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【全話執筆済】『孤独になった俺を、彼女は最後まで家族と呼んだ』  作者: ブヒ太郎


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第十八話:曖昧な記憶と、初めての約束

午後の柔らかな陽光が降り注ぐ、大通りから一本裏に入った静かなカフェテリア。


先日、緊急の出動指令によってゆっくりと食事ができなかったテラス席に、ネロとフィオーネ、そして足元に控える多脚機・モーディの姿があった。


運ばれてきたのは、二人分のおすすめランチと温かいローズティー。


ネロは早速、こんがりと焼かれた極厚のローストビーフサンドを両手で掴み、豪快に頬張って満足げに目を細めた。


「やっぱ、ここのローストビーフサンドうめぇな」


『でしょぉ、さすが僕の検索能力! 褒めてくれてもいいんだよ、マスタァ?』


鼻高々にモノアイを光らせて金属の脚を鳴らすモーディ。


そんな一人と一体の他愛ないやり取りをBGMに、ダークスーツに身を包んだフィオーネは、静かにローズティーのカップを傾けていた。


「………」


「どうした? フィオ姉、ぼーっとして」


口の端についたソースを拭いながら、ネロが不思議そうに首を傾げる。


『マスターの寝相が悪くて昨日は寝れなかったんじゃないですかぁ?』


「いや、大きくなったな。と思ってな」


カチャリ、とティーカップをソーサーに置き、フィオーネはネロの逞しい肩幅と、引き締まった首筋に目を向けた。


「…なんだよ、やぶからぼうに…」


「お前を引き取った時は私よりずいぶん背も低かったし、力も無かったのに。今や逆になってしまったな、と思ってな」


四年前。


すべてを失い彼女の腕の中で泣き濡れていた小さな少年は、今や自分を背に庇って戦うほどの青年に成長した。


その事実に、義姉としての誇らしさと、どこか遠くへ行ってしまうような一抹の寂しさが入り混じった、微かな吐息が漏れる。


『…フィオーネ様がそんな事をいうなんて…』


「………なんだよ、昨日の事でも気にしてるのか?」


先日、地下での大型魔獣との死闘。


強大な敵を前に、彼女はネロを護るどころか、その背後に庇われることしかできなかった。


ネロは、彼女がその事実を静かに引きずっていることを察していた。


「…お前を一生護ると誓ったというのに、私はただお前に…」


自嘲気味に目を伏せる彼女の言葉を、ネロは真っ直ぐな声で遮った。


「…俺はさ、フィオーネを護れて嬉しいと思ってるよ。四年前…セリア姉さんを…家族を護れなかった…でも、今の俺は違う。俺は家族を…フィオーネを護れて嬉しいんだよ」


そこに少年の弱さは微塵もない。


愛する者を護り抜くという、確固たる戦士の意志だけがあった。


「…ネロ」


その頼もしい言葉に、フィオーネは氷のような表情を和らげ、頬を微かに朱に染めて目を細めた。


二人の間に、日だまりのような温かく穏やかな空気が流れる。


『計測……もうここの空間の温度、異様に上がってませんか!? 聞いてるこっちも恥ずかしいったらないですよぉ』


「折角の良い雰囲気に水を差すとは、さすがの度胸だなポンコツ」


野暮な茶化しを入れる機械を、フィオーネが絶対零度の眼差しで睨みつける。


『ひぇぇっ』


と縮こまる相棒と、ムキになる義姉の微笑ましいやり取り。


だが、その穏やかな日常の光景を前にしながら、ネロの意識だけは一人、深く冷たい泥の底へと沈みかけていた。


(…最近、セリア姉さんを殺された時の記憶が、酷く曖昧だ……。姉さんを殺したやつの顔を…ぼやけてしか思い出せない……あいつは…本当に笑っていたんだろうか…?)


魔導兵装の極大負荷による、ウイルスの活性化。


その侵食は、己の理性を削り取るだけでなく、復讐の原動力であったはずの『一番大切な記憶』すらも喰い潰そうとしているのではないか。


得体の知れない焦燥感が、ネロの背筋に冷たい汗を滲ませた。


「…ネロ? どうした? 顔色が悪いぞ…何か考え事か?」


「…ん? いや、そんな事はないよ」


ハッとして顔を上げたネロの微細な強張りを、四年の付き合いがある義姉の目はごまかせなかった。


「…本当か?」


射抜くような真っ直ぐな視線。


それを逸らすため、ネロは咄嗟に、ありもしない適当な嘘を口走ってしまった。


「………いや、実は女性を今度映画に誘おうかと考えてたんだけど、俺、エスコートの経験値が皆無だろ? どうやったら玉砕せずに済むか、脳内で必死にシミュレーションしてたんだよ」


『…マスタァ…よりによって、フィオーネ様の前でそんな事を言うなんて…』


モーディが絶望的な電子音を漏らす。


その直後、テラス席を包んでいた柔らかな空気が、物理的な冷気を伴って一気に凍りついた。


フィオーネの表情から、先程までの温かな色が急速に抜け落ちる。


愛する弟が自分以外の「別の女」と出かけるという事実に、彼女は露骨に肩を落とし、手元のカップを見つめて酷く寂しそうな顔で視線を伏せた。


「………はぁ…いいだろう……お前もそういう年頃なのはわかっていた…」


「……なんだよ、全部お見通しかよ…よし、ならちょっと今予約取っちゃうか」


動揺と嫉妬を隠しきれない義姉の不器用な反応を前に、ネロは小さく笑いを噛み殺し、私用端末を取り出して手早く画面を操作し始めた。


「……お前…少しは私に配慮というものをだな…」


「…え? サプライズのほうが良かったか?」


「…何がだ? 意中の女性と一緒に遊びに行きましたとサプライズ報告でもする気か…」


限界を迎えたフィオーネが、眉根を寄せて睨みつけてくる。


「…いや、意中の女性って、流石にそれは…」


「…話が少し噛み合わんな。お前…その映画の連れって…いや、流石に…」


ようやく会話の矛盾に気づいたらしいフィオーネが、ハッとして目を丸くした。


ネロはニヤリといたずらっぽく笑い、先程から不機嫌そうに眉間にシワを寄せている彼女を真っ直ぐに見つめ返した。


「…今、俺の目の前で、この世の終わりみたいな渋い顔をしてる人なんだけど」


『僕は最初からわかっていましたよ』


「…ま、そういうわけだから、次の休みの予定、あけておいてよ」


ネロが端末の予約完了画面を見せて告げる。


事態を完全に理解したフィオーネの白磁のような顔が、みるみるうちに首筋から耳の裏まで真っ赤に茹で上がった。


「………了解…」


完全に一本取られ、恥ずかしそうに下を向いて口ごもる氷の上官。


『まぁ、マスターがフィオーネ様を意識しちゃうのもわかりますよぉ、なんてったって看病とは言え、一晩を共に…』


「…おい、ポンコツ」


致死レベルの殺気が、足元の機械へ物理的な重圧となって降り注ぐ。


『…僕は箱です…僕はただの箱です…』


「…よろしい」


ピタリと沈黙したモーディを確認し、フィオーネはなんとか咳払いをして態勢を立て直そうとした。


こうして、ネロの咄嗟の嘘から、思わぬ形で義姉との休日の映画デートの約束が成立してしまったのだった。


聖都の穏やかな喧騒を眺めながら、ネロは頬杖をついて楽しげに呟いた。


「…フィオーネがどんな服装で来るのか楽しみだな」


職場ではタイトなダークスーツ、任務では真っ白なコートなど、普段は男物や色気を隠す服ばかり着ている彼女の、完全な『私服』の姿。


「………なんだ、その期待した顔は…ったく…」


フィオーネはそっぽを向いて不機嫌そうに悪態をついた。


だが、そのテーブルの下。


彼女は自身の端末を開き、ものすごい指の速度で女性向けのショッピングサイトを血眼になってスクロールさせていることを、ネロはしっかりと気づいていた。


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