第五十話:規格外の交錯と、すべてを白く染める光
地下空間の空気を丸ごと凍らせるような、冷え切った宣告。
ネロが右手に握りしめた漆黒の鉄塊――『対装甲戦棍』から、感情を持たない機械の音声が鳴り響いた。
『──対象の装甲組成を、”不要物”と再定義。撃発機構を起動──』
「オラァッ!!」
ネロが踏み込んだコンクリートが、爆発したように砕け散る。
ゼロ距離で空間がひしゃげ、音速を超えた太い鋼鉄の杭が撃ち出された。
「フンッ!!」
だが、マテオは厚さ三十センチの巨大な鉈を、真正面から盾のように構えた。
激突。
鼓膜が破れそうな轟音と共に、暗い空間に激しい火花が弾け飛ぶ。
鋼鉄の杭の圧倒的な貫通力と、ウイルスの力でパンパンに膨れ上がったネロの腕力。
それに真正面からぶつかり合い、あろうことかマテオは鉈一本と異常な筋力だけで、その破壊的な衝撃を完全に受け止めてみせたのだ。
「……軽いな」
マテオの顔に、苦しむ色は微塵もない。
ただ退屈そうに口の端を歪める。
「……バケモンがっ!」
ネロは即座にグリップを強くねじ込んだ。
『次弾装填……魔導回路01〜03、直列連結再確立』
内部の歯車が回り、次弾の装填が始まる。
だが。
「遅いッ!」
マテオの太い腕がブレた。
人知を超えた怪力から放たれる、分厚い鉈の横薙ぎ。
空気を物理的に叩き潰すような衝撃波が生まれ、凄まじい音と共に地下空間の土煙が爆発的に舞い上がった。
「ネロッ!!」
背後で、フィオーネが悲痛な叫びを上げる。
だが、土煙が薄れた奥。
ネロは吹き飛ばされてはいなかった。
横薙ぎにされた巨大な鉈の刃を、鉄塊の無骨な柄でギリギリと受け止めている。
靴底が石畳を深く削り、両腕の筋肉が限界の悲鳴を上げている。
『──対象の装甲組成を、”不要物”と再定義。撃発機構を起動──』
「もう一発ッ!!」
ネロは鉈を強引に押し返し、再び鉄塊の先端をマテオの巨体へ向けた。
「何度やろうがッ!」
マテオが再び鉈の腹を合わせ、その軌道を完全に潰そうとする。
だが、激突するその瞬間。
ネロの漆黒の瞳に宿る『灰色の光』が、不吉に、そして爆発的に輝きを増した。
『並列起動……計算式を省略。多重並列連結を強制確立』
冷たい機械音声が、ノイズ混じりに悲鳴を上げる。
『エネルギー分配パターン:拡散。──対象エリアを”不要な凹凸”と再定義』
「!!」
マテオの戦闘狂の瞳が、初めて驚きに見開かれた。
『完全更地化』
一点を貫くはずの杭の機構に、前方の空間すべてを更地にする衝撃波を強引に上乗せする。
回路が焼き切れることなどお構いなしの、むちゃくちゃな同時発動。
行き場を失った破壊の嵐は、前方のマテオだけでなく、それを放ったネロ自身をも容赦なく飲み込んだ。
「……うぉぉぉぉっ!!!!」
ネロの絶叫が、空間を粉砕する轟音に掻き消される。
爆発的な衝撃波が地下施設を薙ぎ払い、視界のすべてが完全に真っ白に塗り潰された。
* * *
荒れ狂う風が収まりかけた直後。
衝撃波の中心。
「……グッ……!」
自分の巨体すら揺るがす規格外の衝撃に、マテオが一瞬だけバランスを崩してよろめいた。
すぐにネロの姿を探そうと、土煙の中で片目を開く。
だが。
目の前にあったのは、コンクリートの床に深々と突き刺さり、青白い火花を散らす漆黒の鉄塊だけだった。
ネロの姿がない。
マテオの異常な反射神経が死角を探るよりも早く。
低い位置から、ネロの左足の回し蹴りがマテオの顔面を正確に捉えた。
硬い骨が軋む嫌な音。
痛みを感じないマテオだが、脳を激しく揺らされる物理的な衝撃によって、その巨体が大きく傾く。
視界がブレる中、マテオの目に映ったのは、先程の自爆にも等しい衝撃波のせいで、黒シャツをボロボロに引き裂かれたネロの姿だった。
手には、武器がない。
代わりにネロは、体内に眠るウイルスの熱と力を、自分の右腕一点に極限まで圧縮させていた。
異常に膨れ上がり、皮膚を破らんばかりに太くなった右腕。
「!!!」
無言の気迫。
武器すら持たない、自分の肉体という最も純粋なウイルスの力の結晶。
ネロ渾身の右ストレートが、マテオの分厚い腹の筋肉に深々と突き刺さった。
空間がひしゃげるような鈍い音。
あれほど重く動かなかったマテオの巨体が、床から完全に足を引き剥がされ、後方の壁へと大きく吹き飛ばされていった。
巨体が瓦礫を粉砕して転がる中、ネロは静かに歩み寄り、床に深々と突き刺さっていた鉄塊の柄を無造作に掴んで引き抜いた。
直後、武器の中から冷徹な機械音声が響き渡る。
『……ユーザー:ネロ・アトラスの肉体強度を再更新。……使用に耐えうると判断』
『……ターゲット照準完了』
ネロの右腕の筋肉が不気味に脈打ち、漆黒の瞳の奥で『灰色の光』が最高潮に達する。
『空間殲滅シーケンス、最終フェーズ移行。魔導回路01~10、全連結を開始』
鉄塊の内部で、これまでとは次元の違う重たい音が産声を上げた。
十本の回路すべてが強制的に繋ぎ合わされ、漆黒の鉄塊そのものが異常な高熱を帯びて真っ赤に焼けていく。
後方の瓦礫の中から、マテオが血を吐きながらも巨体を揺らして立ち上がった。
腹部にはネロの拳による深い凹みがあるが、痛みを感じない彼は獣のように顔を歪め、厚さ三十センチの巨大な鉈を構えて突進してくる。
「……旧人類の対魔獣の武器で、俺がどうにかなると思ってるのかッ!!」
マテオの重い踏み込みが地下空間を揺らす。
だが、ネロは迫り来る死の塊を前にしても、感情を完全に消した声で低く呟いた。
「……こいつは武器なんて優しいもんじゃねぇよ……」
『全回路、強制同期を確認。マナ・レゾナンス、臨界突破。……これより、半径30m圏内を”絶対排除領域”に設定します』
「兵器そのもんだ」
空気が、燃えた。
地下空間の酸素が根こそぎ奪われ、息すらできないほどの異常な圧力が、すべての方向へと膨れ上がっていく。
『不要事象の排除プロトコル、ロード。マスター・ネロの周囲に存在する全脅威の完全排除、ならびにこの場一帯の完全初期化を実行します』
「フィオーネッ!!」
その殺人的な熱の気配を肌で感じ取ったカルロが、一瞬の迷いもなく純白のコートの肩を強く引き寄せた。
自分の巨体で彼女を完全に覆い隠すようにして、その場に伏せさせる。
「ネロ!! そんなデタラメな出力を使えば、どうなるかっ!!」
カルロの腕の中から、フィオーネが血相を変えて叫ぶ。
だが、その悲痛な声すらも、極大に膨れ上がる熱の渦に完全に呑み込まれた。
『――全域灰燼化――起動』
爆発の中心に向かって飛び込んでいたマテオは、振り上げられた真っ赤な鉄塊の向こう側で極大に膨れ上がる圧倒的な熱と光を前に、初めてその両目を限界まで見開いた。
「!!!!!!」
痛覚の欠落した戦闘狂が、本能だけで理解した絶対的な『死』。
だが、その叫び声すらも音になることはなかった。
ネロが鉄塊を振り下ろす。
360度すべての方角へ向かって、地面を抉り取る無数の衝撃波と光の嵐が爆発的に放射された。
一瞬。
視界のすべてが、痛いほどの真っ白な光に完全に塗り潰される。
圧倒的な破壊の嵐が通り過ぎた後。
ひび割れた地下空間に残されていたのは、崩れる音すらも吸い込まれたかのような、完全な静寂だけだった。




