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【全話執筆済】『孤独になった俺を、彼女は最後まで家族と呼んだ』  作者: ブヒ太郎


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第十一話:からかい上手の弟と、テラス席の茹でダコ義姉さん

 魔導車両マナ・トラムが滑るように行き交う大通りの喧騒から一本裏に入った、静かなカフェテリア。


 白い石造りの壁面に陽光が降り注ぐテラス席で、ネロとフィオーネ、そして足元に控える鈍色の小型多脚機・モーディは、束の間の休息を楽しんでいた。


「……お前が、これほど洒落た店に詳しいとはな。意外だ」


 ダークスーツ姿のまま、運ばれてきたハーブティーの香りに目を細めてフィオーネが呟く。


 対面に座るネロは、椅子の背もたれに深く身体を預け、どこか得意げに笑ってみせた。


「いやぁ、せっかくの昼飯だしさ。『女性ウケ間違いなしの、最高に雰囲気のいいお店をピックアップしてくれ』ってモーディにお願いしたんだ。そしたらここを教えてくれてさ」


『えへへぇ! マスターから「女の子を連れていって、パァ〜ッて喜んでもらえるお店を大至急探して!」ってリクエストをいただいたんですよぉ。ボクの演算能力をフル回転させて見つけ出した、とっておきの隠れ家なんですっ!』


 足元でモーディがガシャガシャと脚を鳴らし、モノアイをクルクルと回して補足する。


 その無邪気な電子音が響いた瞬間、ティーカップを口元へ運んでいたフィオーネの手が、空中でピタリと止まった。


「……ほう。その話を詳しく聞かせてもらおうか。義姉として、義弟の交友関係は一ミリ残らず把握しておきたいからな」


「詳しくって言われてもさ、別に聞いても面白くないと思うけど……。あ、すいませーん! 今日のおすすめランチ、二つお願いします!」


『あ! ボクの分も注文してくださいよぉ! オイルのおかわり、期待してもいいですかぁ?』


「……お前は機械だろ。気分だけにしとけ」


 ネロがウェイターに注文を告げ、騒ぐモーディを軽く足先であしらう。


 カチャリ、と。


 フィオーネがソーサーにカップを置く硬質な音が響いた。


 それと同時に、テラス席を包んでいた穏やかな陽だまりの空気が、急激に冷え込んでいく。


 彼女はテーブルの下で両の拳を硬く握りしめ、人を射殺すような鋭い眼差しを義弟へと突き刺した。


「面白くなくとも聞いておきたい。……一体、どこの誰をこんな洒落た店に連れてこようと思ったんだ? ……あぁ?」


 声のトーンは低く、もはや尋問に近い。


 テーブルの下で彼女の拳がギリギリと鳴り、微かな殺気がドロドロと漏れ出している。


 ネロはわざとらしく視線を逸らし、気づかないふりをして言葉を続けた。


「……そりゃあ、せっかくの休みなんだから、麗しの女性をエスコートしたいと思うのは男のさがですよ」


「……ほう。一体どこのどんな女で、どんな仕事をしてる奴だ? まさかさっきのアリアか? それとも他の誰かか? 義姉として、徹底的に洗わせてもらう」


「……もう、そりゃあ綺麗な人でさ。俺とは裸を見合う仲……っていうか、隅々まで知り尽くしている間柄で。普段はお堅い仕事をしてて、ちょっと無愛想だけど本当は優しい人で……」


 ネロが楽しげに指を折りながら特徴を挙げるたび、フィオーネの放つ重圧が物理的な質量を伴って場を制圧していく。


 握りしめられた拳は白く変色し、今にも大理石のテーブルを粉砕しそうなほどに震えていた。


「ほう……お前の素肌を見る仲で、普段は真面目に働いてる奴とな。……ほう……ほぉぉぉぉぉ~~~~〜〜〜〜ん?」


『マスター、マスター! フィオーネ様の瞳孔が完全に戦闘モードになってますよぉっ! これ以上からかうのは、物理的なスクラップへの最短ルートを爆走しているのと同じですってばぁ!』


「……まあ、そうだな。さてフィオ姉、今の条件に当てはまる人、誰だと思う?」


「……それは私が今、聞いているっ!」


 フィオーネが限界を迎え、怒声と共に身を乗り出そうとした瞬間。


 ネロはニヤリといたずらっぽく笑い、彼女の冷徹な瞳を真っ直ぐに見据え返した。


「ヒントあげちゃうよ。――今、俺の目の前に座ってる人」


「………………っ!?」


 一瞬の静寂。


 ネロの言葉の意味に理解が追いついた途端、フィオーネの白磁のような肌が、首筋から耳の裏までみるみるうちに沸騰したように赤く染まった。


 殺気を孕んでいた双眸が見開かれ、彼女は持っていたフォークを危うくテーブルの下へ落としそうになる。


「わりぃ。フィオーネってからかうと反応が面白いから、ついな」


「……っ、……くっ……あまり、私をからかうのはやめろ。心臓に悪い……」


 フィオーネは恨めしそうにネロを睨みつけながらも、完全に茹でダコとなった顔を隠すように深く俯き、運ばれてきた極厚のローストビーフサンドを無言で口に運び始めた。


「……ま、喜んでもらえたみたいで良かったよ」


 ネロは満足げに微笑み、自分もフォークを手に取る。


 二人の間には、先程までの殺伐とした空気が嘘のような、穏やかで柔らかな時間が流れていた。


 だが、平穏は唐突に打ち切られる。


 食事が終わった直後、フィオーネの懐に忍ばせていた暗号通信端末が、無機質な振動を伝えた。


「今は休憩中だろぉ? 本当に仕事熱心だなぁ、上官殿は」


「……私とて、お前との貴重な時間にまで仕事を持ち込むつもりはない。だが……今回は緊急だ」


 顔を上げたフィオーネの表情から、先程までの年相応の羞恥が完全に消え失せていた。


 そこにあるのは、血と泥に塗れた任務をこなす執行官の冷徹な横顔だ。


「緊急?」


「ああ。ルカ調律官からの暗号通信だ。……近隣の地下、第零廃棄処理場付近で異常な生体バイタルを検知。信じられないが、都市内部に魔獣が侵入した可能性が高い」


 直属の上司からの異常事態を告げる通信に、テラス席の空気が一気に張り詰める。


『緊急指令、受領しましたぁ! アロンゾ主席総括官からはすでに「地下第四書庫の至急整理」という名目で、お二人の午後のアリバイ工作が通達されていますよぉ。さすがは主席総括官、手回しが早いですねぇっ!』


 一般職員に向けた完璧な裏回しの完了を、モーディが電子音を弾ませて報告する。


 ネロもまた、平穏な日常に馴染んだ青年の顔をスッと消し去り、都市の暗部で刃を振るう漆黒の瞳を宿した。


「……仕方ないか。フィオーネ、武装は?」


「今、デポに連絡して移送させてる。現場はここから徒歩三十分だ。――行くぞ、ネロ」


「了解」


 二人は冷めた紅茶を残したまま席を立ち、足早に日向のカフェテリアを後にする。


 向かう先は、血と灰の匂いが立ち込める都市の深層だった。


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