第四十七話:灰の精製所と、迎え撃つ処刑部隊
聖都ルメンティアから南方へ約五十キロ。
冷たい砂埃と白い灰が吹きすさぶ荒野に、巨大なコンクリートの残骸――放棄精製所『デッド・エンド』がそびえ立っていた。
ひび割れた外壁には太いケーブルが這わされ、不規則に青白い火花を散らしている。
消毒薬と獣が焦げたような酷い臭いが、冷たい風に乗って鼻腔を突いた。
入り口の重いハッチの前に、三つの影が立つ。
「……さて。行くぜ、野郎ども」
第一部隊隊長であるカルロが、背に負っていた巨大な斧をドスッと肩に担ぎ直し、薄暗い施設の内側を睨み据えた。
「あぁ」
ネロが短く応じる。
右腕にはすでに、多脚機・モーディが組み替わった漆黒の鉄塊――『対装甲戦棍』が直結され、低く重たい駆動音を漏らしている。
純白のコートを翻し、フィオーネも腰の剣の柄に手を当てて二人に続こうとした。
だが、暗い通路へ足を踏み入れようとした彼女は、不自然なほどの静けさに視線を巡らせ、前を歩く広い背中へ声をかけた。
「……いいのか、カルロ? お前の第一部隊の隊員も連れてこなくて」
最高火力を誇るはずの部下たちを一人も連れず、隊長が単騎で乗り込んでくる不自然さ。
カルロは振り返りもせず、気だるげに肩をすくめた。
「ん? 大所帯じゃ動きにくいしな」
「……本当にそれだけか……?」
フィオーネの鋭い追及に、カルロは歩みを止め、やれやれと首を横に振った。
「……鋭いな。……ちと、簡単に見つかりすぎると思ってな」
「……陽動か……」
ネロが低い声で呟く。
カルロは再び歩き出しながら、淡々と己の推測を口にした。
「あぁ……ここに対策局の主力を集めて一気に叩くか、あるいは手薄になった聖都に強襲をかけるか……俺が敵の頭ならどうするかを考えた結果だ」
「結論は……?」
ネロが問い返す。
「ここに奴らの『ボス』は居ねぇ。……だが、当然抜け殻でもねぇだろ。俺らが攻め入る間に、聖都になんらかのアクションがあるはずだ……」
その言葉に、フィオーネの歩みが一瞬止まった。
白磁のような顔が強張り、聖都の方角へとわずかに視線が流れる。
「……戻らなくていいのか?」
「何を仰いますか。シオンがいるだろ、聖都には〜」
カルロが陽気な声で笑い飛ばす。
だが、ネロは先日、大通りでシオンと打ち合った際の感触を思い出し、怪訝に眉をひそめた。
「あいつか……でも、あいつで平気なのか……? 俺に動きを見切られるようじゃ、灰の連中にはとても……」
「あら、やだ。ネロちゃんったら辛口……」
カルロは面白そうに片目をつぶると、声を一段低く落として斧の柄を軽く叩いた。
「でも、あいつは強いぞ。本来は専用の防具と、あの双剣を着けて戦うのが本領発揮だからな」
「……あんときは、手加減してたとでも?」
「防具までは上からの承認が降りなかったんだろ。街中での不審尋問だからな。……そんだけだ」
事も無げに告げる兄貴分の言葉に、ネロは小さく息を吐き、戦棍の重みを握り直した。
* * *
重苦しい空気の中、三人は施設のさらに奥へと足を踏み入れていく。
やがて、最深部を塞ぐ分厚い鉄扉の前に辿り着いた。
カルロが無造作にロックを叩き壊し、重い扉を蹴り開ける。
ひんやりとした空気が流れ込んでくる広い空間。
そして。
「……来たか……アッシュ・クイーンの予想通りだな」
薄暗い照明の下、四人の男が静かに待ち構えていた。
「……お前……」
ネロの視線が、四人の中の一人に縫い付けられる。
数日前、路地裏の暗闇から突如として襲いかかってきた、脚の筋肉が異常発達した双剣使いの男。
「……よぉ……トビアの仇……」
男――ブルーノが、ひび割れたような声で応じる。
その爛々と輝く瞳の奥には、友を殺された復讐の炎がどす黒く燃え盛っていた。
「マテオの旦那。……あいつは、俺がやる……」
ブルーノの殺気に満ちた直訴。
呼ばれた男――マテオは、カルロすら小さく見えるほどの圧倒的な巨体を揺らし、「ほぉ」と興味深そうに首を傾げた。
「……いいだろう……ロッコ、ティト。お前らはブルーノについてやれ。俺は……」
マテオの獣のような視線が、ネロの後方に立つ純白のコートへと向けられる。
「……そこの女をやる」
「……ッ!」
フィオーネが即座に熱剣を抜き放ち、刀身を赤熱させて構える。
だが、彼女が前に出るよりも早く、カルロがその巨大な背中をフィオーネの前に割り込ませた。
「おぉっと。この女に手を出したかったら、先に俺を倒してもらおうかぁ?」
カルロは戦斧を肩に担いだまま、獰猛な笑みをニヤリと深める。
「……後ろでじっとしてれば生きれたものを……」
マテオが背中に手を伸ばす。
引き抜かれたのは、剣や斧と呼ぶにはあまりにも異様な、厚さ三十センチを超える超重量の肉厚の鉈。
マテオは魔導補助も何もない、ただの硬く重い鉄の塊を、異常発達した筋力で片手で無造作に振り下げた。
ドゴッ!
床のコンクリートが、鉈の自重だけで無残にひび割れる。
痛みすら感じない戦闘狂の凄絶なプレッシャーを前に、フィオーネの額に微かな冷や汗が滲んだ。
一方、ネロの周囲には、ブルーノ、ロッコ、ティトの三人がじりじりと包囲の陣形を敷いていた。
「……俺が動きを止める。二人はその間に仕留めろ」
ロッコが低く重たい声で指示を出すと同時、彼の手にある身の丈を越える巨大な防盾が床に突き立てられる。
盾を支える彼の首筋の皮膚が、たちまち鋼鉄のように黒く硬化していく。
「……了解」
ティトが短く応じ、腕に装着された無骨な排気筒から、プシュゥゥと可燃性の危険なガスを微かに漏らし始めた。
「……安心しろ。お前を仕留めたら、あの二人もすぐ同じところに送ってやる」
ブルーノが極薄の特殊合金で打たれた一対の曲刀を抜き放つ。
刃が擦れるたびに、摩擦熱で灰のような火花が散る。
彼の脚の筋肉が、石畳を砕かんばかりに弾けそうに膨張していた。
三方向からの、一切の逃げ場のない完全な死地。
だが。
「……へぇ……」
ネロは包囲の中心でふっと肩の力を抜き、漆黒の瞳に獰猛な笑みを浮かべた。
「やれるもんなら、やってみろよぉッ!!!」
右手の戦棍から、空気を圧迫する重厚な駆動音が鳴り響く。
冷たい地下空間で、処刑武具を構えた化け物たちとの死闘の火蓋が、ついに切って落とされた。




