いたずら
始めたのは、リアムだった。盾の石をもらって二日目の夕方のことだった。
ロイが食堂に入ろうとした。
ごん、と音がした。
ロイは額を押さえてしゃがみ込んだ。入口の、ちょうど顔の高さに、青白い六角の盾が浮かんでいた。ロイはそれに頭からぶつかっていた。
「……何だ、今の」
入口のすぐ脇の柱の陰で、リアムが腹を抱えて笑っていた。手に盾の石を握っていた。ロイが入ってくるのに合わせて、柱の陰から拳だけを出して盾を張ったのだった。
「お前か」
「悪い。悪いけど、見事に入ったな」
リアムは涙を拭いていた。ロイは額をさすりながら席に着いた。
「覚えてろ」
その日の夕飯で、リアムが水を飲もうとして杯を傾けた。水が出てこなかった。
リアムは杯を覗いた。振った。逆さにした。氷の塊が、ごとりと卓に落ちた。杯の水が丸ごと凍っていた。
向かいの席で、ベルが澄ました顔でパンをちぎっていた。右手だけが卓の下に隠れていた。
「……お前だな」
「何のこと?」
「卓の下で氷の魔法を使ったろ」
「ロイの仇よ」
ベルは微笑んでいた。
「頼んでない」
ロイが言った。だが、口の端が上がっていた。
そこから、止まらなくなった。
翌朝。井戸へ歩いていたベルが、何もない所で派手に転んだ。
足首の高さに、小さな盾が浮かんでいた。井戸の陰から、石を握った拳が低く突き出されていた。その上に、リアムの顔が出た。
「仇の仇だ」
「あんたねえ!!」
ベルは砂だらけの顔で怒鳴った。
その昼。リアムが食堂の長椅子に腰を下ろして、飛び上がった。
「冷たっ!!」
長椅子が、端から端まで凍っていた。リアムは尻を押さえて跳ね回った。窓の外でベルが舌を出していた。
その午後。蓮は中庭の隅で帳面を書いていた。ペンをインク壺に入れると、こつん、と硬い音がした。
壺を覗いた。インクが凍っていた。
顔を上げると、ベルとリアムが並んでこっちを見ていた。二人とも、笑いをこらえて肩を震わせていた。
「……二人で組んだのか」
「レンだけ無事なの、ずるいでしょ」
「そうだそうだ」
リアムが凍った壺を覗き込もうと寄ってきた。
蓮は凍ったインク壺を見下ろした。それから、黙って懐の盾の石を握り、その拳を上げた。
リアムの額の前に、盾が出た。リアムはちょうど一歩踏み出したところだった。
ごん。
「痛っ!!」
「お返しだ」
蓮は言った。ベルが手を叩いて笑った。
「レンもやるじゃない」
ロイもいつの間にか来て笑っていた。
「それ、俺の分も入れといてくれ」
夕方。ヴァイスが中庭で木剣を振っていた。
リアムがその横へそっと寄っていって、ヴァイスの額の前に盾を出した。
ごん。
ヴァイスは額を押さえなかった。何も言わずに木剣を置いた。井戸まで歩いて、桶に水を汲んで、戻ってきた。
そして、リアムの頭の上で桶を逆さにした。
ばしゃん。
リアムは頭からずぶ濡れになった。
「俺は魔法が使えない」
ヴァイスは言った。
「だが、桶は持てる」
ロイが腹を抱えて笑った。その後ろで、ベルが指を動かした。リアムの濡れた袖が、ぱりぱりに凍った。
「寒っ!! お前ら、組むな!!」
リアムが叫んだ。中庭に笑い声が響いた。
蓮も笑っていた。こんなに笑ったのは、いつ以来だろうと思った。
「何をしているの」
低い声がした。フィールだった。
中庭が静かになった。
フィールは凍った袖のリアムを見た。桶を持ったヴァイスを見た。手を後ろに隠したベルを見た。最後に、蓮を見た。
「蓮まで」
「……ごめん」
「魔法は、遊びに使うものじゃない」
フィールは息を吐いた。
「今夜、東の篝火が上がったらどうするの。……もう終わりにして」
誰も言い返せなかった。
フィールは背を向けて、回廊の方へ歩き出した。
ベルが懐から食べかけのパンを出した。にやりと笑った。
蓮が止めるより早く、投げた。フィールの後ろ頭へ、まっすぐに。
フィールは振り返らなかった。歩きながら腰の袋の石を握り、その拳を肩越しに後ろへ向けた。
フィールの背中に、盾が出た。パンは盾に当たって跳ね返り、ベルの額に、ぽこんと当たった。
「私の勝ち」
フィールは歩きながら言った。振り返らなかった。だが、肩が小さく揺れていた。
笑っていた。
ベルは額にパンを載せたまま固まっていた。
「……見た? 今の、見た?」
「見た」
蓮は言った。
「フィールが、一番うまい」
リアムが凍った袖のまま笑い転げた。
その夜。宿舎の部屋で、リアムが蝋燭に火を灯した。
ふっ、と消えた。
リアムは首を傾げて、もう一度灯した。消えた。
「……窓、閉まってるよな」
「閉まってる」
ロイが、毛布の中から言った。
三度目。灯した。消えた。
「おい」
リアムの声が、少し高くなった。
「この宿舎、何か出るぞ」
蓮は扉の方を見た。扉が指一本ぶんだけ開いていた。
隙間の向こうにミラがいた。小さな手で石を握っていた。握るたびに隙間から弱い風が吹いてきた。
ミラの魔法は前髪を揺らすくらいの風しか出ない。蝋燭の火を消すにはちょうどよかった。
ミラは蓮と目が合った。唇の前に、指を一本立てた。
蓮は頷いた。何も言わずに毛布をかぶった。
四度目の蝋燭が消えた。リアムが悲鳴を上げて毛布に潜り込んだ。
扉の向こうで、小さく、息を殺して笑う声がした。
ミラが声を出して笑うのを、蓮は初めて聞いた。




