俺くんは国際交流委員31「海水浴1・小さな漁港の古い家並み」
待望の夏休み。
という晴れ晴れとした気持ちであるはずの季節を、低空飛行の成績とスポーツ大会のトラウマとで迎えた俺だった。
ところで、通知表が自宅に書留で郵送されるらしい。
保護者直通で成績が送られるという大変困ったシステムでは無残な成績を隠しようがない。
生徒には全く歓迎されない悪しき制度だ。
委員長の人徳で、何とか変えられないものか。
委員長、お願いします。
夏季講習初日の朝、俺はいろいろありすぎた1学期の感慨にふけっていた。
次の瞬間、俺は背中を、いきなり「バシッ!」と叩かれた。
振り向くと、そこには委員長がいる。
「何すんねん!」(心の声)
高校に入ったばかりの頃とは、彼女の印象がだいぶ変わっている。
あの頃は、可憐で知的だった。
ショートボブのステキな黒髪。
それが今や、こんなに粗暴になってしまった。
人はわずかな時の流れでこれほどまでに変わるものなのだろうか。
それにしても、彼女は最近、よく俺を叩く。
なぜ?
なにゆえ?
俺が何かした?
理由がわからない。
他の男子は叩かれない。
俺だけ叩く。
やっぱり俺が悪いのか?
委員長「やっと夏休みなのに、ずいぶん暗い顔してるねー」
俺「(背中が痛いという表情を、委員長に向ける)」
委員長「(俺のその表情を完全に無視し)夏休みに、何か楽しい計画はありますか?」
俺「(口調が変わったな)特にありません(相手に合わせた)」
委員長「高校1年の夏休みを何もせずに、大切な青春を無駄に浪費していいのだろうか、いやよくない。反語表現。俺くんのマネ」
俺「(無視して)楽しいことかー」
委員長「楽しいことかー? じゃないよ。考えなよ!」
また、叩かれた。
アロハがそこにあらわれた。
アロハ「ナンノハナシ?」
委員長「夏休みの楽しい計画を、俺くんがたててくれてるらしいよ!」
俺「(無視して)アロハは夏休みに何かしたいことある?」
委員長「コラ、私を無視するな!」
俺たち3人の会話は、最近こんなふうである。
委員長が俺に手荒なちょっかいを出す
→めんどくさいから、俺はそれをやり過ごす
→ちょっかいがひどくなる
→アロハに助けを求める
→アロハもなぜ委員長が俺に荒く接するのか不思議なようだが、俺の助けの求めをあたたかく受け止めてくれる
→そんなよい子のアロハへの思いは、ますます募る
→しかし、その先の展開はない
俺たち3人の関係は、この先どうなっていくのだろう?
するとまた、委員長に小突かれた。
委員長「何かイベントはないの? イベント!」
俺「今年の夏は暑そうだし、各自、家のクーラーの前でバカンスは?」
委員長「するわけないじゃん!」
俺「じゃあ、海でも行くか?」
委員長「あんた、次の瞬間にはイヤラシイこと考えてない?」
俺「ただ、涼みに行くのもいいかなーと思って言っただけだよ。イヤなら無理にはいいよ。」
委員長「男子特有の下心があるのかと思った」
俺「それはない。俺も、思い付きで言っただけだし。」
委員長「ホントに?」
俺「ホント。アロハはどうなの?」
アロハは何か考えている。
俺「そういえば、アロハはあんまり海の話をしないけど、海は好きじゃないの?」
委員長「エッ、そうなの? もしかして、泳げなかったりして。」
アロハ「ソンナコトナイ オヨゲルヨ ハワイデ サーフィンシテタ」
俺「サーフィンできるんだ。すごいね」
委員長「じゃあ、今年の夏は、みんなでサーフィンしようよ。アロハに教えてもらって」
俺「……実は二人に大事な話がある。」
委員長「なに? 急に」
俺「実は俺、泳げない」
委員長「エッ、泳げないの?」
俺「そう。泳げない」
委員長「そーかー。でも、急にびっくりさせないでよー。なにかと思ったじゃん。」
アロハもうなずいている。
委員長「でも泳げないのは、夏のレジャー的には痛いね」
俺「そーなんです。夏が、楽しくないんです。ただ、暑いばかりで」
委員長「五色沼での『俺くん溺死未遂事件』も、それが原因だったんだね」
俺「その話題はやめてくれ。今でもトラウマなんだ。」
委員長「あぁ、ごめん」
俺「高校生になって、俺、トラウマが増えた気がする」
その時アロハは、かわいそうな目で俺を見ていた。
女子に同情される俺。
ナサケナイ……
結局、俺たちは海に行くことになった。
お金がない高校生が夏に出かけるところといえば、カラオケか海くらいしかない。
最近は、海にすら出かけない高校生が増えたけど、俺たちは、新しい何かを求めていたのだろう。
3人の生活は、いつまで続くかわからないという気持ちも、俺にはあった。
3人の思い出を作りたい。
海に対してアロハが少し沈んだ表情を見せたのが気になったし、俺自身泳げないということもあって、海に行くことに積極的だったのは、もしかしたら委員長だけだったかもしれない。
でも、出かけたら出かけたで、何か楽しいことはあるだろう。
☆☆☆☆☆
次の日。
夏季講習の後、さっそく3人で海に向かった。
今年の夏は急にやって来た感じで、7月中旬から暑い日差しが容赦なく降り注いでいる。
外を歩く女子の白いブラウスがまぶしい。
委員長は、日傘をさして歩いている。
最近は、日焼けを気にして、通学時も日傘をさしている女子が結構いる。
アロハも委員長の傘に入れてもらっていた。
ふたりが寄り添う姿は、美しい絵として今も記憶に残っている。
「日焼けを気にするタイプじゃないのでは?」と言うと、委員長にめちゃくちゃ睨まれた。
日焼けを気にするなら、海に行かない方がいいのではないかと思ったが、また睨まれるので黙っておいた。
俺たちは電車に乗り、アロハ家の最寄り駅で降りた。
アロハの家は海の近くにあるので、そこをベースに、海まで歩いて遊びに行く計画。
委員長は以前遊びに行ったことがあるようだが、俺は初めてだった。
一緒に住んでいるおじいちゃんにも初対面ということになる。
アロハのママをまだ中学生で留学させた人って、どんな人なんだろうという好奇心もあった。
アロハの家の近くには小さな漁港があり、あたりは漁師町という雰囲気だった。
海に沿って古い家並みが続いている。
漁港に小型の漁船が何艘か係留されている。
そこから少し離れたところに岩場があり、さらにその向こうには思ったよりも長い砂浜が続いている。
幅はそれほど広くはないが、湾曲した姿が美しい砂浜だった。
今日は天気も良く、風が弱いので、波が穏やかだ。
初心者にとっては、格好のサーフィン日和だろう。
平日の午後ということで、人出もそれほど多くない。
これなら自由に気兼ねなく遊べそうだ。
海沿いの道を歩いて行くと、今どきのしゃれたカフェや、重低音を響かせるサーフショップがあった。
浜辺の海の家には、浮き輪がたくさんぶら下がっている。
かき氷の旗が風に揺れている。
砂浜では、一本の丈夫なテープの上に、バランスをとって乗る人がいる。
あれは、何というスポーツなんだろう。
その脇に、ビーチバレーのコートが何面かあり、高校生が、Tシャツとハーフパンツ姿で練習している。
まだ夏休みに入ったばかりなのに、もう結構日に焼けている。
海には遊泳禁止区域があり、そこは波が高く、サーファーが何人か水面に浮かんでいた。
サーフィンて、遊泳禁止区域でやるものなの?
その隣の区域には、まだ初心者と見られるサーファーが練習をしている。
こんなふうにそれぞれの区域で様々な遊びが共存していた。
それと同時に、いろんな刺激がやはり海にはあるなぁとも思った。
太陽の強い日差し、肌をあらわにした若者たち、派手な色彩、大音量の音楽、おいしそうな食べ物や飲み物……。
子供たちが、砂浜で遊んでいる。
小さな兄弟が、砂の上に絵を描いたり、穴を掘ったりしている。
見つけた貝を指でつまみ、親に自慢げに見せる。
濡れた砂の上に両足を伸ばしてどっしりと座ったさまは、小さな力士という風情の赤ちゃんもいた。
小さな子供たちが無邪気に遊ぶ様子に、女子ふたりはあたたかな視線を送っていた。
こんなことが俺にもあったような遠い記憶がある。
それはかすれていてはっきりとは思い出せない。
昔のことで、忘れてしまったのだろう。
アロハの家に近づくにつれ、ちょっとドキドキしてきた。
アロハの家は海沿いの一軒家で、海側とすぐ後ろに迫る山側の戸が、両方解放されていた。
家の中に熱気がこもらぬよう、空気の流れを考えてのことだろう。
戸口には、すだれがかけてある。
家の中が薄暗くなっていて、よく見えない。
ジリジリと照り付ける日差しに対して、あたりの家並みはひっそりとしていた。
人の気配が、あまり感じられない。
隣の作業場には、魚が干してある。
柵に網がかけられ、太い釣り針が几帳面に一列に並んでいる。
アロハは戸口のすだれを両手で分け、「タダイマー」と、家の中に向かって言った。




