俺くんは国際交流委員35「海水浴5・花火大会とアロハの思い」
いよいよ花火が始まりそうだ。
花火大会特有の雰囲気に、人々の心は高揚していた。
俺たちも、その瞬間を待った。
発射の音が鳴り、上空に光の球が昇って行く。
少しの蛇行の残像のあと、パンと音が鳴り、花が開いた。
はじめに打ち上げられた、シンプルな花火。
それでも、観客たちを興奮させるのには十分だった。
子供たちはみな、歓声を上げた。
続いて何発かの花火が打ち上げられた。
スルスルと上空に上り、大輪の花を咲かせるもの。
地上近くで色とりどりの閃光をまき散らすもの。
花開いた後で名残の光を放つもの。
六角形や輪の形を作るもの。
降りてきた4本の線の先に、灯をともすもの。
決して豪華ではないが、趣向を凝らした花火が間隔を置いて打ちあげられている。
それに伴い、子どもだけでなく、大人たちも声を上げ始めた。
みんな、上を向いているので、口が半開きになっている。
それも構わずに花火に見入っている。
海水浴の後のけだるいからだ。
夜空に開く花火。
この瞬間は、高1の夏の思い出になるのだろう。
隣では、アロハがじっと花火に見入っている。
彼女に握られた俺の掌は、彼女の体温を感じていた。
委員長にも、美しい光が反射している。
ふたりの瞳の中に、花が咲いている。
連続で上げてしまうと、あっという間に終わってしまう数しか用意されていないところが、この花火大会の良さでもある。
だから、ずいぶん待たされた後に突然打ち上げられたり、これでもう終わりかなと思った後で打ち上げられたりする。
ローカルな花火大会だから、これはこれでいいと俺は思った。
何発かのキラキラした花火の後に、ひときわ大きな花火が打ち上げられた。
そうして、これまでで一番大きな音をあたりにとどろかせた。
あちこちから、掛け声がかかる。
みんなが一斉に拍手する。
アロハと委員長も拍手していた。
ライトを持った場内整理の人が、「花火はこれで終わりです」と大きな声でみんなに伝えてくれた。
それで観客は、それぞれ帰路についた。
委員長「3人で、花火しよ!」
俺は慌ててアロハの手を離した。
委員長の持ってきた袋の中には、手持ち用の花火が入っていた。
俺たちは帰りの人波から外れた砂浜に移動した。
火種となるロウソクに火を着ける。
アロハは手持ち花火も珍しいようで、どれにしようかと思案している。
委員長はさっそく花火に火をつけた。
おてんばな子なので、それを振り回そうとする。
お前はコドモか? と思い、また口にも出し、俺は委員長を注意した。
すると少しだけおとなしくなる。
が、また花火の残像を楽しもうとする委員長だった。
手に負えないと、俺は委員長の花火からアロハをかばった。
アロハは、花火の火が、楽しいようでもあり、怖いようでもあった。
やがて花火も無くなろうとしている。
手に持った花火をじっと見つめるアロハの表情は、少し寂しげだった。
でも、その理由を聞いてはいけない気がして、俺はそのままにしておいた。
最後の花火を砂に差した委員長は、すっかり暗くなった海を眺めた。
俺とアロハも、この場を去りがたく思っていた。
しばらく3人は、海の音に耳を傾けた。
やがて委員長が、暗い海に視線を送ったまま、口を開いた。
委員長「(英語で)アロハって、泳ぎがすっごく上手だよね。ハワイ出身だから当たり前かもしれないけど、よく海で泳いでたの?」
アロハ「(英語で)そう。ママとパパとよく海に出かけた。ママもパパも、泳ぎが上手だった。パパはサーフィンが得意で、アロハのサーフィンは、パパから教えてもらった」
委員長「泳ぎもサーフィンもあれだけ上手なのに、いままであんまり海の話、しなかったよね」
俺は何か事情があるように思い、あえてその話題には触れてこなかったのだが、この時委員長は、何か考えがある表情をしていた。
アロハ「うん。海はパパを思い出す。パパとママと過ごした時間を思い出す。ハワイを思い出す」
やはりそうだったのだと俺は思った。
思い出したくない辛い過去が、アロハにはあるのだろう。
パパとママは離婚した。
それによって、アロハはいま、ハワイから遠く離れた日本にいる。
委員長「そうだったね。聞いてゴメン」
アロハ「いいの。ふたりにはいつか話したかったから。……わたしが覚えている一番初めの記憶は、ママが海の中で魚たちと戯れているところなの。パパとママとわたしと3人で一緒に海で遊んだ時、アロハはママの泳ぐ姿に驚いた。パパのボードに乗ってそれを見た時、まるで人魚みたいって思った。魚たちがママに近づいてきて、ママに話しかけるの。そうして、ママと魚たちは、会話しながら海の中で遊んでた。その時、いつかアロハもママのように泳ぎたいって思った。それをパパに話すと、パパは、『そうだね、パパも初めてママと海に来た時には驚いた。ママは普通の人とは違ってた。ただ泳ぎが上手というだけじゃない。いつまで息が続くのだろうと思うぐらい、長い間海の中にいることができる。海の中で生きている。人間が泳いでいるようには見えない。確かに水の中だから、陸上とは違う動きをするけれど、身のこなしに不自然さがない。体も心も解放されたようにそこに存在している。本当に不思議な人だと思ったよ』って言った。」
委員長も俺も、アロハの話に聞き入っていた。
船の汽笛が、遠くから微かに聞こえた。
アロハ「それでね、ママと一緒に泳ぐようになって、わたしもママの真似をしてみた。すると、次第に上手に泳ぐことができるようになった。パパは、いつも私たちをボードの上から笑顔で見守ってくれた。それが私のハワイの海の思い出なの」
アロハにとって海は、パパとママとアロハの大切な思い出が詰まった場所だった。アロハの表情が沈んでいたのは、その記憶がよみがえるためらいからだろう。
アロハは右手で頬をぬぐった。
その瞳は、街灯に揺れている。
委員長は、そっとアロハに寄り添った。
遠くに、イカ釣り漁船の白い光がまばゆく揺れていた。




