俺くんは国際交流委員41「文化祭4・文化祭本番!」
文化祭一般公開の日。
前日の準備で下校が遅かったにもかかわらず、みんなは朝早く登校し、それぞれの持ち場に就いた。
俺が担当した廊下の外壁を点検すると、剥がれ落ちや変形がなかったのでひと安心。
今日俺は会場整理係として、廊下で人の流れの誘導を行う予定だ。
人によっては部活動や委員会の係も兼ねているので、大変忙しい日になる。
開場時間の10時までに、すべての準備を完了させなければならない。
裏方の男子たちは、飲み物やお菓子などのセッティングをしている。
女子たちはメイド服に着替え、挨拶や独特な言葉遣いの練習と、配膳の流れの確認。
その完成度の高さは、集客が期待できた。
後夜祭での表彰が楽しみだ。
なかでもやはりアロハの存在感は特別だった。
写真撮影に応えるアロハもまんざらでもないようで、それらしいポーズを次々に決めている。
廊下の外壁に寄りかかったり、独特のポーズを作ったり、とても楽しそうだ。
薄い化粧の効果もあり、その美しさにはさらに磨きがかかっている。
しかし、これ以上かわいくなられては困る。
俺の国際交流委員(アロハの護衛)の仕事が増える。
ところで、当日配布される文化祭のパンフレットには、その表紙にアロハの写真が使われた。
これは文化祭実行委員会の企画なのだが、所々ちぎれたドレスを着た裸足のアロハが、砂浜の上で少し足を開いて立ち、こちらを見据えているものだった。
風に揺れる、ウエーブがかった長い髪。
体の両脇に自然に垂らした腕。
精悍な表情と少しの愁いを含んだ瞳。
アロハの別の面を捉えたモノクロの写真は、とても芸術性の高いものだった。
「もうすぐ開場時間です。生徒の皆さんは、お客さんを迎える準備をしてください」
校内放送が入った。
クラスの準備も、万端整った。
☆☆☆☆☆
クラスのみんなはすぐに教室のベランダに出、身を乗り出して生徒昇降口を眺めた。
保護者受付にはすでに長い列ができており、それが校門の外まで続いている。
保護者もみな楽しみにしていたようだ。
俺の母親も、もちろんあの行列の中にいる。
朝食をあっという間に済ませて玄関を飛び出した俺に、「今日、行くからねー!」と叫んだ人だ。
彼女はいつも、俺の長湯に辟易する。
隙あらば妄想の世界に入る俺を、ジト目で眺める。
でも、あまり口は出さない。
俺の国際交流委員活動についても、「何やってんのかしら?」と多少の疑問を持ちながらも、陰ながら応援してくれている。
アロハとは何者かにたいへん興味を持っている。
委員長とのかかわりについては、大いに不思議に思っている。
中学までの俺は、そういう人たちとの交流がほとんどなかったからだ。
でも、詳しく聞こうとしない。
俺を、いい意味でほっといてくれる。
いつもうまい朝食を作ってくれる。
多少、一本気なところがあるが、いい人だ。
ところで彼女は、3階の教室まで無事にたどり着けるだろうか?
地図が読めない人だから。
学校で家族と会うのは、なぜ気恥ずかしいのだろう?
ほんと不思議。
授業参観の時など、朝からソワソワする。
みんなにふだんの自分がばれるからか。
気の置けない友達にさえ見られたくないのが、家族だ。
廊下が騒がしくなってきた。
お客さんがやってくる雰囲気が1階からわき上がってくる。
整理誘導係の出番だ。
☆☆☆☆☆
教室の中では、みんなはまだ忙しそうに動いていた。
教室の隅に設置されたカーテンの奥では、男子が飲み物と食べ物を準備している。
喫茶エリアでは、クラスの女子たちが、メイド姿で待機中。
中には、ふだんの制服姿とは違い、オヤッと思うほどの美少女に変身した女子もいる。
地味な子ほど、こういう時の落差がすごい。
そんな女子たちの見慣れぬ魅力に、男子は心を射抜かれる。
それもまた、文化祭の楽しみの一つだろう。
すぐにどの教室もお客さんで満員となった。
特に我がクラスは人気で、教室入り口から続く行列はあっという間に伸びていき、初めは教室前の廊下にとぐろを巻くように並んでもらっていたのだが、ついには近くの階段を下に降りてもらうほどだった。
廊下で人の流れを整理していた俺も、お客さんを誘導したり、混雑状況を教室に伝えたりした。
たくさんの人に来てもらえたのはうれしかったけど、特にアロハ目当てのお客さんがどっと押し寄せたため、うちのクラスは泣く泣く入場制限することになった。
「文化祭パンフの子は、どの子?」というわけで、せっかく作った外壁も人波に押され、ペチャンコにつぶれてしまった。
ところで、俺の母親も無事に教室にたどり着いた。
母「来たよ。すごい人だね」
俺「ホント、予想以上」
気恥ずかしい挨拶もそこそこに、自分の任務を続けた。
母親は、教室の中のアロハと委員長をちらっと覗いてそのまま帰った。
昼過ぎには飲み物やお菓子が品切れになり、それでもアロハ目的の人たちが集まってしまい、委員長はアロハの身の安全も考えて、早々の閉店を宣言した。
クラスのみんなも、彼女の決断に従った。
☆☆☆☆☆
片付けながら、この後どうしようかとみんなで相談していると、誰かが教室のドアをノックした。
委員長が「どうぞ」と言うと、ゆっくりとドアが開いた。
「ママ!」
叫んだのは、アロハだ。
俺には懐かしい美人が顔をのぞかせている。
駅ぶりだ。
委員長「お母さん! どうぞ中に入ってください!」
アロハママ「いま入っても大丈夫?」
委員長「どうぞどうぞ。みんなもいいよね?」
クラス全員「いーよ!」
アロハはどうしたらいいか迷っている表情だった。
委員長はそんなアロハを促して、ドアのところでためらっているママを迎えに行かせた。
アロハママ「ごめんなさい。おじゃまします」
クラス全員「大丈夫です!」
アロハママ「いつもアロハがお世話になってます。みなさんに感謝しています」
クラス全員「そんなことないです! アロハは私たちのアイドルです!」
恥じらうアロハ。
繰り返し感謝の気持ちを表すアロハママ。
委員長は、アロハママをみんなの輪に加えようと、アロハの隣に座らせた。
委員長「今日はせっかく来ていただいたのに、もう閉店してしまいました。ゴメンなさい」
アロハママ「ずいぶん人気だったのね」
委員長「アロハのおかげです。私たちも、こんなに人が来てくれるとは思いませんでした」
アロハママ「そう? アロハは皆さんに、迷惑をかけていませんか?」
クラス全員「そんなことないです!」
アロハママ「それは良かった。アロハは日本語がまったく話せなかったし、日本に来るのも二度目だったから、はじめは大丈夫かなと心配していました。でも、みなさんのおかげで楽しく高校生活を送ることができて、本当に感謝しています」
アロハママはそう言うと、みんなに向かって頭を下げた。
隣でアロハも頭を下げた。
みんなは恐縮した。
並んで座る母と娘は、ハワイの砂浜に座る海の精のようなたたずまいだった。
ふたりはとても落ち着いていて、柔和で、そこにいるだけで人の心をやわらかにする。
不思議な雰囲気をまとっている。
そうしてアロハママは、静かにみんなを見渡した。
とてもおおらかな母性のようなものが教室を満たす。
そのやわらかなほほえみに、あたたかい何かを、みんなは感じていた。
豊かな海に静かに抱かれているような気持ちだった。
俺は彼女が海で泳ぐ姿を見てみたいと思った。
俺に気づいたアロハママは、微笑みながら軽く会釈した。
俺は、どう返していいものかわからなかったが、曖昧な笑顔で会釈した。
なんせ、初対面が痴漢(仮)と被害者である。
疑惑はまだ解かれていない。
少しの会話の後、アロハママは立ち上がり、みんなにもう一度礼をして、教室を後にした。
ドアのところまで見送った俺は、相変わらず緊張して、やや固まっていた。
アロハママは俺に向き直って言った。
「あなたが、『俺くん』ね。これからもアロハをよろしくお願いします」
隣でアロハは、恥ずかしそうだった。
俺は「こちらこそ、お願いします」と言って、頭を掻いた。




