俺くんは国際交流委員44「グレーの瞳のエリス」
もうすぐ、朝のホームルームという時間。
教室の前方のドアが開き、見知らぬ外人の女子が入ってきた。
うちの学校の制服を着ている。
教室にいたみんなは、驚くと同時に、彼女の歩みを見守った。
「すげーカッケー」
「身長たけー」
「こんな子、うちの高校にいたっけ?」
「ちょっと怖いけど、美人だ」
さっそくクラスの男子による品評が小声で始まった。
「男の子みたい」
「私、結構タイプかも」
女子による謎の批評も始まっていた。
シルバーグレーの短髪。
思慮深さと、少しの憂いを含んだ、男性的な顔つき。
グレーの瞳にキリッとした眉があらわす強い意志。
誰だろう?
初めて見る子だ。
その子が、俺の方に向かってまっすぐ歩いて来る。
なになに?
俺に用?
ギリシャ彫刻を思わせる鼻筋を持つ、哲学的な顔つきをした女性。
まだコドモの俺は少し怖くなり、思わず周りを見回した。
しかし、助けの綱のアロハと委員長がいない。
なんでこういう大事な時にいないかなー。
ホント困るんだけど。
そうして彼女は、座っている俺の前に立った。
俺は思わず気後れし、体を後ろに引いた。
「あなたが俺くん?」(英語)
そうだと告げると、彼女は続けた。
「私はエリス。ドイツから短期留学で来た。今日からよろしく」
事情がよく理解できないまま、俺は、彼女が差し出した手と握手をした。
ちょっとぶっきらぼうだけど、とてもきれいな英語の発音だ。
でも、なんで俺にあいさつするの?
俺の不思議顔を見て、彼女は言った。
「私のクラスはここになる。担任が言った。『留学生の担当は、慣れている「俺くん」になる。それに、英語が堪能な委員長や、留学生のアロハもいる』」
俺「俺があなたの担当?」
エリス「そう。私は日本の文化を学ぶために留学してきた。よろしく」と再び握手を求める。
俺は彼女と握手しながら、大きくてしっかりした手のひらの持ち主だなと思う一方、これは大変なことになったと思った。
今の俺は、アロハのお世話で手一杯だ。
しっかりしているエリスの担当は、委員長でいいのでは?
後に担任に聞いたところによると、こういうことのようだった。
アロハは、独り立ちできるくらいの日本語力になってきている。
俺はアロハの世話で、留学生には慣れている。
だから、俺をアロハ係から外し、エリスのサポート役にする。
以上の判断を、学校側はしたのだそうだ。
俺はとりあえず笑顔を彼女に向けて、「こちらこそ、よろしく」とあいさつした。
すると、彼女はそれまでとは違い、やわらかな表情になった。
笑うと少し目じりが下がり、親しみやすさが増す。
さっきまではきっと緊張していたのだろう。
この時俺は、アロハと初めて出会った頃のことを思い出していた。
この子もこれから、思いもよらぬ様々な困難に直面するかもしれない。
でも、日本で楽しい思い出を作って、故郷に帰ってほしい。
そのためにできることがあれば、サポートしてあげたい。
俺はそんなことを考えていた。
不思議なもので、その親しみのある表情によって、彼女に寄り添う気持ちが生まれた。
それまでの威厳のあるたたずまいとは違って、彼女が急に目じりを下げて笑ったので、そのギャップにドキッとしたのだ。
ギャップ萌えは卑怯だ。
このニヤケた顔を見られたら、アロハと委員長に何と言われるかわからない。
想像するだに恐ろしい。
俺は急いで自分のふやけ顔をもとに戻そうとした。
俺の危惧が現実になりました。
こういう悪い予感は、なぜ当たるのでしょう?
俺の肩が後ろから「トントン」と叩かれました。
いつの間にかアロハと委員長が、後ろに立っています。
女子って、どうしてこういう時に限って、足音を立てないの?
気配を消して人の後ろに付くなんて、あなた方はヒットマンか?
俺は、後ろにいるふたりの表情を恐るおそる盗み見た。
怒ってます。
なぜか、腹を立ててます。
俺は何か悪いことをしましたか?
(はい、しました。一瞬でも、エリスに心を奪われました。けど言えません。言ったら〇が待っています)
エリスはというと、また緊張を含んだ表情に戻っている。
つやのあるシルバーグレーの髪が、朝日を受けて透き通るように輝き、とてもきれいだ。
アロハと委員長は、エリスと俺のいい雰囲気を敏感に察した。
その嗅覚の鋭さ。
人の心理を読み取る巧みさ。
恐れ入ります。
しかし、恐れ入るだけでは、この窮地からは逃れられない。
俺は体も心も固まった。
固まることしかできなかった。
固まりながら、前に立っているエリスの胸元を眺めていた。
またかとみなさんはお思いでしょう。
しかし、エリスは背が高いでしょ。
俺は座ってるでしょ。
当然俺の視線の先には、エリスの胸元が来るよね。
もう、これは、仕方がないんです。
別に見たくて見ていたわけではないんです。
素敵なものが、そこにあるんですから。
眺めざるを得ないのです。
エリスからは、初見の奴らに負けられるかという気迫が感じられる。
後ろからは、何かの不思議な圧・パワーが、俺の背中と後頭部を押している。
お二人は、気功師ですか?
やけに熱くて強い波動を感じるんですけど。
前にエリス、後ろにアロハと委員長。
こういう時、俺はどうしたらいいのでしょう?
人生の先輩方のアドバイスを、高校1年男子俺くんにお寄せください。
よろしくお願いいたします。
いま、どなたか、「自業自得!」とおっしゃいましたか?
それで、その後どうなったかというと、朝のホームルームを告げるチャイムが鳴り、しばし停戦となった。
第一ラウンド終了のゴングに、俺は救われた。




