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『孤独になった俺を、彼女は最後まで家族と呼んだ』  作者: ブヒ太郎


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第四十九話:痛みの不在と、開演する第二幕

地下空間の空気を丸ごと押しつぶすような、絶対的な破壊の嵐が通り過ぎた。


ネロが下からえぐり上げるように放った『完全更地化グラウンド・ゼロ』の直撃。

ロッコが構えていた巨大な盾は、紙屑のように細かく砕け散った。


鋼鉄のように硬くしていたロッコ自身の皮膚にも無数のヒビが走り、彼は大量の血を撒き散らしながら後方の壁へと激しく叩きつけられる。


さらにその後ろにいたティトは、盾ごと空間を粉砕した爆発的な衝撃波に巻き込まれ、手足をあり得ない角度にねじ曲げられながら遥か彼方へと吹き飛ばされていった。


一瞬にして絶対の盾が破られ、部下の一人がボロ布のように消し飛んだ破壊の跡。


それを肌で感じ取ったマテオは、戦闘狂の眼差しにわずかな驚きを混ぜて背後を振り返ろうとした。


「……ッ! お前らッ!」


だが、その巨体が視線を逸らした一瞬の隙を、歴戦の第一部隊隊長が見逃すはずもなかった。


「お前さんの相手は、今、俺たちでしょうがッ!!」


カルロの背中のスラスターが爆発的な炎を吹き出し、超重量の戦斧『ギガント・ペイン』がマテオの横腹めがけて叩き込まれる。


「ちっッ!」


マテオは舌打ちと共に、異常に太い腕で瞬時に巨大ななたを引き戻し、斧の軌道へとその分厚い腹を滑り込ませた。


両者のすさまじい重さが激突し、暗い空間に激しい火花が散る。


二つの武器が完全に噛み合い、マテオの意識がカルロの戦斧へと縫い付けられた、その一瞬。


カルロの巨体の死角を縫うように、純白のコートを翻したフィオーネが、床スレスレの極端な低い姿勢から滑るように距離を詰めていた。


(獲ったッ!!)


彼女の握る赤熱したヒート・サーベルが、マテオの無防備な脇腹を下からえぐり斬る必殺の軌道を描く。


だが。


「弱者はすっこんでろッ!!!」


マテオは自分に向けられた刃を避けようともせず、空いていた左の素手を無造作に突き出し、赤熱する刀身を直接、力任せに握り込んだ。


「……ッ!?」


フィオーネの瞳が驚きに見開かれる。


マテオの手のひらの肉が極度の高熱で焼け焦げ、白い煙と共に鼻を突く嫌な臭いが広がる。

骨まで達するであろう致命的な火傷。


だが、マテオの顔には苦しむ表情はおろか、微塵の怯みすら浮かんでいない。


彼は熱剣の刀身を握り潰さんばかりの力で固定したまま、フィオーネの身体ごと、後方のコンクリートの壁めがけて軽々と投げ飛ばした。


「……ぐっ!!」


激しい勢いで地面を転がり、フィオーネは受け身を取りながらも苦しげな声を漏らす。


しかし、マテオがフィオーネを投げるために左半身の守りを捨てた、その隙。


カルロは戦斧の推進力をさらに一段階引き上げ、強引にマテオの鉈を押し退けて、その無防備な腹部へと強烈な一撃を叩き込んだ。


刃が厚い筋肉を深々と切り裂き、マテオの巨体が後方へと大きく弾き飛ばされる。


大量の血を撒き散らしながら床をバウンドしたマテオだったが、彼は倒れ込むことなく靴底で強引にブレーキをかけ、すぐさま態勢を立て直した。


彼は表情一つ変えず、黒焦げになった左手で自身の腹部から流れる血を乱暴に払い除ける。


「……お前……痛みがないのか……?」


カルロが油断なく戦斧を構え直し、鋭い眼差しで観察する。


深く斬り裂かれたはずのマテオの腹部。

そこから噴き出していた血はすでに止まり、断面から赤い肉が蠢いて、傷口を異常な速度で塞ぎ始めていた。


「だったらなんだ?」


マテオは首を鳴らし、平然と顎をしゃくる。


「厄介極まりねぇな……」


「安心しろ。痛みがないだけでダメージはある。死にもする。だが……お前らに、俺を殺せるだけの『火力』があれば……の話だがな?」


ウイルスの適合者特有の異常な再生能力と、痛みの欠落。


絶対的なタフさを誇示するマテオの挑発に、カルロはフッと、猛獣のような獰猛な笑みをこぼした。


「……そいつは、愉しめそうなこって……」


そのカルロの背後。


叩きつけられた壁際から、フィオーネがヒート・サーベルを杖代わりにして、静かに、だが確かな闘志を瞳に宿して立ち上がった。


「……よぉ。まだ動けるな……?」


カルロが肩越しに声をかけると、フィオーネは無言のまま、深く力強く頷いた。


息は乱れているが、その冷徹な『氷の調停者』の眼差しは、微塵も折れてはいない。


「んじゃぁ、第二幕の開始だ。……後ろの弟子ネロに、カッコ悪いとこ見せたくねぇからなぁ!!」


カルロの陽気な、それでいて絶対の信頼を寄せる号令。


それを合図に、フィオーネは純白のコートの裾を翻し、再び極限の低姿勢からマテオの死角へ向けて駆け出した。


「うおおおおおッ!!!」


気迫と共に迫る二人の特務員を前に、マテオは苦虫を噛み潰したかのように顔を歪め、分厚い鉈を構え直した。


「雑魚どもがッ……!!」


重さと速度、そして異常な再生力が交差する第二幕が、再び火花を散らして激突した。


* * *


重厚な刃が交錯する背後。


グラウンド・ゼロの暴威を浴びた壁際で、ロッコが血を吐きながら息も絶え絶えに立ち上がった。

手足がねじ曲がり動かなくなったティトの死骸を片目で見やり、ネロを恨めしげに睨みつける。


「……貴様……よくもティトを……」


「ティトだけではない……こいつはトビア達にも手を掛けた男だ」


そこへ、先程ネロに蹴り飛ばされたブルーノが、音もなくロッコの隣へと降り立った。


「……そうだったな……我らの『仲間』に手を掛けたこと、後悔させてやる」


絶対の盾を失ったロッコだが、その戦意は全く衰えていない。

彼の首筋から、全身の皮膚が再び鋼鉄のように黒く硬化していく。


「……俺はよ……綺麗ごと言うのは苦手なんだ……。確かに俺はお前らの味方に手を掛けた」


ネロは漆黒の戦棍を握り直し、ゆっくりと重心を落とす。


『広域空間制圧プロトコル、スタンバイ。魔導回路01~06、多重並列連結マルチ・パラレル・リンクを確立』


「だが、お前らもベラに手を掛けた。そして、今後俺の大事な人を手に掛ける可能性がある」


解剖台に横たわっていた同僚の姿。

そして、あの生体工房で見た、理性を奪われ実験体にされた者たちの姿が、ネロの脳裏を過る。


『エネルギー分配パターン:拡散ディフュージョン。──当該座標における物理的構造の固定を解除、地形維持プロトコルを強制遮断カットします』


「その理由だけで十分だ。俺がお前らを殺す理由なんて」


ネロの漆黒の瞳の奥で、純度の高い『灰光』が明滅し、周囲の空気が重圧を伴ってひしゃげていく。


殺気とも呼べる絶対的な威圧感を前に、ブルーノは残った一本の曲刀を強く握り直した。


「俺たちも善人ぶるつもりなんてない。お前が護る下等生物の生き死になど知った事か」


「……俺たちを始末しても、お前の知人は帰ってこないんだよ! お前はこれまで踏みつぶしてきた虫けらの数を覚えているかっ!!」


虫けら。


その非道な言葉を聞き、ネロは一切の怒りを見せることなく、ただ冷たく凄絶な笑みを浮かべた。


「……はっ!! お前ら、最期まで最高だよっ!! これで遠慮なくぶっ放せる!!」


『対象エリアの全事象を”不要な凹凸ノイズ”と再定義。衝撃波による物理的均一化を開始──完全更地化グラウンド・ゼロ


「おおおおおおおおッ!!!」


ブルーノとロッコが、死をも恐れぬ絶叫と共に正面から特攻をかける。


「……あばよ」


ネロは戦棍を振りかぶり、力任せに足元のコンクリートめがけて叩きつけた。


その瞬間。

前方十五メートルの空間に存在するすべての物質を粉砕する、絶対的な破壊の嵐が爆発的に広がる。


「……ッ!! 兄弟……!」


「あとは……」


何かを言い残そうとした二人の声は、鼓膜を破る轟音に完全に呑み込まれた。


爆発的な土煙が晴れた後、ブルーノとロッコの姿は、前方の空間から跡形もなく消え去っていた。


* * *


重低音が鳴り止んだ地下空間。


激闘を繰り広げていたマテオが、二人の気配が完全に消えた土煙の方角を片目で見やった。


「………逝ったか」


マテオの前方には、激戦の末に泥と血にまみれて倒れ伏したフィオーネと、半壊した戦斧を杖にして、辛うじて片膝をついているカルロの姿があった。


二人とも荒い息を吐き、すでに限界を超えている。


「……はぁッ! 待てよ……まだ、俺は戦えるぞ……ッ!」


「~~~ッ!!」


カルロが立ち上がろうとし、フィオーネが奥歯を噛み締めて剣を支えに身体を起こそうとする。


だが、マテオは二人から興味を失ったように視線を外した。


「……お前らの相手は、あいつを仕留めたあとにしてやる。そこで待っていろ」


マテオは巨躯を揺らし、土煙の奥から現れたネロへとゆっくりと歩みを進める。


「……ネロといったな。なぜ旧人類の味方をする? お前の姉はこちら側にいるというのに」


「……決まってんだろ。俺を引き取って護ってくれた人を、俺は護りたい。そんだけだ」


ネロの淀みない宣言。


彼に背後を庇われる形で、辛うじて身を起こしていたフィオーネの瞳が僅かに見開かれ、ネロをじっと見つめる。


「……なるほどな。惚れた女の為か……」


マテオは首を鳴らし、ネロの背後にいるフィオーネを冷ややかに見下ろした。


そして、その巨大な鉈を、音もなく上段へと構える。


「では、安心しろ。お前を殺したあとは、あの女も同じ所に送ってやる」


その言葉が、完全にネロの逆鱗に触れた。


黒シャツの下、右腕の筋肉がはち切れんばかりに膨れ上がり、ウイルスの力が全開放される。


『対単体・極大貫通プロトコル、ロード。魔導回路01〜03、直列連結シリアル・リンク確立』


『マナ・プレッシャー、規定値を突破』


殺意が限界を超えた漆黒の瞳で、ネロは巨大な鉈を構えるマテオを真っ直ぐに睨み据えた。


「……やってみろよ」


空間の熱を奪うような極低温の声が、静かに戦いの開始を告げた。


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