俺くんは国際交流委員40「文化祭3・恋人の距離」
「これから前夜祭を始めます。全校生徒は、体育館に移動してくださーい」
教室のスピーカーから、前夜祭を知らせる放送が入った。
「みんなー、移動するよー!」と叫ぶ委員長。
メイド喫茶の準備に忙しかったみんなは、それを合図に移動を始めた。
いよいよ文化祭が始まるという期待に、笑顔の花が咲いている。
委員長は教室の窓を閉め、ドアの施錠を確認した。
こんなふうにしっかりしていて責任感があるので、みんなの信頼が厚い。
俺は電気を消してあげた。
委員長は「サンキュ」と顔のそばで小さくピースサインを作って笑った。
執事の衣装と男装メイクがちょっとかっこかわいかったので、俺はドキッとした。
まさか委員長に心を動かされるとは。
先に立っていたアロハはこちらを振り返り、少しだけ俺をにらんだ。
どういうこと?
何か悪いことした?
体育館へ続く廊下は、さまざまな衣装に身を包んだ生徒で混雑していた。
ふだんの学校とはまるで違う世界。
みな気持ちが高ぶっており、大変騒々しい。
前は進まず、後ろからは押されるで、満員電車並みだ。
俺はというと、前にメイド姿のアロハ、隣に執事姿の委員長という立ち位置だったので、大変困ったことに、ふたりと密着する形になった。
アロハについては、毎日満員電車で一緒に登校しているから、多少慣れている。
委員長との密着は、これが初めてだ。
それに、委員長は俺に少し体をもたせかけているような気がする。
なぜ?
なにゆえ?
隣の人に押されてる?
俺の気のせい?
アロハが俺を振り返り、困った表情を向けた。
そうして、委員長を見た。
委員長の顔がとても近い。
ここで俺が興奮した様子を見せると、よからぬことが起こる。
とにかく冷静にならねばならない。
それでね、みなさん。
みなさんは、口は堅いですか?
特にアロハには絶対言わないということでお願いします。
委員長が俺の袖をギュッとつかみ、さらに身体を密着させてきたのです。
それは、恋人の距離でした。
でもすぐ前にはアロハが。
これはどういうこと?
どう理解すればいいの?
俺は身体を固くしたまま、人の流れに従うことしかできなかった。
体育館へ入場すると、やっと混雑から解放された。
「混雑ひどかったね。点呼しなきゃ」と言って、委員長は平気な顔でクラスの列の先頭に走って行った。
あとに残された俺は、心と体から力が抜けてしまった。
あれは、委員長のいたずらだったのか?
それとも、悪ふざけ?
女子の気持ちと行動は、俺には理解できない。
謎が多すぎる。
アロハは俺を心配そうに見ていた。
☆☆☆☆☆
スポーツ大会はクラスTシャツの縞模様だったが、今回は種々雑多な色彩が、体育館を埋め尽くしていた。
何が起きるのか全く予測がつかない不安と期待が、全校生徒を包んでいる。
進行「それではこれから、前夜祭を始めまーす!」
騒然とした雰囲気の中、スピーカーから大きな声が響く。
マイクを持ってステージ上に駆け上がったのは、文化祭実行委員長だ。
実行委員お揃いの蛍光ピンクTシャツが、オーラを発している。
実行委員長「みんなー、盛り上がってるかー!」
全校生徒「ウォーーー!」
獣たちの唸り声が、体育館中に響く。
足を踏み鳴らしている者もいる。
体育館が揺れ出した。
挨拶は、まだ続く。
実行委員長「諸君! 青春の炎を、この文化祭で燃やそうではないかー!」
全校生徒「ウォーーー!」
男子はこぶしを突き上げる。
女子は飛び跳ねる。
実行委員長「お前たちに、その準備はできてるのか―?」
全校生徒「ウォーーー!」
実行委員長「ホントにできてるのか―?」
全校生徒「ウォーーー!」
獣の咆哮。
盛り上がりすぎだ。
これは収拾がつかなくなるのでは?
「魂の炎を燃え上がらせろ―!」と叫び、委員長はこぶしを突き上げ、ステージから飛び降りた。
この時、もはや体育館は、一つの生命体となった。
その激しい鼓動は、空を突き抜け、宇宙へ届かんばかり。
進行「選手宣誓!」
文化祭なのに、選手宣誓があるのか?と、不思議顔の一年生。
校長がステージに登壇し、その前には男女二人が整列した。
ミニスカートからきれいな足を露出している男子。
隣に立つ、男装の麗人。
文化祭にはよく、倒錯の世界が出現する。
脚線美の持ち主の男子とイケメン女子はそれを具現化していた。
しかし、全校生徒はどう反応してよいのかわからず、その倒錯した美しさに戸惑う者続出。
中には、「大好物♡」とつぶやき、目をトロンとさせている好事家もいる。
壇上のふたりは、右手をピッとあげた。
脚線美男子「宣誓! われわれ全校生徒一同は、この公開文化祭を楽しむことを誓います!」
男装麗人「同じく誓います!」
ふたりは突然回れ右をし、全校生徒に向かって会話を始めた。
男装麗人「今年は、公開文化祭だからね。私たち3年生は、盛り上がらないわけにはいかないよね!」
彼女の言葉に応えて、3学年の列は大盛り上がり。
脚線美男子「昨日の夜、風呂で足の毛を全部そりましたー!」
自慢の足を振り上げる。
女子は「キャー!」と叫び、男子は脚線美とその持ち主の顔を見比べ、どう反応してよいか測りかねている。
男装麗人「私はたくさんの女子に告白されましたー!」
女子の叫び声。
男装麗人「みんなー、明日からの文化祭の準備、できてますかー?」
全校生徒「ウォーーー!」
脚線美男子「ホントに大丈夫?(ウインク)」
全校生徒「ウォーーー!」
男装麗人「それでは、文化祭、始めよー!」
全校生徒「ウォーーー!」
ふたりは再び校長の方を向いた。
男装麗人「以上で宣誓を終わります。2〇〇〇年、9月〇〇日、生徒代表〇〇〇〇!」
脚線美男子「同じく〇〇〇〇!」
会場は、再び一個の生命体となった。
☆☆☆☆☆
前夜祭ではこの後、吹奏楽部による演奏(顧問がマ〇オの衣装で指揮)や各団体の紹介が行われた。
うちのクラスは委員長がメイド喫茶の紹介をした。
驚いたのは、いつの間にか委員長が、メイド服に着替えていたことだ。
ミニスカートの衣装から伸びる足がまぶしい。
彼女が登壇すると、生徒の間から感嘆の声が上がった。
俺も海に遊びに行った時に初めて気が付いたのだが、彼女はさっきの脚線美男子にも負けないきれいな足をしている。
許されるならば、しばらく観賞していたい。
それから個人的には、ぜひ黒のタイツを……
これ以上の妄想はやめておく。
前夜祭が終わり、教室に戻ると、おにぎりと飲み物が用意されていた。
今日は特別に、夜9時まで居残り可で、お腹を空かすだろうとPTAが準備してくれたものだった。
クラスのみんなはそれをありがたく食べた。
委員長は、俺が持っていたおにぎりにかじりつこうとする。
悪ふざけにもほどがある。
アロハは小さな口で一口ずつ食べ、モグモグさせている。
かわいい。
ところで、夜の学校には、不思議な魅力とドキドキがある。
暗い校舎の片隅に、何かが潜んでいるような気がする。
やがて誰かが「この学校の七不思議って知ってる?」と言ったのをきっかけに、怖い話大会になった。
委員長はアロハに、わざと怖い雰囲気で通訳している。
両耳を手で押さえ、体を小さくしたアロハがかわいかった。




