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【全話執筆済】『孤独になった俺を、彼女は最後まで家族と呼んだ』  作者: ブヒ太郎


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第三十九話:更地の咆哮と、死者からの返答

耳をつんざく爆音と衝撃波が、実験室を吹き荒れた後。


土煙が立ち込める中、ネロは戦棍を構えた体勢のまま、深く、長く息を吐き出して荒れた呼吸を整えていた。


ゼロ距離からのパイルバンカー第二撃。


適合者の異常な再生速度すら置き去りにする必殺の重さを叩き込まれたリクトは、十メートル以上後方の巨大な水槽をいくつもなぎ倒し、割れたガラスと紫色の液体の海に沈んでいた。


だが。


「いでででっ!!! 死ぬ死ぬ!!」


瓦礫の山から、とても致命傷を負ったとは思えない甲高い声が上がった。


紫色の水たまりから身を起こしたリクトの右腕は、肩から完全にちぎれ飛んでいる。


しかし、その血まみれの断面から、まるで別の生き物のように赤い肉がウネウネと這い出し、骨と神経を編み上げながら、瞬く間に新しい腕を作り出していく。


その気味の悪い光景を見ても、ネロは表情を全く動かさなかった。


ただ、黒い瞳の奥で揺れる『灰色の光』をさらに深く沈ませ、地を這うような低い声でポツリと呟く。


「……あぁ……殺す気でやったけど、まだ死んでなくて良かったよ」


それは安心した声ではない。


もっと苦しめて殺せるという、底知れない喜びが混ざった冷たい声だった。


「……アハッ☆ もしかして、人を殺しちゃったぁ?! とか思ってたのぉ? これだからガキは……」


「いや……」


リクトの言葉を遮るように、ネロは身体の奥底で脈打つウイルスの力を完全に解放した。


「この程度で死んでたら、姉さんの恨みも俺の恨みも、到底晴れそうにないんでなッ!」


バキィッ! と。


ネロの右腕の筋肉が風船のように膨れ上がり、黒シャツの袖が弾け飛ぶ。


彼は重たい漆黒の戦棍を、右手一本で水平に構えた。


『広域空間制圧プロトコル、スタンバイ。魔導回路01~06、多重並列連結マルチ・パラレル・リンクを確立』


無機質なシステム音声が響き、戦棍の内部で六本の回路が一斉に繋がる。


周囲の空気が極度に圧縮され、陽炎のように歪み始めた。


「……はっ……ははっ!! いいねぇいいねぇ!! 化け物ってのはそうでないとッ!!」


圧倒的な死の予兆を前にしても、リクトは嬉しそうに顔を歪める。


『エネルギー分配パターン:拡散ディフュージョン。──当該座標における物理的構造の固定を解除、地形維持プロトコルを強制遮断カットします』


「……まさか、この一撃で死んだりなんか……しねぇよなぁ?」


『対象エリアの全事象を”不要な凹凸ノイズ”と再定義……』


「……あ? ナマいってんじゃねぇぞ? クソガキが。まだ本気なんか出してねぇよ!!」


リクトが吠えた瞬間、彼女の白衣が内側から弾け飛んだ。


細い身体が急激に膨れ上がり、皮膚を突き破って分厚い装甲が全身を覆っていく。


白い肌はどす黒く変色し、頭からは獣のような角が生え揃う。


一瞬にして、彼女は「人の形をしたバケモノ」へと完全に姿を変えた。


「それなら……愉しめそうだッ!!」


『衝撃波による物理的均一化を開始──』


ネロは床の石畳を爆発的に蹴り砕き、一瞬でバケモノと化したリクトの目の前まで肉薄した。


完全更地化グラウンド・ゼロ


戦棍が水平に振り抜かれる。


音も、光も、空間そのものが消し飛んだ。


ネロの腕から放たれた目に見えない巨大な衝撃波が、前方の空間にあるすべてのものを文字通り粉々に砕き、ただの平らな土の地面へと変えていく。


「ごぶっ……!!!」


装甲ごと衝撃波をまともに受けたリクトの巨体が、血と紫色の体液を撒き散らしながら壁際まで吹き飛ばされる。


その無残にひしゃげたバケモノの顔を見下ろし、ネロの口角が冷たく吊り上がった。


「……ッ!! 女殴っておいて笑ってんじゃねぇよ!! 人でなしがぁぁぁ!!」


だが直後。


潰れたはずのリクトの太い腕が、死角からネロの身体を殴りつけた。


「ぐはッ……!」


人間の限界を超えた力。


ネロの身体が軽々と宙を舞い、コンクリートの柱をへし折って床を転がった。


「……ネロッ!!!」


後方で息を呑んでいたフィオーネが、純白のコートを翻して駆け寄ろうとする。


だが。


瓦礫に埋もれたネロは、口から溢れた血を無造作に拭うと、すぐさま立ち上がり、無言のまま再び漆黒の戦棍を構えた。


『魔導回路01~06を再起動、多重並列連結マルチ・パラレル・リンクを確立』


ネロの瞳には、もはや痛みへの反応すら存在しない。


ただひたすらに、目の前の命を消し去るという純粋な殺意だけが深く宿っていた。


「……ッ……! ふざけんなよッ! そんなデタラメな衝撃波、何発も撃てばテメェの腕がッ……!」


再生が追いつかず、全身から体液を垂れ流すリクトが、ネロの自滅すら気にしない狂気に初めて恐怖の声を上げた。


「黙ってろ」


『エネルギー分配パターン:拡散ディフュージョン。──当該座標における物理的構造の固定を解除、地形維持プロトコルを強制遮断カットします』


「……不完全な適応者の分際でッ……!」


『対象エリアの全事象を”不要な凹凸ノイズ”と再定義。衝撃波による物理的均一化を開始──』


「このあたしをッ!!」


「ッ!!」


完全更地化グラウンド・ゼロ


二発目の衝撃波が炸裂する。


鼓膜を突き破る轟音と共に、リクトの分厚い装甲が紙屑のように引き裂かれ、彼女の左半身が完全に吹き飛んだ。


「グブッ!!」


大量の血を吐き出しながらも、リクトは残った右腕を死に物狂いで振り回し、再びネロを弾き飛ばす。


「ネロッ!! もう充分だ!! もう私に任せて寝て……!」


悲痛な叫びを上げるフィオーネ。


彼女の目には、ネロの右腕の血管が限界を超えて破裂し、皮膚が赤黒く染まっているのがはっきりと見えていた。


これ以上あの武器を使えば、敵を殺す前にネロ自身の腕が内側から破裂してしまう。


だが、血塗れになったネロは、義姉の制止を無視して無言で三度立ち上がった。


『……魔導回路01~06を……再起動、多重並列連結マルチ・パラレル・リンク……を確立』


「モーディッ!!!」


主人の身体が壊れる前にシステムを止めろ。


フィオーネの命令に近い声が響く。


だが、多脚機・モーディのAIは、フィオーネの焦りを完璧に理解していながらも、冷酷なまでに主人の意志を優先し、システムを動かし続けた。


『エネルギー分配パターン:拡散ディフュージョン……──当該座標における物理的構造の固定を……解除……地形維持プロトコルを強制遮断カットします』


バチバチと、限界を迎えた戦棍から青白い火花が散る中。


ネロは、右半身だけになり、這いずるように後退するリクトへとゆっくりと歩み寄った。


「……てめぇ……あたしみたいな可愛い女の子にそんなことするなんて、まじでイカれて……」


『対象エリアの全事象を”不要な凹凸ノイズ”と再定義。衝撃波による物理的均一化を開始─』


這いずる異形の前で、ネロは歩みを止める。


見下ろすその黒い瞳は、もはや絶対零度に冷え切っていた。


「あ? ふざけんな……」


ネロは、血と体液にまみれた戦棍を、無慈悲に振り上げる。


「てめぇは、あの世で姉さんとベラに詫びてこい」


完全更地化グラウンド・ゼロ


至近距離からの、三度目の衝撃波。


命乞いの声すら掻き消し、残されたリクトの右半身は、細胞のひとかけらも残さずに完全に粉砕され、紫色の飛沫となって消え去った。


「…………」


すべてが終わった。


ネロは、小さな肉の欠片すら残っていない「更地」を静かに見届けると、糸が切れたようにガクリと膝をついた。


「……うッ……」


直後、内臓を力いっぱい絞り上げられるような激痛が襲い、ネロは床に血と胃液を激しく吐き出した。


無茶な力を連続で使ったことによる、肉体の完全な限界。


「……無事か!? すぐに病院に向かうぞ……!!!」


フィオーネが血相を変えて駆け寄り、純白のコートが汚れることも気にせず、ネロの崩れ落ちそうな身体を強く抱き留めた。


「……ハァ……ハァ……。大丈夫だ……」


荒い息を吐きながら、ネロは力なく微笑んだ。


「……それよりも……ベラ……姉さん……仇は、取ったよ……」


「……そうだな……そうだな……よくやったよネロ……」


自らの腕を壊してまで果たした、弟の悲しい復讐。


フィオーネは胸を締め付けられるような思いで、血と汗に塗れたネロの肩を、ひどく優しく抱きしめた。


ついに、長きにわたる呪縛が終わりを告げた。


誰もがそう思った、その時だった。


「――あたしは、誰にも殺されてないわよ? ネロ」


「…………え?」


鼓膜ではなく、頭の中に直接触れるような、静かな声。


ネロの全身の血液が、一瞬にして凍りついた。


ゆっくりと顔を上げる。


ネロが突入した時に蹴り飛ばした、潰れた鋼鉄の扉。


その残骸の上に、一人の女が立っていた。


燃えるような赤い長い髪。


灰色のマントを羽織り、極光色オーロラ・レッドの冷たい瞳で、倒れ込むネロを静かに見下ろしている。


四年前、ネロの目の前で首をはねられたはずの、この世で一番愛した相手――姉であるセリア本人の姿が、そこにあった。

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