俺くんは国際交流委員13「いきものがかりの悲しい思ひ出」
国際交流委員の朝は忙しい。
事前に知らされていれば、この委員の契約書に判を押すことはなかった。
しかし俺は、押してしまった。
しかも自ら笑顔で。
新しい場所で自分の居場所を確保するために。
高校生活3日目のこの日、さっそく、俺の国際交流委員の仕事は始まった。
もちろん、アロハのお世話係りだ。
小学生の頃、「いきものがかり」という係があった。
(ここでみなさん悪い予感がしていると思うが、その通り。わき道に逸れる自分を、俺自身、止めることができない。俺の悪い癖だ。精神的な放浪者である俺のわき道におつきあい願いたい)
「いきものがかり」は、生命への畏敬の念を身につける尊い係であると、担任が言ってた。
しかし実際は、近所のノラ猫たちとの戦いの日々だった。
かわいいかわいいと大切にお世話しているウサギちゃんやニワトリさん。
ノラという野生の外敵から愛するものたちを守るため、我々小学生は、朝晩の見回り、小屋の保守点検、エサやりなどを、当番を決めて行っていた。
生き物相手の係なので、当番に当たると、土日や夏休みも登校したものだ。
しかし……愛するものたちは、ある日、忽然と姿を消した。
「今日も、みんな元気かなー。一緒に遊ぼーねー」と、バケツに入れたエサを抱えて小屋に入ろうとした時、俺が目にしたものは、惨状であった。
小屋の隅の土が掘られ、金網が破られていた。
あたりには、羽やら何やらが散乱している。
生きるために食いものを得んとするヤツらの意志は、金網をも食い破る力を持っていた。
まだケガレを知らぬ小学2年生であった俺は、愕然とした。
人生において、はじめて絶望というものを感じた瞬間だった。
皆さん、わかりますか?
小2の絶望が。
心臓というものの存在を始めて認識したのも、その時だったかもしれない。
自分の心臓というものが、これほどまでに激しく、時には乱れ、脈打つのだということを、その時俺は初めて知った。
はげしい動悸が、その後もしばらく収まらなかった。
「あの子たちは、きっと、天国に行ったのね」という母の慰めの言葉が、今でも俺を支えてくれている。
俺をほんの少しだけ、絶望から救ってくれた。
母に感謝だ。
(だから母には頭が上がらないのかもしれない)
話を戻そう。
俺の国際交流委員の仕事についてだった。
アロハのお世話係ということで、俺はとりあえず、アロハと机をくっつけた。
突然ガラガラと音を立てて自分の机をアロハの机にくっつけるという俺の蛮行に、クラスの男子たちは目を剥いた。
乱暴狼藉が過ぎるという目である。
簡単に言うと、「何すんねん!」という抗議の目だ。
「こーしないと、授業に支障が出るからサー。仕方ないか」と、皆に聞こえるようにワザと大きな声でつぶやく俺。
言い訳ではあるが、真実だ。
しかし、真実がいつもみんなに首肯されるとは限らない。
真実は、正義ではないのか?
そう、真実がいつも正しいとは限らないのだ。
何を言っているのか自分でもよくわからなくなってきたのでこのあたりでやめておくが、机をくっつけないと、授業中にアロハが俺に質問し、そのたびに俺が答えなきゃでしょ?
席が離れてると、みなさんのめーわくになるでしょ?
わからんかなー。
なぜ理解しよーとしない?
つまり、俺たちの会話が授業の妨げになることを気遣って、仕方なく机をくっつけようとしてるの!
ホントはくっつけたくないのよ。
でも、しょーがないでしょ?
だって俺は、国際交流委員なんだから!
ということで、むりやり机をくっつけた。
幸い(?)、アロハも嫌がっていないようだった。
この日から通常授業が始まり、アロハにとっては、日本で初めての授業となった。
アロハはまだ、日本語が理解できない。
そしてそれを解説する俺は、英語が話せない。
それに、俺自身、高校で初めて学ぶ内容もあるので、自分が理解していないことは他人にも説明できない。
できない者同士が、授業と格闘していた。
アロハにとって、日本での高校生活をスムーズに過ごすことは、なかなか容易なことではないと思った一日だった。
ずっと一緒に過ごしていると、自然と仲良くなっていく。
アロハの笑顔や俺を覗き込む目が心地いい。
彼女の素朴な優しさが、次第に俺の心にしみ込んでくるようだった。




