひしゃげていく。


『そ、そいつですぅぅぅぅ!! そいつから、およそ人間では信じられないほどの反応が計測されていますぅぅぅ!!』


モーディの絶叫を背に、フィオーネは即座にネロの腕を引いて自らの肩に担ぎ上げた。


「……走れるか? ネロ」


その横顔には、逃げ場のない死地を前にした、悲壮な覚悟が宿っていた。


自分が囮になり、少しでもネロを逃がすための時間を稼ぐ。

義弟と視線が交差した瞬間、ネロは彼女の思考を完全に読み取った。


「私が――」


「――ッざけんなッ!!」


フィオーネの言葉を、ネロが血を吐くような叫びで遮る。


「フィオーネが囮になるのなんて、断じて認めねぇ!! 言ったろ!! 俺はこの手を、絶対に離す気はねぇって!!」


「……ネロ……」


ネロはフィオーネの肩から強引に離れると、全身の骨が軋む身体に無理やり鞭を打ち、男の正面へと歩み出た。


「モーディッ!! 行けるか!?」


『む、無理ですよぉぉぉ! まだ冷却が終わっていませんし、何より無理やり動かすためのエネルギーが全く間に合いません!!』


武器すらない。


それでもネロは、限界を迎えていたはずの全身の筋肉へ、再びウイルスの力を強引に流し込んだ。


細胞を無理やり動かす代償として血管が弾け、黒シャツの下から多量の血が噴き出す。


「……ッ!! フィオーネは下がってろッ!!」


ネロが己の命を削って前に出ようとした、その時。


「……お前ら、下がってろ」


ネロの前に、巨大な背中が立ち塞がった。


カルロが、半壊した斧をドスッと肩に担ぎ直し、銀髪の男の眼前に立っていた。


「……わりぃが、俺の可愛い弟子は今、ちょっと試合終わりの休憩中でな。それが終わるまで、俺と遊んでくれるか?」


圧倒的な力の差など気にも留めない、獣のような獰猛な笑み。


「……殺す前に、名前を聞いておこうか」


「……あぁ、俺は魔獣災害対策局、特務第一部隊隊長、カルロ・ルディーニだ」


銀髪の男は、カルロの名を聞いて微かに口角を動かした。


「そうか……こんなところで、かの有名な男と会えるとは今日はついている。……俺はダルセ・ドラゴ。お前ら対策局が呼ぶ『沈黙の灰』のボスだ」


その巨体には、ネロたちのような異常な筋肉の膨らみも、不吉な『灰色の光』の明滅も一切なかった。


体内のウイルスを完全に支配下に置き、暴走の予兆すら微塵も感じさせない、ただの人間と寸分違わぬ静かな佇まい。


それがかえって、彼が「人間の枠」を完全に超えているという、底知れぬ異常さを際立たせていた。


ダルセは武器を抜くこともなく、ただだらりと両腕を下げたまま、静かに宣告した。


「では、さようなら」


空気が、弾けた。


カルロの長年の戦闘経験すら、全く反応できていなかった。


ダルセは視界から消えるほどの速度でカルロの懐へ滑り込むと、そのまま左の拳をカルロの顎めがけてカチ上げた。


「!!???」


岩のようなカルロの巨体が、いとも簡単に宙に浮く。


直後、追撃として放たれたダルセの右の回し蹴りが、カルロの頭を無慈悲に捉えた。


魔獣の皮を重ねた専用防具がひしゃげ、硬い骨が砕ける嫌な音が響き渡る。


「先生ッ!!!」


ネロの絶叫。


カルロの巨体は、数十メートル後方の瓦礫の山まで一直線に吹き飛ばされ、完全に動かなくなった。


「骨が砕けた感触があった。次がトドメだ」


ダルセは表情一つ変えず、カルロが吹き飛んだ方角へと静かに歩みを進める。


「てめぇ!!!!」


ネロが血を吐きながら、ウイルスの力で無理やり身体を動かそうとした、その時。


ダルセの胸元から、無機質な通信の電子音が鳴った。


「なんだ、アッシュ・クイーン」


足を止め、ダルセが応答する。


『やっほ〜、ダルセっち。そっちはどう〜?』


通信機越しに響く、ひどく聞き覚えのある、甘ったるい女の声。

セリアだ。


「いや、これからだ」


『キャハッ!! じゃぁ、私のほうが先に目標達成だねぇ』


「ほう……では……」


『ええ。対策局の片腕、シオン・エスポジトは排除したわぁ。なんかご褒美くれてもいいのよぉ?』


「……ッ!!」


フィオーネが両手で口を覆い、言葉を失う。

あのシオンが、負けたというのか。


「考えておこう……。では、私もアジトに戻る」


『はいはーい。どこにいるか知らないけど、気をつけてね〜』


通信が切れる。


ダルセはカルロへのトドメを取りやめ、ネロたちから急速に興味を失ったように背を向けた。


「どうやら、準備ができたようだ。お前らと遊ぶのもここまでにしよう」


「逃がすとでも思ってんのか……!!!」


ネロが怒鳴る。

それが強がりか、命を削る本心か。


だが、ダルセの背中から返ってきた言葉は、ネロの予想を裏切るものだった。


「アッシュ・クイーン……いや、セリアが、お前とその義姉に用があるから殺すなと言っていてな……。我々の計画に邪魔だったシオンとカルロを始末できた事で、今回の目標は達成だ」


淡々と告げるダルセ。


「先生が、あんな攻撃で死ぬはずねえだろ!!」


「だが、あれで当面は戦えまい。それで十分だ。生き死には関係ない、戦えるか戦えないかだ」


「……何考えてんだ、てめぇ!!!」


「お前に言う必要はあるまい」


ダルセは一切の感情を交えることなく言い捨てると、来た道を信じられない速度で戻り、瞬く間に地下空間から姿を消した。


残されたのは、血と破壊の痕跡だけ。


「先生ッ!!! 先生!!!」


ネロは激痛に耐えながら、瓦礫に埋もれたカルロの元へ駆け寄った。


だが、巨大な斧の傍らで倒れたカルロは、目を閉じたままピクリとも動かない。


「……ッ!!! 嫌だ!! 先生!!!!!!! 俺を置いてかないでくれよッ!!!」


最愛の姉の真実を知り、今度は師までも喪うのか。


ネロの絶望の叫びが、広大な地下空間に虚しく響く。


だが。


「……少しは寝かせろ……。うるせぇ弟子だな、全く……」


「……ッ!」


瓦礫の下から、苦痛に顔を歪めながらも、カルロが微かに片目を開いて息を吹き返した。


フィオーネは心底安堵の息を漏らしたが、瞬時に冷静な上官としての顔を取り戻し、周囲を見渡した。


「……戻ろう……シオンの奴が心配だ……」


「……あぁ」


ネロは深く頷く。


モーディがどうにか動力を再起動させ、金属の腕で気絶寸前のカルロの巨体を担ぎ上げる。


ネロはフィオーネの肩を借り、ボロボロの身体を引きずるようにして、出口に駐めてある軍用車へと向かった。


都市の裏側を支える二つの太い柱が折られた、最悪の帰還。


彼らは敗北の味を噛み締めながら、聖都ルメンティアへの重い帰路につくのだった。


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