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盾の石

 サンドワームの核は、砕くのに半日かかった。

 握り拳の半分ほどの、灰色の石。研究者たちが交代で、乳鉢の中で叩き、擦り、また叩いた。

 夕方には、灰色の粉が小さな皿に一山できていた。

 悪魔の砂よりも、ずっと粗かった。


 ヘルガはその粉を針の先に載せて、新しく刻んだ石の溝に一粒ずつ詰めていった。悪魔の砂の時と同じ、ファイアボールの陣。


 翌朝、中庭でベルがそれを握った。


 ぼっ。


 火の玉が出た。中庭に小さなどよめきが起きた。

 だが、ベルは眉を寄せていた。


「……小さい」


 確かに、小さかった。悪魔の砂の石で撃った時の、半分ほど。

 土の壁に当たって、焦げ跡を一つ残すのがやっとだった。


「魔素は、同じだけ持っていかれた」


 ベルは自分の胸を押さえた。


「なのに、出てきたのは半分。……途中で、どこかに漏れてる感じ」


 ヘルガは手元の紙に書きつけていた。


「通り道が細いのね。悪魔の砂ほど、魔素を通さない」


 女はペンを止めて、顔を上げた。


「でも、出た」


 その声は落ち着いていた。


「粗い粉でも、通り道にはなる。……魔物の核なら、外周の調査のたびに手に入る。悪魔の砂と違って、また取ってこられる」


 キネシスが頷いた。


「調査網に伝える。大物の核は、全部第四部隊へ回させる」


 リアムが灰色の粉の石を握った。


 ぼっ。


 ベルのものより、さらに小さな火が出た。土の壁に届く前に、消えた。

 リアムはしばらく黙っていたが、やがて頭を掻いた。


「……悪魔の砂のじゃねえと、俺じゃ届かねえな」


「届かなくても、光る」


 蓮が言った。リアムが振り返った。


「夜なら、目くらましになる。悪魔の目をこっちへ向けさせるくらいは、できる」


 リアムは少しの間、蓮の顔を見ていたが、やがて、にっと笑った。


「……ヨルの村で、お前が言ってたやつか」


「うん」


「一瞬でも、こっちを向かせる」


「うん」


「よし」


 リアムは灰色の石を、大事そうに懐へしまった。






 その日の午後、第四部隊の卓の前にフィールが座っていた。向かいに、ヘルガ。

 二人の間に、親指の先ほどの下級の魔石が一つ。それから、シールドの陣の設計図。

 円が二つ。その間を結ぶ線が八本。そして、内側の円の中に、細かい格子。縦に五本。横に五本。


「入らないのよ」


 ヘルガが言った。


 卓の上には、刻みかけて割れた石が三つ転がっていた。


「格子の線と線の間が、狭すぎる。この大きさの石に縮めたら、隣の線とくっついちゃう。くっついたら、それはもう別の陣」


 フィールは黙って設計図を見下ろしていた。


「格子を減らせば」


「それは、シールドじゃなくなる」


 ヘルガは首を振った。


「格子が、盾の硬さを作ってるの。減らせば、紙みたいに薄い膜しか出ない。……悪魔の指どころか、サンドウルフの牙も止められない」


 フィールの指が、卓の上で強く握られた。


「……じゃあ、盾は刻めないんですか」


「下級の石には」


 ヘルガは言った。


 女は卓の端の箱をちらりと見た。上級の魔石が入った箱。その中は、空だった。


「上級の石なら、入る。大きさが三倍はあるから。……でも、上級の石は、『移動』の伝令のための石です。第四部隊に回ってくることは、まずない」


 フィールは何も言わなかった。


 しばらくして、背後で扉が開いた。キネシスだった。その手に握っていたものを卓の上に置いた。

 鶏の卵ほどの大きさの透き通った石だった。色は、なかった。力を使い切ってただの石に戻った、上級の魔石だった。


「北の監視塔の石だ」


 キネシスは言った。


 フィールが顔を上げた。


「アスモデウスを討った後、私が勝手に使った。伝令の最後の区間にしか使ってはならない石を。……館に戻ってから、監視塔に返すつもりで、ずっと机に入れていた」


 青年はその石を指でフィールの方へ押しやった。


「後で叱られるのは、私だ」


 フィールは石を見下ろしていた。


 サナトリアへ帰った日。キネシスがこの石を握って、最後の一度を跳ばせてくれた。

 ユーリを背負ったリアムも。肩を傷めたフィールも。皆を、連れて帰ってくれた石。


「……でも、キネシス様、砂が」


「残りの砂を、全部使え」


 キネシスはヘルガを見た。


「盾の陣を、上級の石に刻めば、どれだけ要る」


 ヘルガは壺の中を目で測った。


「……下級の石、八つ分」


「構わない」


 キネシスは即答した。


「火の玉は、魔物の核の粉でも出る。だが盾は、半分の強さでは意味がない」


 青年はフィールを見た。


「ヨルの村で、お前は北を選んだ。窓が一つしかなかったからだ。……残りの二体の前に盾があれば、別の選び方ができた」


 フィールの喉が、小さく動いた。


「お前に、選べる手を一つ増やしたい」


 フィールはしばらく何も言えなかった。

 それから、ゆっくりと立ち上がって、右の拳を左の胸に当てて、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます」


 声が、少しだけ震えていた。


 ヘルガが針を取った。


 刻むのに二日かかった。砂を詰めるのにもう一日。

 上級の石は下級の石よりも硬かった。割れることはなかったが、刃がなかなか入らなかった。ヘルガは、夜通し鑿を握っていた。


 フィールは、その三日間、毎晩、第四部隊の部屋の隅に座っていた。何もせずに。ただ、ヘルガの手元を見ていた。


 三日目の夜明け、ヘルガが針を置いて石を灯りにかざした。

 鶏の卵ほどの透き通った石の中に、黒い陣が浮かんでいた。円が二つ。結ぶ線が八本。内側に、縦に五本、横に五本の格子。

 一本も、くっついていなかった。


「……できた」


 ヘルガの声はかすれきっていた。


 フィールが立ち上がった。






 夜明けの薄い光の中庭。まだ誰も起きてきていなかった。

 フィールとヘルガと、それから、眠れずに宿舎を出てきていた蓮だけがいた。


 フィールは土の壁の前に立った。左手の石を壁に向けて、息を吸った。


 握った。


 その瞬間。


 フィールの前に光の膜が生まれていた。


 一瞬で。陣を編む時間も、数を数える時間もなく。握った、その瞬間に。


 青白い硝子のような光の盾。自分で編んだ時と同じ硬さ。同じ大きさ。


「……っ」


 フィールの肩が震えた。


 握った手を、緩めた。盾が消えた。


 もう一度、握った。盾が生まれた。

 緩めた。消えた。

 握った。生まれた。


 握るたびに。一瞬で。


 フィールは三枚目を張ったところで、手を止めた。膝が少し笑っていた。

 自分の中の魔素が一枚ごとに確かに減っていた。一日に張れる数は、変わらない。


 だが。


「……一瞬で、張れる」


 フィールは自分の拳を見下ろしていた。


「窓が開いた瞬間に。悪魔の手が、誰かに伸びた瞬間に。……数えなくても」


 その声が途中で詰まった。

 フィールは石を胸に押し当てた。両手で。強く。


 蓮は少し離れた場所からそれを見ていた。何も言わなかった。言えることが、なかった。


 ヘルガが蓮の隣に来て、小さく息を吐いた。


「……泣いてるわね」


「はい」


「隊長でも、泣くのね」


「泣きますよ」


 蓮は言った。


「フィールは、ずっと、誰も失いたくなかったんです」


 ヘルガはそれ以上何も言わなかった。


 夜明けの光が少しずつ中庭を満たしていった。フィールは石を胸に抱いたまま、長い間、土の壁の前に立っていた。


 やがて、宿舎の方から足音が聞こえてきた。

 ベルが寝ぼけた顔で回廊に出てきて、中庭のフィールに気づいて、立ち止まった。フィールの顔を見て、何かを察したように目を見開いた。


 それから、何も言わずに、駆け寄っていった。


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