第二十五話:灰の降る村、這い寄る異形
荒涼とした辺境の地を切り裂くように、重装甲の軍用車が土埃を上げて疾走していた。
魔導機関の低く重たい駆動音が車内に規則正しい振動を響かせる中、後部座席でスリープモードに入っていたはずの多脚機が、突如としてモノアイを明滅させて声をあげた。
『……それにしても、一体どこのどいつが犯人なんでしょうねぇ?』
「……お前、昨夜の話、ばっちり盗み聞きしてたのかよ……」
ハンドルを握りながら、ネロはバックミラー越しに鈍色の機械を呆れたように見やった。
昨夜、自室でフィオーネと交わした極秘の会話を、この最新鋭のAIはしっかりと記録していたらしい。
『えへへぇ、すいませーん! マスターがあんまり思い詰めてるから、ついマイクの感度を最大にしちゃいましたぁ!』
悪びれる様子のない無邪気な拡声音声に、ネロは深く息を吐き出して前方の荒野へと視線を戻す。
「……はぁ。で? 優秀なAI様は、何か掴めたのか?」
『んー……局内ネットワークの入退室履歴を洗ってみたんですけどぉ、ぶっちゃけ全員怪しく見えちゃうんですよねぇ……』
「……だろうな。局内にスパイがいるなんて、俺だって誰も信じられなくなりそうだ……」
地下の検死室で見た、同僚の無残な肉塊。
局内の誰かが、ネロの秘密を裏の組織へと流した。その疑念が、ネロの胸の奥にどす黒い靄をかけていた。
助手席では、純白の防護外套『白百合』に身を包んだフィオーネが、スッと通った鼻筋の先に指を当て、静かに口を開いた。
「……シオンの直情的な性格を把握し、裏で情報を流せる者……私、カルロ、ガロ総監……」
「それにアロンゾ主席と、技術局のレインさんか。……この中で、一番スパイと繋がりがありそうなのは……」
『……案外、シオンさん自身が全部仕組んだマッチポンプだったりしてぇ?』
「……だとしたら、絶対に許さねぇ……」
白昼の大通り。
冷徹な青髪の執行官が、自身の背後にいた最も大切な家族へと一切の躊躇いなく双剣を振り下ろしてきた光景がフラッシュバックする。
ネロはギリッと奥歯を噛み鳴らし、ハンドルを握る手に指の骨が白くなるほどの力を込めた。
助手席のフィオーネは、殺気を滲ませる義弟の横顔へと静かに視線を向けた。
「……私を想って怒ってくれるのはありがたいが、感情に呑まれて視野を狭めるな、ネロ」
静かな、けれど射抜くような真っ直ぐな瞳。
ネロは横目で彼女の顔を見つめ返した。
「……ははっ、フィオーネには敵わないな」
フィオーネはそんなネロを見て、微かに口角を上げる。
「……当然だ。私はお前の義姉だからな」
だが、二人の間に流れた束の間の穏やかな空気を、後部座席の機械が容赦なくぶち壊した。
『そりゃあもう! なんてったって、マスターの「俺のモン」ですからねっ!』
「おいバカ!? モーディ、お前それ以上言うなッ!!」
ネロが狼狽して声を荒げると、フィオーネは僅かに耳朶を朱に染めながら、わざとらしく前方のフロントガラスへと顔を向けた。
「……危ないぞネロ。前を見て運転しろ。……いちいち動揺しすぎだ」
『やーれやれ……マスターのヘタレ具合には、ボクのAI回路も呆れ果てちゃいますよぉ』
「……うるせぇよ、ポンコツ」
ガシャガシャと脚を鳴らしてとぼける相棒との他愛ない雑談。
重く沈みかけていた車内の空気をかき混ぜ、微かに気持ちを落ち着けつつ、ネロたちは目的地である辺境の村へと到着した。
装甲車を止め、重い鉄の扉を開けて降り立つ。
咽返るような鉄錆と血の匂いが、肌を刺す冷たい風と共に吹き抜ける。
空からは、季節外れの雪のような白い灰が絶え間なく降り注ぎ、焼け落ちた家屋の残骸をすっぽりと覆い隠していた。
フィオーネは無言のまま、腰に提げた魔核熱剣の柄にそっと手を当てる。
「……ネロ。いいか、もしこの先で私たちに近づく『モノ』がいたとしても、まずはそいつが『人間』であるかを疑え」
「……あぁ、分かってる」
ネロの脳裏に、四年前の凄惨な記憶が蘇る。
血が飛び散るはずなのに、赤だけが欠落して見えたあの光景。
手から抜け落ちていく姉の重たい質量。
そして、世界の全てを置き去りにするような異常な解像度で焼き付いている、あの紅い剣閃。
村の入口付近を見渡せば、かつて見知った顔だったかもしれない村人たちの変異した亡骸が、白い灰に埋もれるようにして散見された。
『……うわぁ……死の灰に沈む村……まさにこの世の地獄ってやつですねぇ……』
「…そうだな」
「………」
『こんな劣悪な環境で、当時14歳だったマスターが生き残り、しかもウイルスに適応できただなんて……確率論から言っても、奇跡としか言いようがありませんよぉ』
「……無駄口はその辺にしておけ。行くぞ」
フィオーネの短く張り詰めた声を合図に、一人と一体、そして一人は灰の積もる村の奥へと足を踏み入れた。
歩みを進めるごとに、周囲の惨状は色濃くなっていく。
ひび割れた地面や崩れた壁の隙間には、魔獣ウイルスによって内側から崩壊したと思われる村人たちの亡骸が、何十人と転がっていた。
「……まずは生存者の捜索だ。……最悪誰も居なかったとしても、何か手がかりになるサンプルだけでも回収しないと……」
ネロはフィオーネとモーディを伴い、灰の路地を深く進んでいく。
暫く村の中を探索した時だった。
崩れた石壁の影。
異形化した村人の亡骸の近くに、三人の男女が静かに鎮座しているのを発見した。
「……生き残りって風体じゃ……ないよな。ただの野盗か……?」
ネロが身を低くして警戒したのは、彼らが纏っている装備の異質さゆえだった。
村人や野盗が手に入れられるような代物ではない、魔獣の外殻を加工した分厚い生体セラミック装甲。
それが、不自然なほどの高い精度で彼らの身体を覆っている。
「……モーディ、念のため確認するが、対策局以外の治安維持部隊という可能性は?」
『ピピッ……該当データなしですぅ。猟兵ギルド(ハンター)の連中でも、あんなに質の高い装甲は持ってませんよぉ』
「……そうか。……なら、遠慮はいらないな」
ネロはゆっくりと物陰から立ち上がり、冷たく静まり返った廃村に響き渡る大声で警告を発した。
「動くな! 魔獣災害対策局だ! お前たち、こんな辺境の廃村で一体何をしている!!」
「「「・・・」」」
呼びかけに対し、三人の男女は立ち上がりこそしたものの、ネロたちの方を見ようともしない。
彼らは焦点の合わない目で地面を見つめたまま、何かをぶつぶつと異常な早口で呟き合っている。
「……おい、聞いてるのか!!! 武器を捨てて地面に這いつくばれ! お前たちを不審尋問で拘束する!!」
ネロの二度目の怒号。
その直後、三人の視線がギョロリと機械的にネロたちへと向き、各々が腰の得物を無言のまま構えた。
言葉による意志疎通を完全に拒絶する、殺意だけの連鎖。
「……チッ、言葉は通じねぇか! モーディッ!」
ネロが叫ぶより早く、足元に控えていた多脚機が空中に跳ね上がった。
『──疑似人格モジュール、凍結します。対話プロトコルを破棄』
おどけた高い声がノイズと共に完全に途切れ、感情の温度を一切感じさせない、冷徹な機械音声へと切り替わる。
無機質な駆動音と共にタコ型のフレームが解体され、複数の魔導回路が直結していく。
『アーキコード・アクセス承認。形態再構築──対装甲戦棍』
空中で再構築された身の丈ほどもある無骨な大質量の鉄塊が、ネロの差し出した右腕へと完璧な精度で吸い込まれた。
『対象の物理的粉砕、および完全な蹂躙を推奨します』
ずしりと沈み込む絶望的な重さを構え、ネロは重心を深く落とす。
「フィオーネは下がってろ!! 俺がやる!!」
ネロが義姉を背後へ庇うように前に出た、その瞬間。
三人のうちの二人――分厚い装甲を纏った巨漢の男と、四つん這いで犬のように姿勢を低くした女が、灰を爆発的に蹴り上げながら、一切の感情を持たない異形の獣のごとき速度でネロの眼窩めがけて突進してきた。




