俺くんは国際交流委員37「アロハの涙2」
アロハの、横に流して座る素足がまぶしい。
健康的に焼けた肌は、太陽の光に輝いていた。
でもその表情は空ろだった。
俺「海って気持ちいいね」
アロハ「うん。そうだね」
まぶしそうに目を細めながら、アロハはそう答えた。
アロハ「でも、前はもっと好きだった。パパとママと遊んだ海。ママが楽しそうに泳いでた海」
俺「……」
アロハ「ママとパパが離婚してハワイにさよならした時、私、海ともさよならしたような気がした」
俺「……」
アロハ「だから俺くんにも委員長にも、海の話はしなかった。この海にも来なかった」
俺「……」
アロハにかける言葉が見つからない。
大切なものを失った人にかける言葉はあるのだろうか。
もしここで何かを言ったら、それは全部嘘になる気がした。
心の欠落を埋めることができるのは、時間とその人自身の命の灯だけなのか。
だから俺は、ただ黙って、アロハの言葉を聞いた。
俺は全身の感覚すべてをアロハに向けた。
アロハの瞳から、涙がこぼれた。
波が浜辺へ打ち寄せる。
それが、海の鼓動のようにも聞こえる。
アロハの心と波の音は、共振しているようだった。
アロハの心も泣いている。
アロハ「でも、こないだ委員長と俺くんと遊んだ時、また海が好きになれそうな気がした」
俺「(そうだね。そうなるといいね)」
アロハ「おじいちゃんも言ってた。『海に罪はない』って」
アロハの横顔は、とてもきれいだった。
その目は、はるか遠くのハワイの海を眺めているようだった。
☆☆☆☆☆
帰り道、アロハは、「乗りたい」と言って、俺が引いていた自転車の荷台を指差した。
俺はややためらったが、サドルに跨がり、ハンドルをしっかりと握った。
アロハは荷台に横向きで座る。
アロハは初め、荷台の角の部分に掴まっていたが、試しに少し走ってみると、やはりぐらぐらする。
俺は迷ったが、「俺に掴まって」と言った。
アロハが俺の腰に掴まる感触がする。
アロハのぬくもりが、俺に伝わってくる。
俺はふたたびハンドルを強く握り、力を込めてペダルを踏んだ。
それでもやはり不安定感は免れない。
俺は、更に力を込めてペダルを踏もうと、腰を上げた。
慌てたのは、アロハだ。
できるだけ動かないようにと掴まっていたのに、その俺が突然体を浮かせたので、頼るべき相手の不安定さにとまどったのだ。
そうすると、自転車はさらに不安定になり、細い道をジグザグに蛇行しはじめた。
平日の昼間の海岸線とはいえ、車も通る道。
とても危険だし、2人乗りは道路交通法違反。
負けてなるものか(何に?)と態勢を立て直すため踏んばる俺。
やがて後ろから、笑い声が聞こえてきた。
アロハが笑っている。
俺は足に交互に体重をかけ、さらにペダルを踏む。
すると、アロハの楽しそうな笑い声が大きくなる。
俺は、「ここで笑うか?」と思いながら自転車をこぐが、蛇行が止まらない。
それから、大変困ったことに、俺の背中に、とてもやわらかいものが、さっきよりも強く押し当てられているような気がする。
それが、俺の集中力を削ぐことはこの上ない。
神さま。
いま、アロハは、罪を犯しています。
このままでは、ふたりとも転倒の危機です。
後ろから、車が迫って来ます。
俺はまだ、死にたくありません。
不安定になればなるほどアロハは強く俺に密着し、さらに不安定感が増すという矛盾。
危険と幸福とは比例するものだということを、俺はこの時初めて知りました。
人生とは、不可解だ。
俺はこの快楽と苦悩の中、とても美しい少女と、高校1年の夏に、この浜辺で、あの世に旅立つのだろうか?
それも一興のような気もする。
しかし次の瞬間には、後ろから来た車に轢かれ、まっ平らに押し延ばされて夏の陽に干からびた俺の姿が浮かんだ。
人間、命の危機には、こんなキテレツなイメージが、頭に浮かぶのだろうか?
俺は自身の妄想に辟易しながらも、なお、自転車をこいでいた。
変な汗が、流れ出した。
アロハに気づかれないといいのだけれど。
アロハは相変わらず無邪気に笑っている。
そうしてとうとう、「ガンバレ、オレクン」という、いつか聞いたことのある応援の声が、俺の後ろからかけられた。
それはね、俺にとって、トラウマになってる声援なのです。
勝敗を決めるスマッシュを空振りしました。
球技大会を思い出させないで下さい、アロハさん。
アロハ「オレクン、……」
俺「ン? なに? なんか言った?」
アロハ「ウウン、ナンニモ」
俺「そう? (急にカタコト?)」
アロハ「オレクン、ダイ………」
俺「なに?」
アロハ「ダカラ・俺クン・ダイ・キライ!(笑)」
俺はマジで転びそうになった。
女子は、ダイキライな人に、ダイキライと言って、楽しそうに笑うのだろうか?
女子は、ダイキライな人に、後ろから強く抱きつくものなのだろうか?
人生とは、不可解だ。(2回目)
相変わらず苦闘する俺と、相変わらず「キャッキャ」と楽しそうなアロハ。
この時俺は、アロハの無邪気な笑い声に救われた気がした。
浜辺では、故郷と家族の思い出に涙したアロハ。
固く縮んだアロハの心も、少しでも解れればいいな。
……この日のことは、今でもふたりの大切な思い出として残っている……




