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『孤独になった俺を、彼女は最後まで家族と呼んだ』  作者: ブヒ太郎


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第十二話:護るための前衛と、地下に咲く紅い残滓

 聖都の華やかさとは無縁の、湿り気と鉄錆の匂いが充満する地下空間。


 都市を循環したエネルギーの残り滓を処理する施設の最深部。


 ひび割れた分厚い鉄扉の前に、二つの人影と一体の多脚機が立っていた。


 すでにフィオーネは、戦闘用の装備への換装を終えている。


 汚れ一つない純白のロングコート――専用の防護外套『白百合ジリオ・ビアンコ』。


 その下には硬質なコルセットが密着し、彼女の女性らしいしなやかなラインを無駄なく覆い隠している。


 右手には、抜身の魔核熱剣ヒート・サーベルが握られていた。


「俺が前衛を務める。フィオーネは後衛でサポートをしてくれ」


 ネロが重厚な扉のハンドルに手をかけながら告げる。


 フィオーネは即座に眉を寄せ、鋭い視線を向けた。


「馬鹿を言うな。弟に護られる姉がこの世界のどこにいる。後衛はお前だ、ネロ」


「……俺はもう、誰かを護れずに立ち尽くすだけの子供じゃない。それに、男が女を護るのは普通のことだろ」


 振り返ったネロの漆黒の瞳に、かつて辺境の村で絶望に泣き濡れていた少年の弱さは微塵もなかった。


 しなやかな筋肉を秘めたその広い背中と、静かで真っ直ぐな視線の重み。


 それを正面から受け止めたフィオーネは、ふっと肩の力を抜き、小さく息を吐いた。


「……ったく。勝手にするがいい。ならば私は、お前の背後と不意打ちに備える」


『了解です、マスター! ボクの高感度センサーで、暗闇に隠れたいや〜な敵の体温も逃さずキャッチしちゃいますからねっ!』


 モーディがガシャガシャと金属の脚を鳴らし、器用に跳躍してネロの肩に飛び乗る。


 ネロが軋む鉄扉を押し開くと、光の届かない冷え切った地下水路が巨大な口を開けていた。


「……カビ臭いな。それに、嫌なマナの匂いがする」


 ネロが鼻を啜りながら暗がりを進むと、フィオーネが壁にこびりついた赤黒い汚れを見渡しながら答えた。


「仕方あるまい。ここは廃棄処理場ができる前、数十年前には取り壊されるはずだった旧水路だ。公式な地図からは消されている」


『正確には四十二年前から放置されてるんですよぉ。今じゃ、ルメンティアの市民に見られたら不味いモノをこっそり運ぶための、闇のバイパスってわけですっ!』


「見られたら不味いモノ、か。……ネズミが入り込むには丁度いい場所だな」


 カチン、と。


 フィオーネが手元のスイッチを押し込むと、魔核熱剣の刀身が超高温を帯びて赤熱化し、暗い水路を禍々しい紅蓮の光で照らし出した。


 その時、通路の奥から生暖かい風が吹き抜けた。


「ネロ、直に処理場の境界だ。何がいてもおかしくない。準備を――」


「待って。……あそこに、誰かいる」


 ネロの言葉に、フィオーネが即座に赤熱する剣を構える。


 水路のどん詰まり。


 淀んだ水面の上に、一人の女性が佇んでいた。


 異様だった。


 光のない地下空間において、彼女の背まで伸びた真紅のロングヘアーが、まるで先端が熱を帯びているかのように微かに揺らめいて、不自然に宙へ浮き上がっている。


 灰色のマントの下に黒いボディスーツを纏ったその姿から、周囲の空気を塵に変えるような絶対的な威圧感が放たれていた。


「なぜこんなところに民間人が……。おい、そこの君!」


「おーい! お嬢さん、迷子ですかぁー? ここは危ないですよ!」


 ネロは敵意がないことを示すため、あえて日常の軽い口調で声をかけた。


 しかし直後、肩にいるモーディのモノアイが、けたたましく赤光を点滅させた。


『マスター、警告です! 目の前の女性、バイタル反応が計測限界を突破して急上昇してますよぉ! 心拍数がバグってます、これ、もう『人間』の枠で計算しちゃダメなやつですってばぁ!』


 警告音が鳴り響く中、俯いていた謎の女性がゆっくりと顔を上げた。


「……そう。……あんたは……見つけたのね。……そう……残念……」


 ぼそぼそと消え入るような呟き。


 だというのに、その声音は地下水道の反響を完全に無視し、直接鼓膜の奥底に触れるように響き渡った。


「……あんた、何を言ってるんだ?」


 女性が顔を上げる。


 その冷徹な極光色オーロラ・レッドの瞳が、ネロを真っ直ぐに射抜いた。


 そこに慈悲や憎悪といった感情の揺らぎはなく、ただ底なしの空虚だけが広がっている。


「……殺しなさい」


 その無機質な呟きを合図に、女性の背後の闇が物理的に膨れ上がった。


 姿を現したのは、変異が臨界点に達した大型の魔獣。


 肥大化した筋肉によって肉体が不自然にねじれ、分厚い皮膚を突き破って、結晶化した巨大な魔核が背中から棘のように幾本も生え出している。


 グォォォォォォッ!!


 空間を震わせる咆哮と共に、猛獣の全身が紫がかった灰光に包まれ、強制的な変異プロセスが瞬く間に完遂された。


「……あり得ない。変異のプロセスを人為的にコントロールしているというのか……!?」


 フィオーネが驚愕に目を見開く中、ネロが叫んだ。


「ちっ……! 何者なんだあんたはっ!」


 問いかけに女性は一切の言葉を返さず、ただ冷ややかに薄く微笑むと、人間離れした速度で滑るように後退し、漆黒の闇の中へと忽然と姿を消した。


「逃がすか! ……いや、まずはこいつが先か! モーディ!!」


 迫り来る巨大な絶望を前に、ネロの怒号が響く。


 それに応え、肩にいた多脚機が宙へ跳ねた。


『──疑似人格モジュール、凍結スリープします。対話プロトコルを破棄』


 おどけた高い声がノイズと共に完全に途切れ、感情の温度を一切感じさせない、冷徹な機械音声へと切り替わる。


『アーキコード・アクセス承認。形態再構築リビルド──対装甲戦棍グレート・メイス


 空中でタコ型のフレームが複雑な金属音を立てて解体され、複数の魔導回路が直結していく。


 重厚な駆動音と共に組み替わった漆黒の鉄塊は、ネロの差し出した右腕へと完璧な精度で吸い込まれた。


『対象の物理的粉砕、および完全な蹂躙を推奨します』


 次の瞬間、ネロの右手に握り締められていたのは、身の丈ほどもある無骨な大質量兵装――一・五メートルの『対装甲戦棍』。


 迫りくる巨大な魔獣を前に、ネロは日常の温度を宿した好青年の表情を瞬時に削ぎ落とし、血と灰に塗れた冷徹な執行官の眼差しで、絶望的な重さの重棍を構えた。

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